百十七生目 執事
太陽が昇ってからの活動は危険だ。
ニンゲンに見つかる可能性がぐっと上がる。
さらに言えば夜の間走っていたことでさすがに疲れた。
ぐっすり休もう。
簡易キャンプを道から外れた森の中につくり見張りを交代でたてながら休憩。
もともとホエハリ族は1回に2時間程度寝るのを何度も繰り返す種族だからあまり問題はない。
人里が近いから火はたけないがまあ野生動物はいるから最低限の食事は問題なかった。
インカやハックは魔物たちしか見たことがなかったから私が"観察"し食べやすい獣を選んで狩っていった。
うん、いただきます。
久々に生食べした気がする。
やっぱり調理したほうがおいしい。
再び夜。
活動再開。
昼間はそこそこ遠くに冒険者やら商人やらが歩いていたが見つかってないので問題なし。
ユウレンも歩きで灯りを避けつつ人里へ近づく。
周りは簡単な塀やら柵やらがあったがここで少し問題が。
「うわ、なんなんだろうこの感覚……」
「ちょっときついよねー」
「近くにいたくないー」
私にハックやインカが口々に言う感覚とは嫌忌とも言えば良いのか。
とにかく近寄るだけで嫌になる気配だ。
それだけじゃあなくてインカやハックは苦しげで気分が良くないらしい。
「魔物避けの結界の効果ね。
別に死にはしないのだけれど魔物たちはだいぶ嫌がるらしいのよ。
中に抜ければ効果はないはずよ」
ユウレンが周りを気にしつつ私たちは外側から回り込んで行く。
ただインカやハックはだいぶしんどそうだな……
うーんここは別れるか。
「じゃあ私とユウレンが中に、インカとハックは離れたところで何か起こらないか警戒していて」
「う、うん、わかった……」
「見張ってる……」
トボトボと離れていったふたりだったがとある範囲から急に元気に走っていった。
結界の力から逃れたらしい。
「正面からいければ魔物避けの結界の効果はあまりないのだけれど、そうともいかないのよね」
人口はわからないがそこそこ人数が住んでいそうな町。
ニンゲンの出入り口は衛兵がいる。
見つかるわけにはいかない。
ぐるりと遠回りして町外れへ。
町外れとは言っても結界範囲内だ。
柵とかはそれぞれの家にしてあったりするが畑も多くニンゲンは見当たらない。
チャンスということで町の内側へ。
途端に息が楽になった。
結界を抜けたのだろう。
ユウレンに案内されるがまま町外れを進む。
畑ばかりだった景色が今度は暗い色を帯びてきた。
そうして辿り着いた先は……墓地か。
多数の死が刻まれた安物っぽい石たちが並ぶ。
豪華絢爛とはいかないが管理はされている、そんな雰囲気だ。
仏教とかキリスト教とかそんな雰囲気とはまた違った墓石たちだ。
さすがに真夜中の墓場には誰もいない。
自然のコウモリやら烏やらはいるがその程度……て。
「ゆ、幽霊!?」
「それはそうよ、墓場みたいな邪気のたまりやすい場所には自然発生するのよ」
死のエネルギーつまり邪気がたまった所に現れる幽霊……
なんと言えばいいか。
霊魔が黒いもやもやの集合体ならばこっちは白いもやもやがぼんやり人の形をしている感じだ。
ごく当たり前に現れるとは思っていなかったからびっくりした。
身構えるとユウレンに頭にチョップ食らった。
「いてっ」
「バチあたりよ。魔物じゃあないんだからこちらから関与しなければ何もしないのよ」
「そ、そうなんだ……」
何とも私の前世知識との違いに戸惑う。
そのままゆっくり側を通り抜ければ確かに何も起こらなかった。
成仏……いや昇天?
冥土だっけか。
とりあえずあの世へ行ってください。
そうして墓を抜けて鍵のかかった扉をユウレンが開ける。
ということはこの門の先には……
予想が当たった。
少し歩けばすぐに見えた。
真っ暗闇に佇む真っ暗な屋敷。
私がちらちらここまで来た中で一番大きなたたずまい。
言うなれば、豪邸。
「もしかしてユウレンって、お金持ち……?」
「良かった、燃やされては無かったのね。お金は……さあ、どうなのかしら。今では無一文と同じようなものよ」
何ともはぐらかされた気がする。
ただ、豪邸ではあったものの外壁にはありったけの暴言が書き込まれ何かを投げつけたあともありボロボロ。
元々墓地に近いせいもあって何か出そうでさながら幽霊屋敷。
庭は手入れされずに荒れ放題だ。
ユウレンが鍵を使って扉を開ける。
キィィ……
不気味な音を立てながらゆっくりと扉が開いた。
!?
何かが急接近してきている!
屋敷の中から!?
「ユウレン、何か来る!」
「ああ、それならおそらく……」
音もなくスッと近くに現れユウレンの前に現れたのは、見ためは白髪で年老いたの執事そのものだった。
恭しくお辞儀をしてユウレンに対して声をかけた。
「お待ちしておりました、ユウレン様」
「お出迎えどうも」
「え、え?」
困惑する私に向けられる双眸を見てゾッとした。
死んだ魚の目とかよく言われるがまさに死者の目。
一切の生気を宿さない白く濁りきった血の気のない目。
「こちらはユウレン様の?」
「まあ、友人よ」
「ど、どうも……ケンハリマという種族のローズオーラって言います……」
「おお、それはそうでしたか! 失礼しました」
そう言って執事はスッと目を細めた。
いや、閉じてるのかな?
どちらにせよあの目では何も見えていないだろう。
そうして落ち着いて一番の違和感に気づいた。
彼は生きている気配がない。
汗のにおいはないし心臓の鼓動も無い。
血のめぐりは全く無くて白いというより青くなっている顔。
彼は動いているのとは裏腹に死んでいる。
「申し遅れました。私、このユウレン様の執事をやらせてもらっているカムラと申します」
「彼は師匠の作った正真正銘の高度なゾンビよ。私が留守な間は家の中を頼んでいたの。
浄化されたりしていないか不安だっただけれども、なんとかなったみたいね」
ひゃ、ひゃああ〜〜!!
本物の幽霊屋敷じゃないか!!
動く死体が執事やってるだなんて聞いてないぞ!
「まあさすがに彼等も中まで踏み込むような事はしなかったようで。もうここにはいないと気づけば去って行きましたよ。
私も外には出ていませんから気づかれていないはずです」
「さすがね。町の人ならともかく私を追い込んだ光教のやつらに見つかったら正体がバレる可能性があるものね」
[リデッドゴズLv.20]
[リデッドゴズ 死から生まれし肉を持ったアンデッドでありながら高度な知性と感情を持ち人のように振る舞うが、その分使役者が弱ければ逆に操られるという]
説明文が既に恐ろしい。
気配を抑え隠しているが彼はかなりの実力者だ……
浄化されると言っていたから、弱点さえなんとかできれば強いタイプなのかな。
「ところで戻ってこられたということは、ついには復讐計画実行の時が?」
あ、そういえばユウレンは復讐するために森の迷宮に潜んでいたんだっけ……
ユウレンは首を横にふった。
「取り敢えずこれまでの事を話すから中に通して頂戴」
「かしこまりました」