二百十二生目 幸福
クオーツは自分を転生者だと語った。
しかも前世の記憶があるのだとか。
「世界で1番幸せに……? というと、どこかの王族だった、みたいな?」
クオーツは前世をそこまで幸福だと言い切った。
だとしたらよほど恵まれた環境だったのだろうか。
ならばと問いかけたのだがまったくもって外れていたらしい。
クオーツは否定の意を身体で示した。
「そんなそんな、わたくしがお姫様なんてことはありませんよ!」
「ううーん……だとすると……?」
「わたくしの前世は……もちろんゴーレムではなく人で……そして……」
クオーツが何かを探るように少しだけ目をつむり。
そして改めて話し出す。
「こっちの言葉に切り替えてみたよ。どうだい?」
「あ……それは……!」
脳裏でなぜかすぐに理解できた。
こちらの世界の言葉ではなく……
地球で知っている言語だと。
「さすがボス、知っている言語だったか! 相変わらずわけのわかんないほど認知範囲が広いねえ!」
「その口調は……?」
「ああ、敬語はボスの知識から引き出せただけで、前世の言語では知らないよ」
声はキュートなままでグルーミング器を操る動きはよどみないのに前世の言葉で口調が荒くなった。
言い回しの雰囲気から察するに根本的に幼い。
どういうことだろう……
「そう……なの。それもやっぱり前世と関係が?」
「そりゃそうさね。まあ最終的に死んだけれど、ウチは幸せだった。そう思うよ」
「まあ、私も死んでここにいるしね」
前世幸せかどうかはわからないが殺されることに恐怖する程度にはちゃんと生きていた。
そしてなんの因果かここにいる。
地球とこの星はなんらかの原因でつながっていると見て間違いないのだろう。
「生まれる前の話をするかどうかは迷っていたんだけど、聞かれて隠すほど後ろめたくもないし、まあ気楽に聞いてく
れ」
クオーツはひと息置いてから語りだす。
「ウチの世界は、チームのみんな、隣のおっちゃん、地面の見えない山、売ると金になるスクラップ、買取屋、食い物屋、面白いおもちゃ、それに空。それが全てだった」
「それって……!」
「まあまあ、確かにゴミ山暮らしだったけれど、それで苦しくは無かったからさ」
ゴミ山スラムと呼ばれる人々がいたらしい。
知識の中で今引っ張り出された。
クオーツはそのうちのひとり……
ゴミ山スラムは名前の通り大量のゴミ集積場で暮らす人々の存在だ。
ゴミを捨てる業者ではない。
このゴミを拾って生活をたてる。
ただ……
「あれ、親は……? あと学校も」
スラム住民たちの幸福度合いは高いそうだ。
想像とは違い労働学校遊び食事とわりかし充実している。
まあそれとは別に環境が劣悪すぎてすぐにガスが起こり延焼し崩壊し死があまりに身近なのは変わらないんだけれど。
ただ今の話だと……
「ああ、いないいない! マムと呼べる相手は、それこそボスだけさ。孤児の集まりってやつだね、まあよくある話、だから学校にも行かずに済んだし、遊んだ」
陽気にあっけらかんと語られる話が重いな!
まあ本人が気にしていないのだろうけれど。
「そ、そう……マムかどうかはともかく、そこでみんなで暮らしていたんだ」
「まあね。協力しあえば怖いものは無かったし、隣のおっちゃんはウチらが交渉時にナメられないように保証をかけてくれた。まあ……どうだろう? たぶん10歳まではバカ騒ぎして生きれたんじゃないかな?」
やはりか……
感じる言葉の幼さはそのためか。
脳内変換しているときは普通のタメ口だが聞き取る限りはもっと舌っ足らずな子みたいだ。
「もしかしてその後は……」
「まあお察しの通り、崩落に巻き込まれ足を怪我してまともに治療できず、さらには火事まで起きて逃げるしかなかった。ウチは脚の関係で特に遅れてみんなとはぐれ……その後は食うものの確保が出来ず、腹が減って死んじまった。そこで終わりだと思ったんだけれどねえ」
「さらりというけれど……それはさすがにそれはつらかったんじゃあ……」
「まあ、そこまでやりきったから不幸せじゃないけれど、それはそれとして痛いものは痛かったし、腹は減る。これで終わりだとしても、もうこの辛さはイヤだと思えた。だから……」
クオーツは手に持ったグルーミング器から毛玉を外し……
少し浮いてくるりと回る。
その体は……
そう。
怪我をする脚はなく常に駆けられる。
腹は減ることはない。ゴーレムだから。
そしてまた多くの味方にめぐまれていた。
2度と引き剥がされぬよう火災にも負けない石の身体を持ち。
クオーツはニッコリと笑う
「……こうして、わたくしがここに生まれて、幸せが続いたんです、ありがとうございます!」
「……えっと、名前は?」
「名前……ああ、前の。ルーピン……だったかな。あんまり使ってませんでした。今もらった名前の方が気にいってますっ。わたくしは、ローズクオーツです!」
クオーツは元の皇国語に戻ってそう笑いかけてくれた。




