二百九十五生目 三体
しばらく待ち何階か上がればチンと音がなる。
少し遅れてエレベーターの扉が開いた。
外に行けばそこはもう上階だ。
前世の世界で普通だったあの高いビルたちみたいな階層よりは断然少ないがアノニマルースでは十分高いこの建物。
改築を重ねてイタ吉はここを少し進んだところでゆったりとしていた。
椅子に座り窓からの眺めが見える位置にいる。
「イタ吉、下はだいたい済んだよ。後はトラブルがなければ大丈夫」
「アヅキと、お前のゴーレムは良いのか?」
「うん、ふたりはなんだか張り切っているみたいだから少し放っておこうかなと……」
そもそもこういう席で同席するのは拒否するだろうし。
間違いなく給仕の方に回ろうとする。
この場ではイタ吉の秘書さんもいるしイタ吉はそんなにお世話を受けたがるタイプじゃないから問題ない。
まあお世話を受けるのにとまどうのは私もなんだけれど。
秘書さんがテキパキとお茶やお菓子の準備をととのえると隅の方へと寄った。
私は給仕として以外関与しませんよーっていうことでもある。
「なんつーか、尽くそうとしている姿はなんとなくわかるんだが、ふたりともこんな雑な扱いで満足するのか……」
「いやあ、ちゃんと終わったら褒めるし報酬も渡すよ、ただあの争いって……」
「どっちがよりお前に尽くせるかって感じか? 幸せものだなあ」
ケタケタ笑いながらイタ吉がいうあたり明らかにからかっている。
私は不満を思いっきり尾で表すがイタ吉はまったく気にしない。
忠臣と言えば聞こえはいいもののどちらかといえばあのふたりには私が振り回されるのだ。
「なんであんなに張り切ってくれるのか……別に普通でいいんだけれどなあ」
「あいつらにとっての普通がそれってことだろ、諦めろ」
「がんばってくれているのはわかるんだけれど、がんばりすぎているのが不安だなあって……まあ、そこらへんも含めて管理するのが私に求められる能力なんだろうけれど」
幸いな事に私の言葉で動いてくれる相手は部下を除いても多い。
そこに甘えてはいけないのだろう。
彼等にふさわしい立ち振舞が求められる。
だからこそこういう場ではぐでーとするわけだが。
「ま、俺を見習ってくれよ!」
「ある意味そこまでの割り切り方が出来るイタ吉はすごいよ……」
イタ吉は嬉しそうに刃のついた尾を振るう。
他2匹たちは多少遅れているのだろう。
ちらりと秘書さんに目を向けたら何も言わずニコリとされた。
「おっと……そろそろ来るか」
イタ吉が秘書さんに目配せをすると秘書さんテキパキと動きお茶や小皿が準備される。
そのうち足音が聞こえてきた。
どうやら階段から来たらしくイタ吉たちのこり2匹が上がってきた。
「ふたりとも、先にお邪魔してるよー」
「問題ないぜ」
「さすがに少し身体が小さいと遅れるな」
「その代わりこっちの仕事は終わらせたからな」
「わぁーってるって」
「どれどれ? おー、うまい!」
「うーん、自分で自分と会話している……不思議な光景だ」
私のつぶやきを拾ってか3匹とも怪訝そうな顔した。
お前がいうか? と思われていそうな……解せぬ。
(そうだそうだ〜! こっちとはだいぶじじょ〜がチガウのに!)
(あっちはそもそも肉体が別れているのが謎だからな。ただ……あれは狩りの時に便利そうだ)
ほんと不思議だよねえー。
そんなこんな話したり互いの冒険話を交わす。
イタ吉は案外近場もうろついている。
最近の冒険話がなんと荒野の迷宮……つまりここだ。
しかし位置は全く違った。
このアノニマルースからずっと遠く。
さらに遠くまで行って魔物たちの雰囲気もガラリと変わり恐ろしく……
更にその先。
険しい岩山を越えて反り返った地形のその向こう。
とんでもなく苦しい道のりの先で吹きすさぶ嵐の中ついにたどり着いたらしい。
「世界の、果てさ!」
迷宮は当然その広大な世界とは裏腹にどこかで世界が終わる。
あくまで1つの環境を切り取って大きな世界に仕立て上げてあるものなのだ。
どこかで区切りがある。
それが世界の果て。
「透明な壁があって、それなのにそっちから猛風が吹き荒れて俺を吹き飛ばそうとするから大変だったぜ」
「大地はどうなっていたの? 切り離されていたり?」
「いや、見た目は続いていたんだがな、遠くは霞んで見えなかったが草木1本ないくらい何も無かった。その先へはどうやっても行けなかったぜ」
私も迷宮世界の果ては行ったことがほとんどない。
壁だらけの迷宮世界で事実上世界の果てですってところに踏み込んだことはあるが掘ったことはない。
果ての向こう側に行くことは興味あるものの嫌な予感はするからやめたほうがいい気もする。
それにイタ吉が行けないと言ったのだがらまず間違いなく何をしても進めないだろうし。




