十一生 自己
やや流血表現があるのでそういうのがつらい人は深呼吸してから、どうぞ
音をたてて雨が降り注ぐ。
それが私の頭を冷やした。
脳裏に前世の記憶がかすかに蘇る。
それは感情。
死というものが他人によってもたらされる恐怖。痛み。悲しみ。
そしてそれらすら手から離れていく感覚。
あれはイヤだった。
……あれ? 私なんか勝手に世紀の決戦にしてね?
勝手に歴史の分かれ道立ってる気になってね?
オーケー、もっと知能生命体的に考えるんだ私。
つまり合理性を求める。
まず私は自然の中に降り立ったわけでさっき空飛ばされた時に私も悲鳴上げてたじゃん。
誰も彼も生き残りたいんだ。
自殺志願者じゃあなければね。
つまりさっきまでのご立腹はやはり意味がわからない。却下。
というかさっきまでの私はなんだ?
まるで加虐性が私という獣の形をしたような……
怒った私をたまたま客観視出来たわけか。
怖っ。
よし、合理的に実に知性的に考えた場合、つまりメリットとデメリットを照らし合わせてみた。
まず殺す場合。
私はやや陰鬱な気持ちを引きずりつつ悲劇のヒロイン気取って食べようとして……気づく。
まだ離乳食段階の私がいっちょまえ気取ってくさく固いだろう生肉を?
絶対消化不良起こして激しい下痢になりマトモな治療薬が無いここでのたうちまわり最悪死ぬ。
食料確保という面では最悪。
つまりイタチは死んで最悪のデメリット。
私は後悔と大下痢でデメリット。
ぶっちゃけ私がまたこいつに襲われないだろうくらいのメリットしかない。
さて今度は助ける場合。
ハッキリ言って穴だらけで血が流れてるのになぜか息しているイタチは不思議だ。
行動力みたいな概念があるのかもしれない。
例えば……生命力みたいなそれがあるうちは死にませんよーみたいな。
大烏の時も明らかに串刺しになったのに直ぐに血がおさまり平然としていた。
つまりイタチは五分五分ながらヒーリングで助かる可能性がある。
私は当初の予定通りきのみを探して良く噛んで食べる事になるだろう。
色んな肉食的動物はたいてい良く噛む事をしないらしいが幸い私はよく噛めば離乳食程度の柔らかさに自力でたどり着ける事は知っている。
また、離乳食に使われるきのみも適当に片っ端から観察していたためある程度目安はついた。
今からそこらへんの木とかに観察かければ良いだけだ。
イタチは生き延びれるかもでラッキー!
私は戦いにも勝負にも勝てて経験大量無事に過ごせラッキー!
デメリットはこいつが再び挑んでくるかも知れないぐらいだ。
ならばそのデメリットさえ消してしまえば……
私はヒーリングに無敵を上乗せしてついでに私がイタチの上に乗りスキル行使する。
カタチ上拘束になるように抱きしめてだ。
もはや行動力は尽きかけているが無敵とヒーリングをイタチに使っても何とかダークを撒いて逃げる事は出来る。
もちろん私が突然覆いかぶさりキッチリホールドしたら相手からしたらどう考えても捕食のポーズ。
力はあまりないらしく虚しい抵抗を感じる。
私は、相手を殺せない。
かあ。
こうやって見るとやはり自己評価は正しかったのかも知れないがそれでも私は戦闘中容赦なく殺気を剥き出せた。
むしろ剥き出しすぎたくらいに。
たまたま相手が死ななかっただけで私は人としての私と同時に魔物としての私もきちんと同席していた。
どこまで私は"私"という隣人と仲良くやっていけるは不明だが私が生き延びるためには、とても頼りになるのは間違いない。
私は"私"に喰われてはいけない。
"私"を私は駆逐してはいけない。
私は私を受け入れ"私"は"私"であると認めなくては、狂う。
同じでありつつも全ての面で同じ顔をするのは危険だ。
同じだと認めつつもそれぞれの面で使い分けなければ私は混ざりあった狂人になる。
私は、"私"も、死にたくない。
それだけで良い。
ある時から抵抗が急激に弱まった。
別に衰弱死したとか諦観の念とかではない。
イタチを覆い尽くすのは疑問だろう。
傷はまあ、致命傷からは遠くなるように癒されたこともだろうが。
これは無敵が効いたって事だろう。
何らかの数値やログが出てるわけではないから確認出来ないのでそう見えるだけという話だ。
あと行動力も数値化されてなくて不明。
感覚的にはなんとなく余力は分かる。
それを頼りに途中でヒーリングを止めメディカル。
それにとどめの無敵。
"幸楽"で戦闘時以外での扱いにあたる今の時間分、回復した行動力を回した。
殴り合い密着し長い間互いに血を流しながら抱きしめる。
冷静になって気づけばこれは衛生上最悪。
そう、私も余裕がなくて動くことに支障がない程度の出血は現状も無視。
相手も致命傷になりそうな部分は治したとはいえ同様。
雨が洗い流したおかげでオレンジに混ざった血が消え去っていても。
傷口から入り込んだ互いの血が何を引き起こすか想像したくもない。
だが今は少なくとも何も病を起こしていない。
気休め程度だがメディカルで免疫を活性、"毒"を消し去る。
もちろん私にもだ。
一通りの処置を終了し離してやる。
かなり疑問に感じたのだろう。
離してやったのに忙しなく身体を確認するだけで離れない。
敵にいきなり治されて『一体何が?』と思わないほうが不思議か。
無敵が効いているためか先程までの戦意は感じられない。
疑問が多すぎてフリーズしている。
そう表現するのが正しいか。
襲ってきたらなけなしの行動力でダークを放ち逃げようとしたが固まっているのは予想外。
うーん、これは……
よし、放置!
ぶっちゃけ彼が[献身治療]での経験稼ぎに役立った時点で私は大いに満足。
レベルが9のときもなんとなくそろそろレベル上がりそうと思っていたし今回大きく稼げたんじゃないかなって思ったらやはりやはり。
レベル11とんでレベル12!
未使用スキルポイント3の使いみちを考えるのが優先なのだ。
[イナヅチに勝利 +経験]ももちろんアリ。
イナヅチを殺害、とかもこの調子ならありそうだけれど興味本位で殺しをする趣味は……なくはないけれど……今の私はないんで。
さあ、イタチは放置しといて私はクールに去ろう。
そう思っていた私は癒やす事と無敵の組み合わせが招く結果を遥か後に気づくことになる。
なぜ例のイタチはついて来るのだろう。
しかもその距離数メートル。
私が離れれば近づき接近すれば逃げていく。
何がしたいのか。
いやイタチすらも何がしたいのかわかっていないかもしれない。
先程まで剥き出しだった爪は小さく収まり戦意はない。
けれど決して接近を許しはしない。
よく、殴り合った相手とは分かり合えると聞くがなんとなくその事が分かる気がする。
結局どう相手が動きどう攻めてきてどう守るのか、相手の一挙一動をスキルではない観察でひたすら見つめ続けなければ相手には勝てない。
だから相手の身体全体から発せられる言葉が理解できてしまう。
そう、あれは信用の無い相手から受けた看護の理由を探ろうと疑い深くしていつつも、私がした影響で助かったためどこかで信用したい複雑な感情。
殺そうとしてなぜか殺されずなおかつ無敵と光魔法行使で心があまり正常ではなく揺れ動いてる。
そしてもう一つ、イタチはおそらく行動力がもうない。
私みたいに幸楽持っているなら今みたいにきのみ探しつつ行動力が自然回復するけれど、イタチがそれを持ってないなら非常に危険。
ぐっすり休まなければ攻め手が無い。
あの最後、大技を仕掛けて来たのはイタチとて苦渋の判断だったに違いない。
消費行動力が多少多くともココで決めねば決定打にかけたまま行動力が尽きると考えた故の一撃。
また、今思えば私が何度も自己回復したのも効いていたんだろう。
ガンガン回復される相手には回復より早く攻撃を叩き込むか大技で回復より削るかを常に迫られる。
その心理的負担は想像に難くない。
結果的にもう大して行動力が残っていないなら私か別の脅威に襲われるのは危険。
だから彼は休むことも離れることも近づくことも出来ない。
安全も安心も程遠い環境で自分より強い相手がいるのはストレスであると同時にトラブルをそいつになすりつける可能性も勘案できる。
それらが統合して小さな魔物なりの思考として導き出されるのは『直感的にこの距離を保ったほうが良いと思うがその理由はわからない』だろう。
イタチの頭の中自体は疑問に覆い尽くされあのような行動になっている。
けれど経験則や微妙な心情から直感として行動に現れているのだろうと私は結論づけた。
ぶっちゃけ、私の行動は私の利己的理由が100%なんだけれど。
イタチも何となくそれは感づいているかもしれない。
けれど、だからこそ理解に苦しんでいるんだ。
その利己的理由が彼の常識の外にあるんだから。
きのみを確保し終え、私は渋い顔をして不味いきのみを何十回も咀嚼して食べる拷問を味わっている。
群れで見たのと同じものを集めたため下痢に襲われる事は無いだろうけれど不快指数は最大近くに到達している。
食べなければ動けぬと理解しきっていなければこんな行動しないんだけれど。
近くにはイタチ以外動くものの気配は感じられなかった。
もちろん私が未熟でセンサーに引っかからないというのはありうる線だ。
だがそもそもこの近くで激しく殴り合っていたせいでまともな考えを持つ動物は巻き込まれないために避難したのかもしれない。
加えてこの雨だ。
私が木陰にいてもまあまあ身体を濡らそうとする雨は動きたくなくなる。
こんな環境で動いて体力も体温も奪われたいほど余裕のある野生生物は少ないだろう。
もちろん、水を司る類の魔物がいるとしたら別だけど。
イタチもついには根が折れたか距離は保ちつつも別の木陰で休みだした。
もちろん私が動けばイタチも敏感に反応するだろう。
そんな風にいたずらに体力をうばうのは趣味ではない。
私も休める時に休もう。
……スキル確認したらね。