百十八生目 宗教
ユウレン屋敷の中へ通された。
そこで執事でアンデッドであるリデッドゴズのカムラにこれまでの経緯を説明した。
ユウレンは他宗教との争いに負けて追われた身。
復讐のために身を潜めていたが私たちに負けて諦めたわけだ。
カムラさんは私達を毎日掃除してあるであろう綺麗なソファに座らせてゆを沸かしつつ聞いていた。
「……なるほど、そんなことが。では今日は復讐中止の旨を伝えに?」
「それは……また別の機会を狙いたいから、一旦保留ね」
「畏まりました」
あ、諦めて無かったのか。
呆れ目でユウレンを見つめる。
当のユウレンはまるで気にしないようにカムラに話し続ける。
「それで、こっちの変わり者はなんと元人間だっていうの。魂もチェック済みよ」
「え、ちょ、言っちゃうの!?」
隠せって言ったのユウレンじゃん!
対するユウレンはやれやれといった様子。
「彼は完全に私の身内よ。少なくとも信頼できる相手なの」
「それはそれは……私の想像以上に複雑な事情がお有りのようで。秘密は必ず守らせてもらいます故、安心してください」
「は、はい」
うーむ細められた目が常に微笑んでいるように見えるせいかそれとも心からか実に人当たりが良く感じる。
ユウレンを信じるしか無いか。
「そういえばさっきも言っていた師匠というのは?」
「私の死霊使いとしての師匠よ。カムラも作ったのだけれど今は連絡もつかないわね」
「ええ、しかし私の創造主は存命であるというのは繋がりで感じております」
ふうむ、その師匠さんはいないのか。
さっきリデッドゴズはコントロールが難しいと"観察"で見たけれど大丈夫なのかな?
まあ見たところカムラさんは大丈夫だけれど……
「それではなるべく灯りはつけないほうがよろしいですな。ユウレン様が無事で何よりでしたが……
確か先程の話によると迷宮に関する本を探しに来たと」
「ええ、とりあえずそっちが大事ね。いくつかあった気がするのだけれど」
「わかりました、探してまいりますのでどうぞごゆっくり御寛ぎください。お茶もどうぞ」
パパッと手際よく用意されたカップと皿に沸かされた湯によって作られたお茶が注がれる。
こういうのに詳しくはないけれどとても良いかおりだと思う。
私はお皿からいただいた。
少し待っていればカムラさんが何冊か持ってきてくれたので早速読むことに。
手元の小さな灯りを頼りにユウレンは文字を読み進める。
私は元々暗い中での光量でも大丈夫そうだ。
なになに? [冒険と迷宮]、[死霊媒介と迷宮の関係性]、[迷宮図鑑]。
図鑑か。
これを読んでみよう。
中身は代表的な迷宮たちを紹介しそれらの場所を紹介しているようだ。
迷宮は入れば別の時空になり隔離された世界へと導かれる。
そして特徴的なのが1つの環境で構築されていること。
広いエリア内に細やかな違いはあれど様々な気候や環境が入り乱れることは無いらしい。
森なら森、火山なら火山、氷河なら氷河がどこまでも続いているようだ。
ざっと読み進める。
森の迷宮みたいに2層に迷宮が重なっているところはレアだ。
この本によるとあの街があったのは火山か。
なるほど暖かいはずだ。
ニンゲンのつけた名前は『深獄』……ってあそこあの小説風日記の舞台!?
確かにあの『深獄冒険記』は過去のものだったがその後にあんな小さい動物たちの街が出来ているとは誰も思うまい。
多いところだと4層も確認されているとか。
迷宮はニンゲンを阻みやすく探索が容易ではないとされている。
まだまだ探索が甘い場所が多いようだ。
新しく発生したりいきなり入り口が変わったり特定の期間しか入れない物もあるとか。
確かに興味深くて面白いが場所がみんなアバウトだ。
どこの地域に載っているかは書いてあるがそもそも地域名を知らないので意味が無い。
どうしようかと聴こうとした時ユウレンが声をあげる。
「あった。これなら場所が詳しくわかるわね」
「あ、よかったよかった」
「ただ……迷宮がどういう所なのかは曖昧ね」
うーんだったら私のものと組み合わせれば良いかも知れない。
ということで早速情報を照らし合わせた。
実際の地図上に迷宮を書き込んで行く。
"以心伝心"の念話でインカとハックに定期的に連絡を送り外の様子を確認しているが今のところ問題はなさそうだ。
問題があるとしたら今出来上がりつつある迷宮分布図の方か。
「ふう、こんなものね」
「うーん、なるほど」
「迷宮はかなり遠いのね……」
この地方にある迷宮は4つ。
1つは私達がいた森の迷宮。
この下が火山の迷宮でワンセット。
2つめは湖の迷宮。
どこまでも続く湖が広がる綺麗な迷宮らしい。
ただし水にもぐれなければ死ぬ。
3つ目は高い山々が連なる寒い迷宮。
高い場所から進入出来るが下へ降りたらどうなるか誰も確認出来ていないとか。
理由は確認しに行った者が帰ってきていないから。
4つ目が荒野の迷宮。
激しい凹凸だらけの地形は単純に移動が困難だが落石が多かったり上空から魔物が付け狙ってきたりとこれまた困難を重ねているとか。
ただまあ……
「他のところよりかはこの荒野のほうが……」
「だいぶましのようですね」
「そうね、腰をすえる場所の候補としてはここが一番マシかしら」
カムラさんとユウレンも同じ意見のようだ。
この荒野の迷宮、1番の問題があるとすれば遠すぎる点か。
森の迷宮は今いる町から半日休みつつ走れば良い。
しかし荒野の迷宮は森の迷宮から真逆の位置にあってさらに2日はかかるそうだ。
しかも荒野の迷宮は進入が困難な場所にあるらしい。
「なぜなのかはわからないのだけれど、山奥の崖下に出入り口があるのよ」
「ええ、山そのものが険しく険しい崖下にあるため多くの冒険者たちの間では入るまでが一番の難所だと言う者もいるとか」
「うーん……入るには準備がいるかな」
当たり前だが4足歩行の私を含めて崖を行き来出来る者は少ない。
多少の足場があれば跳んでいけるが……下見が必要だ。
必要情報を持って一度帰ろう。
もろもろの資料をまとめてカムラさんに家の外まで見送ってもらうことになった。
玄関でカムラさんは名残惜しそうにしている。
「それじゃあ留守番頼んだわよ。また落ち着いたら連絡を入れるから」
「ええ、家の事は安心してください」
流石に完全に空き家にするには危険だものね……
ただカムラさんは誰もいない家でひとりで待ち続けるのかと思うと何とも心苦しい。
そういう関係だと言えばそれまでだけれど。
まあ私としてはここで初めて会った縁だから深くは突っ込まないでおこう。
……ん?
スキルの"率いる者"で"以心伝心"が借りられた?
相手はインカか。
『妹! よくはわからないけれど、村の灯りが強くなっている!』
『え? どういうこと?』
『わからない! けれど何となく不穏? 集団でニンゲンが動いている……のかな?』
『分かった、確認する!』
私は"鷹目"で視界を飛ばして家の外さらには墓地の方まで動かす。
ここが距離の限界か。
……何か村の方から灯りが見える?
こちらに向かっている!?
「それじゃあ、ローズ行く……」
「待って、何か集団の灯りが墓地からこっちへ近づいてくる」
「……なんと、もしや」
私たちは互いに頷き一旦家の外へ出る。
カムラさんも一緒に隠れるように移動。
私は"鷹目"で墓地を見続ける。
ぼんやりと遠かった光はやがてはっきりしてきた。
先頭の光は……光神術の"ライト"だ。
それに照らされた身体は西洋の法衣というものだっけか。
私の知っているものとは違うが雰囲気はそんなものだ。
その顔は中年の男性。
背後からも30代や40代の男性たちが続く。
さらに背後はいかにも農民と言った雰囲気。
聞き取れないが何かを話している様子。
"読心"してみよう。
(鍵、鍵が外されていたのはもしかすると……)
……法衣に身を包んだ方も。
(さすがに鍵が外されたと言う報告は初めてだ。本当にあの女が帰ってきたのか……?)
うん、コレはダメだ。
「スキルで見たけれど鍵を外していた事がバレたっぽい」
「マズイわね、この時間に見回りに来る人なんていないと思っていたのに」
「一旦中へ隠れましょう。やり過ごせれば良いのですが」