百二十五生目 殺生
野牛とドラーグの殴り合いが続く。
頭を振りながら短く突進すればそれだけで角がえぐり頑丈な頭が殴打してくる。
ドラーグはその緑鱗をまとった腕に"防御"でエネルギーの膜をまといつつ防いだ。
押し切るためにリズムを変えて一瞬ためた時に"防御"を解いて翼で殴る。
あの巨体を浮かすために翼は立派だがもちろん重さとしては浮かすには足りない。
翼で飛ぶほどの力を纏わせる事自体がひとつのスキル。
素早く打ち付けられる翼は激しく野牛をはたく。
怯んだ野牛にもう片足を踏み込む。
体を低くして捻り翼の上側についた角を刺した。
「ぐうぅっ!!」
攻めている側が悲鳴に似た声を上げているのは、まあ気分はわかる。
わかるがそれが実戦だからなぁ……
しっかりとは刺さらずすぐに抜けてしまうが問題ない。
そのまま背を見せるほど回転してから遅れてその太い尾を思い切り叩きつけた!
ドンッ!
重々しい音と共に野牛を弾き飛ばす。
何かが折れる音と共に転がり、それでも立ち上がる。
再び火魔法で自身の前方に炎を纏う。
ズタボロながらその戦闘の意思は消えていないらしい。
一方ドラーグはもう泣いている。
声を上げて泣いている。
「うえええぇ〜〜! もう立たないでよ〜〜! 逃げてよ〜〜! やめようよおぉ〜……」
ぶっちゃけドラーグは体格差や技術差で圧倒している。
飲み込みもよく真面目で意欲的にトレーニングしてきて実戦形式の動きも染み付くまで行った。
体力面がまだ悪かったりするがもう本人の意思よりも身体が反応して戦える。
だから今、精神面がズタボロでもなんとかなっているのだが……
さすがに次あたりが限界か。
ドラーグはドラゴンらしくはないが戦う力だけはドラゴン本物だ。
相手が足に力をためて地面を擦っている間にドラーグは涙目で体勢を変える。
手を地面に置いて四つん這いになり口を大きく開く。
そうしてドラーグの体中からエネルギーが喉元へと集まっていった。
光が形となりドラーグの口内から溢れんばかりの輝き。
野牛も最大限にためた力で地面を蹴るとあっという間にドラーグへと距離を詰める。
「うわああぁぁ!!!」
叫んだドラーグはその声と共に光線を口から発した。
太い白い光は突進してきた炎へとぶつかりその奥の野牛へと当たる。
勢いに負けし光へと飲まれ……
遠くの地面に光が着弾するとエネルギーの塊が一気に拡散し爆発を起こした。
"竜の息吹"……ドラゴンといえばコレ、という技だ。
一方放ったドラーグはへなへなとその場に伸びる。
まだ反動や使うエネルギーが多すぎて一発で消耗してしまうが切り札としては十分すぎる威力だ。
食らった野牛はというと。
エネルギーの塊を受けて無事で済むはずもなく吹き飛んだ所でピクリとも動かない体になっていた。
うん、問題点は多いもののちゃんと戦えたようだ。
主な問題点はメンタル部分かな。
そこはまあ私もわかるから、要話し合い。
さて、私とアヅキが引き受けた5匹なのだが。
実は先程倒し終わった。
"私"に任せておいたらちゃちゃっと制圧を終えてしまった。
いやあそれで私は観戦というのは楽ちんらくちん。
体の主導権を渡すって最初はどうかなと思ったけれど結局は"私"も自分だしね。
身体が勝手に動いてズバズバ倒していくのはちょっと面白い。
ただ私と"私"では同じ情報でも受け取り方が違うからやめてほしいこともある。
血だらけになるとね、洗うの大変なの。
首のスカーフも何度血を落としたか。
また今日も血を落とさなきゃ。
("私"が普段の自分に言うのも変な話だけれど、全部任せるというのもどうなんだ。もうちょっと危機感とか持たないかな)
まあそこらへんは自分だし一定の信頼はあるよ。
さて主導権交代!
再び私が肉体操作だ。
「ドラーグ! 見てたよ! お疲れ様ー」
「あ、ローズ様……やりましたよ、やっちゃいました……」
「うん、まあしんどいし辛いし痛いよね。わかる、私も初めはそうだったから」
ダメージは少ないもののヒーリングをかけつつドラーグと話す。
私が血だらけなのが困るけれどそこまで時間がかかるわけじゃあないし。
「……って感じで何とか乗り越えたなぁ。素のままだと殺し合いとか辛すぎるからね」
「へぇ〜……ローズ様も過去はそんな苦労をされていたんですね」
「殺しに慣れろとは言わないよ、ちゃんと理解して切り替えて自身へのダメージは減らさなきゃだけどね」
治療が終わると今度はドラーグの番。
ドラーグに頼んで彼が唱えるとドラーグの手のひらから水が生じた。
水魔法から攻撃性を出来る限り取り除いた流水だ。
「こんな感じでいかがですか?」
流水の強さを調整しつつ私はそれを浴びる。
ちょっとしたシャワーだ。
存分に浴びて血を落とす。
その後は身を震わせて水を弾き落とした。
毛皮はこれをやらないと痛む。
ドラーグに引っ掛けない程度に距離をあけるのを忘れずに。
「ありがとう、さっぱりしたよ」
「いえ、ローズ様と話していたら少し気が楽になりましたし、こちらこそです」
私達がそうこうしている間にもアヅキは倒した中で唯一死亡したドラーグの倒した野牛の血抜きを終えていた。
もはやこなれた手つきだ。
他の野牛たちは気絶しているので"ヒーリング"と"無敵"を別々にかけて放置。
もうコレで私たちについてくることも私達を少しの間だけでも襲うことはなきはずだ。
ドラーグに野牛の死体を背負ってもらってしばらく移動。
「殺したというのはそうだけど、同時に獲物を手に入れたということでもあるから、そう辛そうな顔しなくても、ね?」
「……顔に出てましたか?」
「まあね。たとえば、植物を刈るのもその植物の命を貰っているわけだし、まあ自分なりの答えを見つければ良いんだよ」
本当は"読心"で感情が流れ込んで来たんだけれどね。
流石に鱗だらけの文字通り硬い表情は読みにくい。
毛皮で覆われていたらなあ。
背負った野牛目当てか何度か魔物たちが襲ってきたが私とアヅキでドラーグを守り、倒した。
まあ狙いが分かりやすい分は戦いやすい。
ドラーグも最初は悲鳴を上げていたが次第に慣れて安心して任せてくれた。
月がそろそろ降りるという辺りで簡易キャンプを築く。
街道から逸れているから火をたいても問題ないということで野牛をバラして焼く。
まだあまり慣れていない道案内をしてくれる平原の魔物たちは暖かい焼肉に四苦八苦していて初々しさを感じる。
「獲ってくれたドラーグと糧に感謝だね」
「まだ、あのときの感触が残ってる……」
改めて自分の獲物を目の前にして気分が沈んでいる様子。
まあドラーグはきっと、それでいい。
「こういう時は魔法の言葉、だね」
「ええと……いただきます」
「いただきます」
一口食べ、二口、三口。
「おいしい……おいしい……!」
嗚咽と食欲が止まらないらしい。
私はそっとドラーグにおかわりを差し出した。
「なるほど、ドラーグさんはだから悲しんでおられたのですね」
平原の魔物3匹たちがドラーグに集まり話を聞いていた。
「ドラーグさんは相手への思い入れが強すぎるのです、殺される側が弱いだけなのです」
「うう、そうは言っても……」
「でもドラーグさんの視点は素敵だと思います! もっと話聞かせてください!」
「ええ? う、うん、わかった……」
平原の魔物たちはむしろ完全な野生。
死を慈しむことは食べられないのだから持ってはいない。
ただそれでもドラーグに何か惹かれるらしい。
互いに良い影響になったのか、談笑は眠るまで続いた。