三十七生目 逃走
ひとひとりの犠牲を年に1度支払い富を得る……
それが安いと考えている者たちの村。
そう村長がつげた。
もはやメープルの顔は恐怖に固まっていた。
いやまあ……あんまりにあんまりな村すぎてなあ……
メープルの腕に軽く触れながら私が前に出る。
「どうする? この村、きっとメープルさんが思ってもいない側面が大きいよ。私としても、かなりどうかと思う」
「客人にとっては納得できない物だろうが、我々にとってはそれほどまでにスイセン様の存在は大きい。スイセン様に頼っていくことこそが、最も正しい、それにミューズへなることがどれほど名誉かとメープルも分かっているだろう」
「わ……私は……」
スイセンはこの村の生活基盤……
おそらくこんな奥地であまり他と交流せず明らかに豪華で安定した暮らしをシているのはスイセンの力だ。
しかしそれはスイセンに人柱としてひとり毎年捧げることとつながる……
だがここはそれすらも……呪いすらも受け入れた狂信的な場所だ。
子ども以外は。
「キミは大人たちとは違う道も行ける。ジンコーを助けるために、キミが走って私の元へ来てくれたように」
「私は……」
「キミたち子どもたちも、大人になれば村の中で共にスイセン様に祈ってきた。さあ、誉れである今年のミューズ、スイセン様にその身を捧げスイセン様と共になる名誉を受けよ……それをメープル、君の親たちも知っていて、受け入れているのだから」
大本は間違いなくスイセンが悪い。
しかしこのニンゲンたちはそのスイセンにあえてついていっている。
私が決めることではなく……メープルが決めることだ。
メープルは少しの間顔をうつむけ……
そして顔を上げた時はギュッとくちびるを結んでいた。
「……私は、ジンコーと一緒に、生きたい……! だから! スイセン様……ううん、スイセンの元には行かない!!」
「……そうか」
メープルが強く私の手を握ってくる。
けれどおそろしく血の気が引いていて……
今の言葉がどれほど重いかが伝わってくるかのよう。
「じゃあ、私達はこれで。後はスイセン直々に聞いてこなくちゃいけないから」
「この村は……元々移動のたびに人が流動しつづける。つまり抜けることそのものも珍しくはない。だが、その抜けたものが村にいる間は……わかるな?」
「……ッ! メープル!」
村長が恐ろしく冷たい目を私に……そしてメープルへと向けた。
あれは子どもに向けるような目じゃない。
さらに同時に周囲に動きが!
先程から周囲に敵意がひそんでいたのはわかっていたがこれは一気に来るな!
メープルを抱きかかえ外へと駆ける。
「ひゃあっ!?」
「ッだよね!」
外に出れば出入り口付近を村人たちが取り囲んでいた。
この世界別に自衛用の武器を持っているのは珍しくないが……
明らかにガチガチな装備を固めている。
ただ……それは村人基準で。
「それッ!」
「「なっ!?」」
大きく踏み込んで……ジャンプ!
それで彼らよりも遥か高くまで跳べる。
あちこちから村人が簡単な武装をして飛び出ようとして私達の高い位置を跳び回る動きにまるでついていけず見上げるばかり。
こちとらプロなんでね!
あとやはり先に囲んでいたのは精鋭だったらしい。
どんどん武装が簡素になるし遠隔まで届く魔法や猟銃を持ち出す村人もいるが……
「じゃあね!」
「だ、だめだ、速すぎる!?」
メープルを安全に抱えどんどんと跳ぶ。
このまま村から出て……
森の中へ。
そのまま木の間を走り抜けていく。
「このままスイセンの元まで行くよ!」
「は、はいぃ……!」
少しメープルには我慢してもらうしかない。
時間としてはそんなにたたずにたどり着いた。
正面道突っ切ったからね。
さて……と。
「大丈夫だった?」
「ふ、ひゃい……おかげしゃまで……」
メープルを降ろすとくらくらとフラフラしておぼつかない足取り。
被弾はしてないものの単純に酔っているな……
また治療しながら歩こう。
幸い庭の花達はもう襲ってくる気配はない。
正面からまっすぐ庭の奥まで進み……
扉を開く。
中では……
「さあさあ役者も揃ったところで、2人の戦いを始めよう!」
「ってそーくん!? 本当になんでこんなところに!?」
「こんなところってなんだ、ボクの家だぞ!」
なんかものすごく変な空気が流れていた。
そもそも先程までの洋風館の内装だったのが無理やり後付であれこれ土やら像やら花やらが置きまくられている。
そして中央で笑うのはそーくんこと蒼竜。
今日はニンゲンの姿風でいつものツノと帽子はある。
もはやなんもかんもわからないし……
メープルは私と向こう側チラチラ見ているがこっちに聞かないでほしい。




