百十一 父親
順調にお祭りは進み負けたホエハリたちはヤケ酒ならぬ酔う果物でのヤケフルーツ。
なので終盤はもうそこらじゅうまともじゃないホエハリたちだらけでグダグダだった。
参加したのは一部だったものの番狂わせでアヅキは負けて最後の試合はクローバー隊姉とインカ。
大激戦の末に優勝したのは……
「いやあ、負けるとはな」
「ようし! イチバンだああ!!」
インカ!
熱戦が繰り広げられ後一歩でインカが追い詰められるという時にクローバー姉がいつもの癖で距離をとった。
強敵相手だと認めたからこその次への確実性を求めての後退。
しかしルールである枝を越えないというのを破ってしまった。
優勝トロフィー代わりに野生では滅多にとれないとろけるようでなおかつとてもジューシーらしい霜降り肉を貰っていた。
うーむ良いなぁ。
「インカ兄さんおめっとぉー!」
「うん! って妹、なんか変なテンションだよね?」
「続きまして!」
ハート姉の司会はまだ続くらしい。
今度は何だろう。
「特別マッチとして今回の宴の主役の妹と……」
そういってハート姉は私を指した。
え、私?
「我らがキングとの特別試合を行います!」
「うム」
ワーッ!
歓声が大きく上がる。
え、え?
父と試合!?
一気に酔いが覚めた。
わけのわからぬまま中央に立たされ遥かに大きい父と向かい合う。
その威厳と威圧はまるで初めて会った時とまるで変わらないようだった。
「お前とは、一度こうしたかった」
「戦いを?」
「いや」
父が私の眼を真っ直ぐ見る。
あのはじめに会った時と違って私はそれを受け止める力がある。
ホエハリたちでこんなに目を向け合うのは普通は威嚇扱いされるからやらない。
だが父はゆっくりと瞼を閉じて言葉を送った。
「心の交わしあい、だ」
「……わかりました」
「では、始めます! 勝負……」
父は話すのが苦手だ。
さらに私との会話ともなるとだいたい母が代弁して済ましてしまう。
母は器用に父の心を汲むからだ。
「始め!」
だからこそ直接のやりとりは少なかった。
こうして単独で向き合うのも怖くてしなかった。
きっとこの試合は父が申し出たのだろう。
父が、来る。
その心を"読心"する。
(まっすぐ、突っ込む!)
……まずい!?
単純だからこそ最もシンプルな破壊力のある直進の攻撃。
全身に光を纏ってただ単純に真っ直ぐに当たる。
近くて避けきれない!?
横に跳ぶが前足をかする。
それだけで全身に響くほどの激痛。
大きく吹き飛ばされるがギリギリ土俵際で着地。
痛ッ!?
左前足がイカれた!?
"ヒーリング"と"イノスキュレイト"!
嫌な音をたてて再び筋繊維やら骨やらが繋がっていく。
これが初めて間近で見る父の力……!
「やはり、避けるか」
「一撃で仕留めるほどの力を感じました……」
「つもりでは、あったのだがな」
心の交わしあいとはなんだったのか。
あまりに不器用で愚直なそれ。
避けると信頼されていたから放たれたというのか。
こちらも答えなくては。
父の眼前の空間が歪む。
パッと出せる中ではこれが一番強い!
新しい火魔法、"エクスプローシブフレイム"!
集約された魔力が一気に炎へとかわり爆発を起こす!
オオ! と観客から感嘆が上がる。
やったか!?
しかし煙の向こうから接近する気配。
その身に火を浴びながらもこちらへと突っ込んできた。
なるほどこけおどしにもならない、か!
私が跳ぶ。
父も跳ぶ。
歓声がワッとわく。
爪と牙も尾も針も私はトランスしてから初めて全力で仕掛けた。
もちろん試合のルールは守りながら。
なんだか楽しくて楽しくて仕方ない。
父が一吼えすればオーラをまとい筋肉がさらに膨れ上がる。
足先と背の槍のような野太い針から熱が発散され光が歪んで見える。
口から漏れ出る熱が唾液を蒸発させまるで煙のように白くたちのぼる。
それはまるで蒸気機関車。
紺色の毛皮がよりそれを強調させた。
暗闇を照らす灯りに目が反射して眼光となる。
文字通りの化物のようだ。
それと向き合うのは、私。
これは"私"じゃない。
私の戦いだ。
"私"は殺し合いでなければやる気はないだろうし。
互いの爪が交差し体格差をものともせずに突っ込める。
少し酔っているからだろうか?
それとも相手が父だからだろうか。
これは戦いという名の心のやりとりだからだろう。
相手の息遣い、動き、性格。
一挙一動をよく見るごとに必然となって肉体を交わして心を通じ合わさせる。
そうしてわかるのだ。
スキルなんてなくてもその心がわかる。
父は本当に私を心配に想っている。
それと同時に強い期待や喜びも。
だが何より強いのは私を誇りに思ってくれていることか。
もはや父は私をただの仔や群れの配下だとは思っていない。
対等の関係として私を誇ってくれるからこそこうして正面からぶつかり合っている。
荒々しく真っ直ぐにぶつかってくる。
私は自覚しなくてはならないのだと、それを受けて思った。
私は父と対等になる。
多くの命を運ぶ群れの先頭に立つ。
それは私ひとりではないかも知れないけれど。
私は何かに惹かれ群れから出る。
転生した意味を探しにゆく。
そんな私にみんながついてきてくれる。
どこかで私もあの迷宮の街のようなものがつくれたら……なんて思ったことはある。
途方もないが小さくても文化を起こしたいなんてのも。
だけれども群れを率いるということはそういうのもちゃんと視野に入れなきゃということなのを傷の痛みと共に理解する。
私はひとりじゃない。
みんなとともに出来ることをやろう。
そうしてゆくゆくはまだわからないことだらけの私の謎も……
そうして私と父の戦いはその夜の長い間響き合った。
それは不器用ながらも真っ直ぐな心が通じた時間だった。