百五生目 星空
悪党たちを取り押さえたあとは速かった。
"無敵"をかけて戦意をなくし拘束してから衛兵たちの元へ連れて行く。
連行途中で彼等から……というより運び屋のネズミくんからいくつか内情の話を聞けた。
複雑な思いのこもったため息まじりの言葉だ。
「ぼくとリーダーは兄弟なんです。とは言ってもぼくらの種族はかなり多産で、兄はその中の長男でぼくは末。
こうなる前は顔は互いに知っていても言葉すらまともに交わさない程度の仲でした」
「きょうだいなのに?」
「それほどきょうだいが多いんです」
去年あたりから小規模で始めた小銭稼ぎ。
ちょっと危険なものを横流ししたり影の世界の用心棒をしたり。
兄が半ば強制的に弟を巻き込んで始めた商売。
「でもうまく行き過ぎたんです。次々仲間も集まってきて危険な商売にもどんどん手を出して……止められなかったんです」
「兄が怖かったから?」
「それもあったのですが……何よりもう誰からも必要とされなくなりそうで……」
うん?
今"見透す眼"に引っかかった?
無意識か意識してか何かを少し隠したがっている。
少しつついてみよう。
「必要とされなくなるとは?」
「……元々ぼくは非力でドジばかりだから元々誰からも期待されていなくて。
だから兄が必要としてくれたのは嬉しくてだから組んでしまったというのもあるんです。
最初だけでしたけれど……」
兄はどんどん態度が悪化して行き頻繁に暴力を振るったという。
だから次第に後悔が強まるがそれでも使ってくれる事に同時に居場所を感じてしまったという。
もうひと押し。
「もしかして、まともな環境で働くのが怖くなった?」
「え! そ、それは!?」
「自分が努力をして周りを巻き込むようにして居場所を確保出来たから、それを手放すのが怖かった……?」
ネズミくんはわなわなと震えた後がっくりと顔を下げ小さく頷いた。
結局暴力を振るうような相手がいないと自分が成立しないほど依存していると認めたくはなかったのかも知れない。
それが結果的に一番大事な隠蔽工作しての運搬をしていたのだからシャレにならないけどね
その後も話を聞くとなんとも言えないものだった。
一番大事だから自分の居場所があるという確信で動いていた彼。
だからこそ結果的に自分に依存させるように立ち回っていた。
より強大に危ない事をさせて。
隠れ基地も彼の魔法で隠し。
仲間を増やさせても隠蔽工作が出来る者は自身だけにとどめさせた。
兄はあらゆる欲を満たすために弟はそれをひたすら煽て自身を必要とするように。
そうして肥大化していった組織。
『兄に強いられて嫌々やる弟』という関係を崩さずに居場所を得るために動いていった結果がこれだ。
別にネズミくんは計算高く行ったわけではない。
ただ臆病にひとつひとつそう選択していった結果に自身の居場所確保のためにたくさん巻き込んでしまったようだ。
だからだろうか。
一通り独白したネズミくんは空を見上げる。
その顔は憑き物がおちたようだった。
「ああ、なんといえば良いかはわかりませんが……
終わったんですね」
「そうだね」
「罪をつぐなって……それから自分の居場所を今度こそちゃんと見つけたいと思います」
その後は静かになり詰め所に連れて行き無事に衛兵たちに受け渡された。
事情を伝えて葉を検査したらやはりタチの悪い違法薬物だったらしい。
ただ、あの紫色はどこかで見たことがあるような……
そうして彼等は衛兵たちに連れて行かれた。
「まあとりあえずイタ吉おつかれさん」
「まあ今のおいらならこんなもん楽勝だって!」
ヒーリングで傷は癒やしたが汚れまでは落ちるわけではない。
血と泥の跡がその戦いの痛みを教えてくれる。
まったく何が楽勝なんだか。
ちなみに捜査協力で一気に日本円に直すと数万円ほど手にはいっておいしい。
イタ吉8の私が2で分けた。
その後は水洗い場へゆく。
この街は上水道がかなり機能していて下水道もそこそこある。
やっぱり魔法ってすごいなーって思うのはここでも多数使われる魔術技術だ。
個人が使う魔法の力を技術的に組み込んで行動力さえ送り込めばそれらが発動して仕組みが稼働する技術。
例えばこの水洗い場は大きな蛇口のようなものがあり触れて魔法を発動させれば口からじゃんじゃん水が出てくる。
水を汲上げているんじゃなくておそらく発生させている。
かなり効率が良くて微力でじゃんじゃん出る。
桶が一杯になったところで止めてザブザブと水洗い。
狩りする者というのは自身の清潔さにかなり敏感になる。
なぜなら異臭を放っていたらそれだけで獲物に逃げられるからだ。
なのでイタ吉もキレイにするのは手慣れたものだった。
あっという間に最後の毛づくろいまで終了する。
ちなみに狩りの時は泥のにおいに紛れるために全身泥だらけになる方法もあるが我がホエハリ族ではあまり好まれない。
この汚れた水と桶は店の小動物に渡す。
あとは彼等が浄化槽のようなところで汚れをキレイにする魔法技術を使ってくれるわけだ。
街中はにおいだすと衛生的に大変なのでみんな気を使ってて良い。
イタ吉も私も森の時はそんなこと考えないからね。
ある程度は自然に還るし。
「それじゃあよろしくお願いします」
「はいよ、お代も確かに」
日本円に直しておよそ300円程度で時間内なら使いまくれる。
森の中に川はあるがこの街に川はないのでとてもありがたい。
「よし、スッキリしたし続きいこうぜ!」
「あれ、なんだっけ?」
「観光だろ!」
あ、そうだった。
すっかり気と時間を悪党退治に取られていたがイタ吉と観光にきたんだった。
というわけで再び街へ。
商店街やら動物の多い所やら新しく作られる現場やら。
門から帰ってくる動物たちを見届けたり果樹園で風を受けたり。
最後には夜になってイタ吉のお気に入りの場所へと連れて行ってくれた。
「ほら! 夜はここがきれいなんだ!」
「おぉー……!」
町外れで農家の一軒家か畑しかない所にある小高い丘の上。
そこから見る星はまさに幻想的だった。
2つの月はともかく空にまばゆく輝く星々。
特徴的なのは何重にも円を描くように光が軌跡を残していることだろう。
なんだろうあれどうなっているのかな。
そもそも深くは考えていなかったけれどこの世界の月や太陽に星ってどうなっているんだ。
小さな隔離された迷宮という別世界から見える遠くの星。
実際にあそこまでいけてしまうのかはたまた実際は魔術めいた再現された天候なのか。
不思議がいっぱいだ。
しばらくふたりで空を眺める。
息を飲むような幻想的な光景に魅入られて。
そうしてしばらくたったあと最初に口を開いたのはイタ吉だった。
「なあ、今日はトラブルもあったけれど良かったよな」
「うん」
「ホイ、さっき買ってきたフルーツでも食べながら見ようぜ」
イタ吉が自前の魔法のポシェットからフルーツを取り出す。
限度はあるが見た目よりも入る数が魔法で拡張された品だ。
ギルドで働くのに便利で買ったらしい。
それぞれが咀嚼する音と風だけが耳に入る。
空はただ静かにあるのみ。
さっきから雑に色々食べているけれど何のフルーツかわからないものもそこそこあるなー。
例えば既に切ってあるこの白っぽいフルーツなんだろう。
もぐもぐ、うん、酸っぱくて星を見ながら食べるには良いつまみ。
空がグルグルと星が回って……
グルグルと回って?
グルグル……グルグル……あれ、おそらきれい。
ぐーるぐーるぐーる……
·小話
ネズミ兄「なあ、さっきあいつに話していたことだが……」
ネズミ弟「ごめんなさい、僕が全部……」
ネズミ兄「思い上がるなよ」
ネズミ弟「え?」
ネズミ兄「お前みたいなグズでのろまがそんなんうまくやれるわけねーだろ。全部俺が決めて俺が考えて俺がやった事だ。思い上がるな。お前の考えたりやることは俺が決めてるがな。
今回はしくったが、次はうまくやる」
ネズミ弟「兄さん……」