百十四生目 外界
この森は洞穴があること自体は珍しくない。
当然自然地形だから起伏もたくさんあるし天然洞穴もいくつかある。
だがこの穴は問題だった。
「上へ続く階段がある……?」
「あら、ローズは知らなかったかしら?」
私どころか多くの魔物は頭にはてなを思い浮かべた。
穴の中にある上へ続く階段、それは『迷宮からの脱出または進入』を意味する。
「魔物たちが自然と認識を避ける結界、思っていたよりちゃんと効果があったのね」
「認識を避ける?」
「そう、そこにあったとしてもそれをちゃんと認識出来ない結界。魔物たちが上に溢れるのを避けるためにあるのよ。
今みたいに明確にその場所に向かってしまえば効果が薄いのだけれどね」
そう言ってユウレンが近くに置いてある苔むした小さな像に触る。
アレが結界を発生させるための装置らしい。
触れたあと周りがざわざわと騒ぎ出す。
あれ、もしかして今の階段は私とユウレン以外見えてすらなかった?
前々から思っていたけれど私はトランスしてからこういう偽装系をみやぶるのにかなり強い気がする。
確かにトランス前のホエハリだったころはここにこんな洞穴があることは知らなかった。
ケンハリマという種族の特徴だろうか。
……それにしてもこれはなんというか、もしかして。
「まあ、とにかく行ってみましょう。聞くよりも見るほうが得よ」
私たちは洞穴をくぐり階段をのぼってゆく。
長くも短くもないちょうど建物の1階から2階へあがるほどで真っ白い光がさしこんできた。
光の壁を越えるように階段をのぼりおえて洞穴をくぐる。
パッと景色がひらけた。
心地よい風が流れてくる。
先程の森とは違う細くしなやかな草むらがどこまでも続いていて軽く走る。
少し小高い所に足をつけて見渡せばどこまでも続く平原。
森の中の濃密な空気とはちがう晴れやかで透き通るような空気が私の肺にたまる。
私は森のほうが好きかな。
森と時間は同じだけれども時空のねじれを通ったのだろうなあ。
背後の洞穴から次々とみんながやってくる。
当たり前だが下は地面で森は広がっていない。
「ここが森の……迷宮の、外?」
「そうよ、あの森は迷宮なのよ。意外と森に棲む魔物たちは知らなかったのかしら?」
やってきたみんながみんな驚愕の表情を浮かべ口々に感想をつぶやいている。
みんなあの森から出たことはないはずだ。
迷宮という小さく切り取られた世界からは。
だからニンゲンたちが森に長くすむやつなんていないとか言っていたのか。
迷宮はニンゲンたちの言い伝えでは中にいると徐々に精神が蝕まれる。
やがて長らくいれば狂ってしまうと。
ただ私が長い間その森の中でまあ魔物としてだけど棲み着いていてわかった事と冷静に考えたさいに今わかった事がある。
くぐるだけで時間すら違う環境に慣れない土地。
神経と食糧を食い減らしながらいつ敵が襲うかわからない中でまともに休めること無く延々と何週間もいることを想像すればわかる。
体力低下からの精神的な患いをコンボでもらえるに決まっているがな。
体験と現代知識を合わせればなんともシンプルな話だ。
魔力の乱れだのニンゲンを惑わせる瘴気だの仮説は上がっていたようだが住めばわかるが迷宮かどうかにそんなに大差はないんだネ。
あとは考えられるのは『そんな危険な場所だから屈強なプロに任せよう』と営利目的で広めた噂……とかとかまあ考えられる事はいくつもある。
迷宮の中に住んでいたユウレンや九尾とかガラハとかは元々ちょっとおかしいだけで狂っていないようだし……
いや、そのぐらいじゃないと住もうとは思わないという点もあるのかな。
ともかく。
私はこうして初めてこの世界に降りたった。
ここからが私の本当の異世界転生サバイバル。
どこまでも続く大きな世界で私は私のやることを見つけなくては。
今、井の中の蛙は無謀にも大海へ飛び出した。
母はどこまで知っていて森の外へ行ってみることを勧めたのだろう。
なんだか無性に感動してきてしまう。
大自然にのまれるとはこのことか。
「感動しているところ悪いのだけれど、ここは冒険者が来るのよ。すぐに移動するわよ」
「あ、わかった。みんなー! ニンゲンが来る前に隠れるよー!」
ユウレンの言うとおりだ。
この洞穴が森の迷宮への入り口なら今すぐにでも冒険者たちと鉢合わせでもおかしくない。
それぞれがそれぞれ呆気に取られていたが私の号令でそそくさと移動を始めた。
「当たり前といえば当たり前なのだけれど、私たちは森の外ではとんでもなく目立つ集団なのよ」
「まあ正真正銘魔物の群れだものね……」
私たちは迷宮行きの穴から離れてさらに人の道から離れた場所へ移動している。
そこて独特の水のかおりがすると思ったら海が見えた。
この世界初の海だ。
「大きい川だー!」
「川じゃないよ、海だね」
「海?」
「舐めて見ればわかるよ」
インカとハックたちと浜辺まで行き近くへ行って海水を舐めさせる。
途端に舐めた順からむせだした。
そらそうだ、海水だものね。
「うわっ、コレは辛い!」
「うはぇ!?」
「あ、主! これ毒では!?」
「多量に取ればね。舐めたり泳いだりする程度なら平気」
私とユウレンだけがたぬ吉やドラーグにアヅキたちが騒いでいるのをニヤニヤと眺めていた。
そりゃ流石にユウレンは知っているよね。
「まったくあなたもひとが悪いのね」
「魔物ですから」
そんなやりとりをしたあとさらに移動して近場の川を見つける。
ここで先程の分までみんな水を飲んだ。
移動時に消費した水もここで汲んでおく。
アンチポイズンをかけておけばある程度浄化されるだろう。
さてようやく腰を落ち着けれた。
森の外へは出れた。
ニンゲンならこのまま人里へ向かうのだろうが私達はほぼ魔物。
そうはいかない。
「ユウレン、私達が拠点築けそうな所……例えば別の迷宮とかどこにあるかわからないかな?」
今までは同じような森を探せば良いのかなと雑に考えていたがあの森は迷宮内だとわかってそうもいかなくなった。
先程から魔法でのレーダーにひっかかる生物たちは魔物もいるが……"観察"したらただの生物もそこそこいる。
どうやら迷宮外の地上は我々魔物にとってはそこまで暮らしやすくはないらしい。
「ある……と言いたいのだけれど、流石にどこをどうかとパッと一覧出すのは難しいわね。
何せこの地方でもいくつもの迷宮があるもの。それらを調べるには一旦私の家にいくしかないのよ」
「ユウレンの家?」
ユウレンが立ち上がって海とは逆方向を指す。
どこを指しているかはわからないが遠い事はわかる。
「ここから運骨鶏で半日程度いったところにある町よ」
「運骨鶏?」
「前私が真似してスケルトンで作った走る鳥よ」
ああ、私が籠に入れられ揺られつつ運ばれたあの馬みたいに早い鳥かあ。
ということは歩きでもそこそこある。
これは今日はここで腰を落ち着けつつ話したり休んだりしたほうが良さそうだ。
また前みたいに寿命つめるほど根をつめて動いちゃだめだぞ、私!