千九十生目 虚空
こんばんは私です。
ウロスさんは……戦闘後事情を伝えたあと短い返事だけして自分の屋敷へと帰っていった。
ユウレンも所有する昔カムラさんがずっと守っていたあの墓前お屋敷だ。
そして定期的に会いに行くカムラさんによるとまるで閉じこもってカムラさんにすらあってくれなかったらしい。
自由奔放圧倒的アウトドア派な彼女が閉じこもる時はどうしようもない……とユウレンの談。
見た目は幼いが中の魂自体は長年生きてきている。
だから心配せずただ待とうといわれ今日まで待った。
そして……
「ウロス様が、扉をお開けになりました」
屋敷の中に私とユウレンそしてカムラさんで向かった。
私がいるのは……報告したのは私だからだ。
あの時はほとんど言葉は交わせなかったが……
屋敷の扉を開けば夜なのもあり真っ暗だった。
暗闇の中ではユウレンの視界が確保できない。
私がとりあえず光神術"ライト"で光球を出し周りを照らす。
「たしかここに……よし」
ユウレンが中に入り込み光を頼りに部屋内の光源装置を見つけ出す。
カムラさんがそっとそばに寄って懐から取り出したのは薄い石のような木片。
ユウレンが持って行動力を込めると光と共に先端が燃えだす。
それを明かりの中に挿し込めば炎が燃え移りランタンの明かりになる。
一気に部屋の中が明るくなった。
ユウレンは木片をまた戻すと火が消えた。
そのまま奥の部屋まで進み……
一つの扉前で止まる。
扉の奥にいるのは……ウロスさんか。
「入るわよ」
ユウレンが扉を叩いてたずねる。
答えはないが拒絶されている感じもない。
実際に扉は何のせき止めもされておらずすんなり開く。
扉の木が軋む音だけが鳴る空間。
しかしわずかにだが確実に奥からニンゲンがいる音がする。
真っ暗闇なためまた先程のように部屋の明かりに火を灯す。
遠くまで光が灯ることでユウレンにもその姿がはっきり捉えられた。
私やカムラさんはわかっていたからおとなしくしていたけれど。
そのウロスさんの姿は……大きな椅子に座っている。
ただ目を閉じていてまさに私達が来るのを待っていたのだろう。
そもそも一度開いていることをカムラさんが知らせてくれたってことはウロスさんもそのことは推測できるわけだからね。
静かにただ椅子に座っているウロスさんはまるでひとつのぬいぐるみじみていた。
「自分を闇に閉じ込めて、少しは気が済んだかしら? 誰も責めないからって自分で自分を縛らなくても良いのに」
ユウレンとともに近づいていく。
ウロスさんの感情もあの時強い悲しみにあった。
しかも優しい言葉しかかけられないがゆえの苦しみ。
だからウロスさんはここで自分を閉じ込めたのか……
よく見るとこの部屋は食物の類がない。
ギリギリ水分らしきコップはあるがおそらくカムラさんの差し入れだけだ。
ちなみにトイレはこの部屋の向こう側にもある。
さすがにそこまでは自縛していないだろう。
自身が感じる責任の念からうまいこと距離を取るためにこのようなことをしたのだろう。
私達が間近までいけばウロスさんの目が開かれる。
「……虚無を見た」
「うわっ!?」
「この状態は……」
「久々に見ましたね」
ウロスさんの声が異常に枯れて聴こえる。
見開かれた目に笑顔はなく。
ただ私達ではない何かを映し出しているかのような……
「帰らぬ心、帰らぬ命、虚空に消えし、御魂の記憶。其処に残滓も在りはせぬ――」
「これってどうすれば……」
「まあ、静かにしておきなさい。そのうち戻るから」
ユウレンがそう言うなら……
少しの間聞いていたがとにかく声が枯れているのとつぶやく話すせいでどんどん聞き取りづらくなる。
というより根本的にこちらに聴かせるために話しているわけではなさそうだ。
ただひたすら意味不明な言葉が羅列どころかゴチャゴチャに混雑しそれが無理やり吐き出されるかのような発音。
魔法には圧縮言語や高速詠唱言語があるらしいが……
それを同時に使っているかのような気にさえさせられる。
そして……
「――カッ!」
「わっ!?」
突如言葉を止めいきなり力強く音を飛ばしてきた!
びっくりした私に対してさらにウロスさんが椅子から跳ねるように飛びかかってきた。
毛皮掴むのやめてほしいー!
「もしや、死に際の叫び、魂の残滓の声を正確に再現できるのではないか!? さあ、きかせて欲しいんじゃあ! ラキョウの、最期の声をー!!」
「わ、わかったから掴むのやめてー! 多分できるから……! 思い出すからー!!」
「カムラ、引き剥がして大人しくさせるわよ!」
「はい」
「声、声をー!!」
どうして良いかわからずとまどっていたところユウレンとカムラさんが引き剥がしてくれた。
ウロスさんも体力がないときに暴れたせいで大きく息が乱れ席につかされる。
ふう……思い出さなきゃ。




