十生目 生死 切鼬イナヅチ
血が苦手な方、こわいのが苦手な方は深呼吸してからご覧ください
小さなうめき声と共に私は意識を取り戻す。
そこはいつもの群れの中ではない。
私は全身が悲鳴を上げている中朦朧とした意識を振り払った。
「そうか……私、連れ去られて……」
ともかく全身が気怠く痛みを訴え続けている。
この状態では動けない。
幸い先程までは回復体制で寝てたから行動力は戻っている。
ヒーリング!
ヒーリング連続!
そこそこ行動力を使ったかも知れないがこれで身体はだいぶ回復した。
……私は確かにしっかりと掴んでいたけれど、恐怖と腹に刺さりそうな爪から少しでも逃れようとしがみついていただけで。
[無敵Lv.1 相手を拘束し続けている間に使う事で怒りや殺意を収められる]
あれでも判定が……?
ハも遊びの時多少の抵抗としてまとわりつこうとするけれどもしかして……?
疑問追求は今の状況を緩和をしないとして現状把握。
無敵のレベルが上がったらしい。
ログにはしっかり[無敵 +レベル]とされている。
[無敵Lv.2 自分よりそこそこ劣る知能を持つ相手にも効果が出て大人しくしやすくなる。また効果が出るまでの速度が上がる]
う……文面だけでは良くわからない。
ただ便利度は増したみたいだ。
この先もいざという時には使っていきたい。
そして必死の抵抗で[拘束抵抗成功 +経験][恐怖体験 +経験][高高度落下成功 +経験][限界状態 +経験][献身治療 +経験]といくつか文字が出ていた。
そして最後に[経験値累積 +レベル]と書かれている。
めでたく大台のレベル10だ。
こんな状況で無ければ喜べたのに……
献身治療って、自分に対して頑張って治したのにつくのねそれ。
ただまあレベルが上がった事でここから生きて帰る確率が上がったと信じよう。
現状悪いことだらけなのだから少しでも良いことを探さないと。
まず私は大烏に攫われ何とか逃げ切るもある程度群れから離れてしまった。
とは言っても私が落ちた場所と落ちるまでの時間からおとなの救助が来るまで大人しく待つだけの仕事だ。
と、豪語したいもののなんといつの間にか夜。
それだけでもつらいが私が起きた時明らかに私が吐いたと思われるものがあった。
これが気道に詰まって死ななかったのは不幸中の幸い。
せっかくの栄養は無くなってしまったけどね。
飢えないように食べられる物を探し回り口の中の異物感を洗い流す水を探す。
これだけで外に出たことがない私には危険すぎる賭けだ。
夜、おとなが来る可能性に賭けながら水と食事を確保し耐えながら待てと?
いや〜、ちょっとそれは辛い。
正直今でも空から烏がやってこないかビクついているのに辛い。
辛いが、やらなければ死んでしまう。
そう決心して……むしろ必要性にかられた諦めの心で私は動き出した。
まずは照明弾。
空からの烏に見つかる可能性はあるがあの烏は昼行性だろうと踏む。
そもそもリスクとリターンはどうしてもつきものだ。
それなら現在位置を知らしめるために定期的に照明弾を空に打ち上げるに限る。
もちろん照明弾にするのは私の光神術ライトだ。
シューという音も無く空に向かって一直線に光が飛ぶ。
ちなみに色は残念ながらいじれないため白色。
飛ばせる限界まで光源を飛ばすと後は自然に任せ消した。
まず第一段階クリア。
空に光源を上げた事で空模様が怪しいことに気づいた。
……降らなきゃ良いけれど。
第二段階はなんとかなりそうな水の確保だ。
水は前も似たような方法で探した。
そう、目を使わないで純粋に音とにおい頼り。
だがラッキーな事に探して5分もせずに探知に引っかかった。
場所に向かえば小川になっている。
口の中を洗い貴重な水分を十分飲み干す。
ちなみに私の恐怖対象は水から空に上書きされたため『上が見える場所よりマシ』という精神で木陰で水を確保した。
いいとこ探しの一環だ。
第三段階、食事。
実はコレが一番困難じゃないかなと私は考えている。
そこらに多くの草花や木々はあるがでは果たしてどれが可食足り得るのか。
やり方は、なくはないかな?
その考えは望まぬ来訪者によって一方的に打ち切られた。
最初は違和感だった。
何とも言えない程度の違和感。
しかし次の瞬間は視界と聴覚にノイズがもたらされた。
自然と警戒度が引き上げられる。
だが何がどこから何の目的で動いているのは掴めなかった。
だからこそさらに次の時目の前の木陰から飛び出した影に嗅覚と視覚で反応出来たのは偶然としか言いようが無い。
それとも訓練のたまものか。
反射的に防御スキルの膜が身体を覆い敵の爪を弾いた。
「ウッ!?」
今のは、今のは……死ぬかと思った!
防御したが威力で押され足を踏ん張る事で耐える。
対して相手は防御で弾かれた事を驚きつつ迎撃体制に移っていた。
ここで逃しては再度奇襲される。
そう即時判断、ライトを敵の周りにまとわせた。
照らした姿は一言でいうなら……イタチ。
胴が長く尾もふわふわで瞳がつぶらな獣害さえ無ければとってもかわいいと誰もが言っている気がしたあのイタチだ。
但し私の目の前にいるのは爪が長く切り刻むためにあるかのようで獲物を見つけた瞳が険しい肉食獣としてのそれだ。
[イナズチLv.9]
一言互いに言葉をかわせるのならその第一声は『お前、やるな』だった。
イタチことイナズチにしてみれば仔のホエハリが何故かココにいて一方的に狩るつもりだった。
体格差はあまりなく好条件。
それが何故か攻撃が弾かれおまけに姿を暴かれた。
不気味かつ強者。
しかし貴重なメシであることに間違いはない。
けして押しきれない相手ではないと判断し牙を向く。
そういった所か。
そしてそれに対するホエハリ……つまり私は、毛のカサを引けば下手したら自身より小さいのではという相手ながらレベルが9もあり、確実に防御を揺らされた。
それに先程の奇襲は防げるか防げないかは半々クラスで実に厄介だ。
しかし私はこいつから逃げ切る自信はまるでない。
まず土地勘がないため楽に追い詰められるだろう。
だったらまともに戦ったほうが良い。
狩りは苦手だが一対一の戦いは何度も想定してきたものだ。
ならば戦って切り抜けるしかない……!
まず動いたのはイタチ。
二度目は防げないと爪が光を反射する。
それを私は鍛えたサイドステップで回避する。
驚いた顔をしたのはイタチ。
流石にここまでやればたまたまでは済まされない。
私は反撃に移る。
私は生き残ること優先にぶっちゃけ攻撃性能は低い。
けれどそれでも生まれ持った力はある。
それこそがこの背にあるトゲだ!
背中から刺すより引っ掻くように大振り。
命中を優先した一撃。
一瞬背の針が鈍い光を纏った気がした。
背の針による反撃はイタチの速度を持っても回避しきれない。
やむを得ず身体に受けるが爪で受け流し最小限度で受ける。
やはり急所狙いは難しいか。
イタチはバックし距離を取ってから低く構える。
何をしようと?
そう思った次の瞬間イタチは遥か高く跳んだ。
まずい、そう思わせるのに十分な力を感じる。
行動力がしこたま込められている、そんな一撃。
防御の選択肢を捨て早急にサウンドウェーブを生成。
急いだせいで大した力は得られないがそれでも放つ。
一瞬の吹き飛ばそうとする音波に耐えイタチは着地と共に振り下ろした。
ミリ秒稼いだ時間はほんの僅か私を救った。
結果として私は大きく肩を割かれかけるが毛皮の犠牲で済んだ。
今のは、咄嗟の機動攻撃ではない。
何らかの鍛え上げたスキルだ。
そう実感させる強打だった。
肩から先が繋がっていることに安堵しつつ急いで下がった。
どくどくと血が流れ出る。
荒い息遣い、痛みを抑えるためのドーパミン。
そのおかげか巨大な刃物を振り回す相手に私はなんとかギリギリ怖じ気ずに済んだ。
一息つきながらヒーリングを唱える。
血が傷口を塞いで痛みが止まる。
今は色々と無駄遣いしている場合でないためこれで良いだろう。
時間も行動力も同格の相手には何もかもが惜しい。
イタチも逃がす気はないと言わんばかりに追撃してくる。
私が真剣に逃げたとしても追いついてくるだろう速さ。
私に選択肢はない。
爪を交わしトゲを当て爪に裂かれる。
ハッキリ言って戦いは泥沼化している。
高機動で回避主体で立ち回れるイタチは致命傷は避けているが浅い傷がつき過ぎている。
対して私は爪に怯えすぎないようになんとか自分を叱咤しながらトゲぐらいしかきちんとしたダメージを与えない上、何度ヒーリングでごまかしつつ戦っていることやら。
手数は相手が多いし私は喰らいすぎてヒーリングで癒やすにも限度がある。
もちろんイタチは連続攻撃のたびに行動力を使い私はヒーリングするたびに行動力を消費する。
戦いが泥沼化した時に最も気をつけなくてはいけないものは疲労もだがこの行動力という概念だろう。
人の兵で言うなればこれは"弾丸"だ。
弾がつきた兵は丸裸同然、だが戦いが長引くほどその可能性が高まっていく。
この"弾丸"、回復にも防御にも攻撃にもとにかく使う。
私の攻めに費やす行動力は少ないが守りに使う行動力はとにかく多い。
対する相手は守りではなく攻撃に行動力を回している。
手数はそのまま行動力の摩耗に繋がる。
どちらも攻めあぐねてきつい。
イタチの十字切りを防御でなんとかしのぎ、お返しに前脚で殴り返すがハッキリ言ってお粗末だ。
イタチも体力を少しは削られてるとは言え前脚の爪は深いダメージを発生させない。
これは私が思い切りが悪いとかではなくなるべく特訓したとおりの動きではあるのに、そもそも素の突破力を同格の別種にぶつけたさいにどうなるか確認出来ていなかった事に起因する。
結果は今私が血まみれになりながら実証した通り。
ちなみに私の血は黄色。
相手は浅黒いが赤。
何となく幼い頃からわかってはいたのだが鮮やかな黄色い血が私から溢れるのは実に不思議な気分だった。
なぜ私はこんなところで黄色い血塗れになっていなくちゃいけないんだって。
それは私が転生した理由のせいだろう。
全力で怒りを叩きつけにいきたいその理由はまだ思い出せない。
だからこそ私はそこまで生き延びなくてはならない。
生き延びなきゃ。
生き延びて生き延びて。
生きて生きて生きて生きて。
死にたくない死にたくない死にたくない。
ああああああああああッ!!
あまりにも、私の目の前の相手は諦めを知らなかった。
だから、私は死力を尽くして生き残る。
雑念は、断ち切る。
ほんの僅かな時は決戦を制す。
イタチが空中に飛び上がり再び対地空中襲撃をしようとした。
私はその時、より純粋に最大限破壊力を高めるやり方を雑念の存在を払う事で得ようとした。
何、私というホエハリがなぜ頭部ではなく背に針がついているか考えればわかったはずなのだ。
突破力不足の爪、命中率は悪い針、問題外の牙。
ならば、ならば向こうから勢い良く突っ込んできてもらえば良い。
振り降りた瞬間私は全力で殺意を持って背を向けた。
一瞬輝いた背の針に向かって振り下ろされる凶刃。
嫌な感覚。
同時に針が肉を貫いた感覚。
落下は止まった。
振り払って針から外せば大量の赤い鮮血が降り注いだ。
私はもはや黄色の血液しか流さない魔物なのに普通の生き物のような顔をしやがって。
……? 私は何を考えているのだろう。
血液が赤でも黄色でも大した違いは無いじゃないか。
ぶっちゃけオイルだろうと緑だろうと変わらない。
そう、私のこれは戦闘による興奮とどうしようもない不安と疲弊による精神的な迷い。
私は私だ、転生し姿形変わろうが前世が何で今が何だろうが記憶を無くそうと性格が変わろうと行動を変えようと私なのだ。
だから、私は今こいつの生殺与奪権を得た。
だから、私はこいつをどうしようと今後も私なのだ。
「キィ……キィ……」
あまりに情けなく助命を請うような声に正直心底腹が立つ。
こいつは明らかに私を食おうとして襲ってきた。
私が平和的に草でも食べてようかと思っているときにだ。
いや、それはそれで草型魔物に締め上げられていたかも知れないが。
ともかくこいつを食おうとしていたわけではない。
それを弱そうという点から殺しに来た。
だがその事に怒るのも生き延びようと情けなく声をあげるのもハッキリ言って私が筋違いなのだ。
ここは自然の摂理に従って回っている。
生き延びるやつが正解で、死ぬやつが間違いだ。
人間社会ではあるまじき無秩序。
それでも私は私であり続けるしか無いのだろう。
厄介だ、私は。
私をやめるには簡単だ。
今助命を請いてるこいつを見殺しにすれば良い。
自然の摂理に則って食べるでも無く治してやって人間的愛を施すのでもなくただただ流血し続けるこいつを見続ければ良い。
それだけで私は私を壊せてしまえる気がする。
狂気を呼び込む。
知性も感情も社会性も無くす代わりに恐ろしく殺しに特化出来る。
それでも、ソレに成り果てた存在を私と呼ぶのなら。
私は存在し続ける。
私よ。
どうする?