百十九生目 魔獣
私たちは家の中に避難しやり過ごす事に決めた。
今までどおりならば多少疑われてもやり過ごせるとの判断からだ。
外の様子は"鷹目"で見続ける。
墓地を通って奥の屋敷まで彼等がやってくる。
鍵がかかっていた時は墓地を経由せずに塀のないところから出入りがあったらしい。
まあ黙々と整備されていない地面を行けばいいだけだからね。
暗い時にニンゲンが歩くにはさぞかし危険だろう。
ずんずんとニンゲンたちが歩いてくる。
数は10……いや20はいる?
法衣を着てるのは3人であとは町人かな。
みな手に思い思いの武器を持っている。
クワとかカマとか。
ただ事ならぬ雰囲気。
ついに家の前までやってきた一行は扉を強く叩く。
法衣のニンゲンがゆっくり確かに力強く叩く。
「罪人よ、いるのはわかっているのです。素直に出てきなさい」
ユウレンは争いの末1人を冥界送り……つまり殺してしまっている。
わりと不利だ。
ユウレンが小声でつぶやく。
「戦いを仕掛けてきたのはそっちなのに……!」
合意の上での殺し合い、ならば前世は決闘罪だが確かこの世界の国は合意の上ならば殺人すら合法なはず。
ただまあ証明できなければこうやって追い込まれるわけか。
まあユウレンたちはそこらへん手を尽くした後だろう。
うまくハメられた、のかもしれない。
少し潜んでいたら法衣を着た者たちが別れ町人たちが家を囲むように移動する。
逃げられないようにするつもりか。
火や"ライト"を掲げ家を照らす。
正面の法衣ニンゲンが懐から何か取り出す。
紙を扉に貼り付けた。
紙に急激に力が高まってゆく?
魔力に変換され……そうか、これは!
「罪人よ、こちらも手荒な手段をとらせてもらいますよ」
「扉を無理やり開けるつもりだ……!」
ゴウゴウと紙が勢い良く燃える。
あっという間に扉は炎に包まれ焼け落ちた。
炎はそれ以上広がらず不自然ながら消えた。
魔法の火だったからだろう。
「逃げよう……!」
「裏を強行突破しましょう」
「カムラ、光教の連中以外は任せた。私とローズはカムラが浄化されないように光教の連中をなるべく早く落とすわよ」
背後は町人が多いが法衣も1人。
正面から入ってきたのが2人。
彼等が光教の宣教師あたりだろう。
気配を限界まで消して裏口へ。
"透視"すれば正面に法衣のニンゲンがペンダントを握り魔力を高めている。
おそらくユウレンかカムラさんが飛び出してきたさいにすぐに浄化するような魔法を撃ちこめるようにするからだろう。
私はともかくカムラさんはアンデッドだしユウレンも半アンデッド。
かなり痛手のはずだ。
強さは何とも言えないがソーヤと同じダブルヒューマンになっているから弱くはないだろう。
『敵になりそうな数は6でうち1が法衣、正面にいる。この数を一時的に抑えれば逃げれそう』
『わかった、真正面にいるのなら……』
ユウレンやカムラさんと"以心伝心"で声に出さず念話でやり取りする。
作戦が決まった。
まずは私が正面だ!
扉に近づいて大きく息を吸う。
いやそれそのものは気分だが。
魔法を使う。
距離を少しだけとって勢い良く跳ぶ。
同時に土魔法の"ヘビィ"で身体を重く。
それだけじゃなく新土魔法も即展開!
[ミノライゼーション 身体を一瞬石化させる]
扉へ前足がかかる前に身体が石と化した。
この時は自分は動けない。
全身の感覚がいきなり固まり鈍ってしまったかのようだ。
そのまま重たい石の塊になった私は扉すら突き破る!
法衣へと重力に従い飛びかかってゆく。
「きたっ、ああああぁぁぁッ!?」
ビビリながらも魔法が発動し光の束が私に当たる。
しかし石の私に何の意味もなく跳ねて散った。
まるで効かない。
そのまま私は法衣の身体へ落ちる。
「ぐえっ!?」
悲鳴をあげて思い切り背中から倒れる。
私の重みを加えてそのまま頭まで地面に叩きつけた。
ガンッ! と派手な音がしたが割れては無いよね?。
石化が解けて相手の顔を覗けば目を回している。
周りも農具を持って固まっている。
「今だ!」
「ええ!」
私が言うが早いかユウレンとカムラさんが飛び出してきた。
私が法衣のニンゲンから退けばユウレンが呼び出したらしい骸骨が法衣をテキパキ拘束しだす。
あんな器用な事も出来たのね。
カムラさんは拳を固め細くみえる腕からは信じられないほど強く早く正確に町人たちへ打ち込んでいく。
町人が農具を振るおうと構えれば次の瞬間にはカムラさんが鳩尾へ拳を沈めていた。
背後から気配が近づいてくるがその前にカムラさんが一通り5人の町人を片付けてしまった。
「後は囮を撒いて逃げるわよ」
そういうとユウレンは魔法を唱え地面から複数の骸骨たちを呼び出す。
ただこのアンデッドたちはあくまで町人たちの足止めにしかならないはずだ。
法衣たちが浄化しきる前に逃げ切るしか無い。
ユウレンが先導しカムラさんが殿をつとめ逃げる。
さすがに家のまわりだからか最短ルートを知り尽くしていて暗い夜の中に森があって段差もあっても止まらず走る。
『インカ兄さん! ハック! 詳しいことは後! 逃げるよ』
『え? わ、わかった!』
『町の外れのみんながいる方で待ってるねー!』
"以心伝心"でインカたちに撤退を伝える。
後は周りに気をつけねば。
こちらを追ってくる気配は少しずつ減ってきている。
町人たちには荷が重いのだろう。
畑まで逃げる頃には法衣らしき2人の反応しかなくなった。
やはり骸骨たちは即刻浄化されたらしい。
「ユウレン、まだ光教のニンゲンたち追ってきている!」
「困ったわねっ、直接対決はっ、難しいわよっ」
「撒くまで走るしか無いでしょうね」
早い、こっちはユウレンがどうしても遅いせいもあるが向こうはかなり早い。
「ユウレン、あの乗れる鳥スケルトンは出せない?」
「す、少なくともっ、どこかで息を整えないとっ……!」
「うーん……そうだ」
少し試してみよう。
魔物よけの結界から出た辺りまで走り込んだ。
インカとハックたちまで村をぐるりと挟んで逆方向。
たまたまだが逃げる位置を探られないためにはこの方が良い。
かなり近くまで法衣のニンゲンたちが近づいて肉眼で認識出来るあたりまでユウレンとカムラさんの近くへ迫っていた。
そこに私の姿は無い。
法衣の足元からはきらめきが出てほんの少し地面から浮くかのように滑って移動している。
あれはあれで魔力の維持に力を注ぐだろうが早さは確かのようだ。
「さあおとなしく捕まってもらいましょう、罪人よ!」
「いやよ!」
「ならば!」
法衣のニンゲンが腕を振るえば輝きが束となってユウレンたちの間を通る。
わざと外して降伏勧告のつもりらしい。
「次は当てますよ」
「くっ!」
絶体絶命のピンチ。
その時!
「ガウッ!」
「何!?」
法衣の男たちに魔物が1匹襲いかかった!
まあ私なんだけれどね。
要は野生の魔物(私)に襲われている間に逃げよう作戦。
私は少なくとも法衣の男たちには見られていないからね。
「らっきーよ、い、いまのうちに!」
「ええ、逃げ切りましょう」
ユウレンの演技が若干大根なのが気になるが今は切羽詰まっているから練習時間がなくて仕方ない。
ユウレンたちが離れていくのを感じながら私は法衣の男たちに立ちふさがる。
何とか時間を稼がなくては。
不意打ちは成功したが気を引くためにオーバーに殺気を放ったらむしろ体を引かれて避けられた。
今もそこそこ殺気と気配を出しているが冷や汗をかく程度で身を引いてくれる気配がない。
「魔物め、何もこんな時に……!」
「ここは魔物避けの結界外か。恐れるな、早く倒して追わねばなるまい」
特に先程扉を燃やした男は落ち着いてる。
ただの宣教師、ではなさそうだ。