三十生目 失礼
小神スイセン。
正直殴り合いならばなんとかなりそうなものの死ぬほど口が悪い上よく回る。
なにかに気づいたようだが……
「スイセン様! お願いします! 妹に、ジンコーに合わせてください! お願いします!」
「ああ……そうだな……だがその前に……」
スイセンは歩くたびにあたりに光の花びらを撒き散らす。
階段を降りてきてどんどんとその花臭が強くキツくなる……
とりあえず何があっても動けるように私達はメープルの前に立つ。
「ローズさん、この屋敷は他にニンゲンは……」
「おかしい……誰も居ない……?」
「さあ、先程は失礼した。もしかしなくとも、君こそが今年選んだミューズだねえ? やはりあの暗い顔つきのヤツはなんらかの勘違いで送られてきたんだろう、でなければ改めて君が来るはずもない。さあミューズ、ボクの前に――」
「そこっ」
顔にひまわりやらバラやらを咲かせながらあまりにも無遠慮に近づいてくるもんでむしろ警戒してしまったが……
もう私達のことが見えていないらしいのでこちらも無遠慮。
"無敵"を腕伸ばして当てる!
「――うわキモッ!! フザケンナドテカボチャ!! 触るとブスが移るだろう!! そもそも今何かしようときたな、それがここまで来た時に無傷だった理由か! ブシツケなブスはぶっ飛ばされたくないのなら隅でブルってろ顔面マナー違反!」
「何回言うんだよ……」
くっ……一瞬で目の前から姿が消えた。
(テレポーテーションってやつだな。それに弱さに比べてアイツは中身がヤバいな今の感触)
("むてき"のてごたえがおかしかったよ、うえ〜! なんかきちゃないものさわっちゃったかんじよ)
目の前に光を残して消えたスイセンは魔法を使った形跡がなかった。
ああいう超能力使いだとかなり面倒なことになるし……
現れた先は部屋内2階だし。
アインスの言う通り"無敵"がスイセンにかすった瞬間異様な感覚がした。
無効化というよりもなんというか……
ぬかに釘打ちしたような。
もちろん恐ろしく抵抗力は高かったがそれ以上に無意味な感じがした。
アレの中に敵対しないという意思が生える土壌自体がない……!
まだ邪神のほうがマシだ!
……うん? そう。アレだ。
そうだよ!
アレはどう考えでも普通の男じゃないだろう!?
なんで私そんな矛盾した思考を起こしたんだ!?
「す、スイセン様!? 妹は、ジンコーは双子だから私とほぼ同じです! だから妹が不出来で私だけが美しいということは……」
「ああ、違うんだボクのミューズ……そんな表面上多少は同じでも、ボクの寵愛を受けられるのは年に1人……そして、君はボクの愛を受けいるに足るとボクが選んだから、アイツはクソブスでキミは美しい、わかるよね」
「うわ〜、最低ってのだけはわかる〜、」
「お、お願いします! ジンコーに合わせてください! お願いします!」
「そうだ! みんなはどうしたんだー!」
ハックは引いているしたぬ吉はメープルを応援している。
今のうちに……"観察"しなおし!
[スイセン 美の神を自称する顔のない神。花の咲いた相貌を持ち他者の認識を操る。顔が隠されていてそれがどこまでも美しいと誤認させるのだ]
うわデータ全然違うしアイツに顔はない!
顔のあるはずの場所に直接花が咲き乱れているのだ。
精神汚染か……さらっと恐ろしいことを。
しかも操っているんじゃなくて自身の思われ方を少し歪めているだけだ。
小神なのは間違っていないしジャンルとしては自分にかける幻覚。
誰も状態異常にかけているわけじゃないしおそらく相手の幻覚を突破したところで直接利益をえているらしい村人たちには無意味。
ただ自身が美しく思われたいだけというのは少しかわいらしさすらある理由だがなんだかおぞましいものを覗いてしまった気分だ……
「ああ、男がうっさいな……男とか見ても面白くないんだよ……あー、あのクソブス? 知らねえよミューズじゃなかったやつの処理はお前たちニンゲンに任せてっからよ。ほんとアイツは腹ただしい、ボクの目をごまかせると思ってミューズになりすまして祝福を家ごと受けようとは……!」
「ああ、やっぱり毎年富む家が現れるのって……」
「しょ……処理!? 人に任せる……ということは、まさか入れ違った!?
スイセン様すみません! またすぐ来ます!」
メープルは言うやいなやその場から弾けるように外へと飛び出す。
ああ危ない庭に!
襲われる心配はないとは思うけれど……危険ではある!
それでもスイセンは放っておけない……
暴力に訴えてくる気配ないが……どうする。