千七十八生目 怪文
アノニマルースに魔王が来ることとなった。
「ほ、本当に来ることになるとは……しかも軟禁ということは実質暮らすってことに……」
[自分の処遇を今すぐどうこうするかとここで決めるのは危険と判断したらしい。だがどこかの国が直接所有するのは力はともかく政治的な面で危険と。幸い自分の顔は一般的には割れていない。ならば自分を魔王ではない何かとして生かせるほうが良いだろうと言う話だ]
理屈はわかるが納得したくない!
思わず頭かかえる。
厄を封じ込める場所になってきている気がする……
まあ……私がその決定に口をはさむつもりも権利もないのだか。
気になることはある。
「はぁ……まあ、今後ともよろしくお願い……それはともかく、そのままでは見る者が見ればあっさり看破されるんじゃあ?」
[そう。魔物がそのような能力系統を扱うことはそこまで珍しくないわけではないだろう。偽装に情報を差し替えなければ]
……偽装に情報を差し替え?
今さらっと言ったがとんでもないことを言っていないか?
「まさか……観た時の判定を直接変えられるの……?」
[調整完了。偽名登録。うん。ナ・ェ・ウ・ガ・ィが魔王として観えていたはずだ。自分も"観察"してみてほしい]
言われればナェウガィは"観察"した時に魔王と表示されていた。
魔王は実際のところ目の前にいる腕や足のない奇妙な存在だ。
さて何のスキルを持っているか当然のようにバレているが"観察"!
[フォウLv.1 脅威なし]
[フォウ 個体名:フォウ=フォウ
腕や足はどこまでも離れる。ただし帽子は離すのは厳禁。中を見た者は祟られるという]
す……すごくそれっぽい。
ここまでちゃんと偽装されるとは。
伊達に作っている側じゃない。
「名前以外はすごくそれっぽい……けれど、この文面だと帽子の中身が気になるね……」
[担当分野じゃないにせよ、このぐらいはね。というか、名前変かな……?]
「いやまあ、大丈夫だとは思うけれどね」
[ならいいや。あ、帽子の中は見るのは駄目だよ]
魔王は改めて帽子を深くかぶり直した。
見ちゃだめと言われると気になるなあ……
恥ずかしそうにしているので無理強いはしないが。
魔王に関してはともかくとして。
戦場の後には本来死のにおいがするものだが……
ホルヴィロスのおかげで随分と清楚な感じになっている。
そのかわり消毒や薬品のにおいはすごいし植物はかなり独特なかおりを放っているが……
まあ慣れるしかない。
兵士たちは治り次第植物から排出され復活した。
それはそれとして変なことが巻き起こっていた。
みな元気ハツラツツヤツヤになって出てきてとりあえず診療寝床で休んでいたが……
排出された翌日までに全員腕に謎の怪文書が書かれる……というもの。
イタ吉たちも書かれたらしい。
「どれどれ?」
「まったく、まるでせっかく生まれ変わった気分だったのにこんなになるなんて聞いてないぜ!」
「ほら、ここなんか書いてあるだろ?」
「ええと『血中に栄養素が欠如しているため、もっと緑黄色野菜を取ろう』……? これって……」
……こんなのをわざわざ調べられるのはひとりしかいない。
ホルヴィロスである。
流れ作業をしまくった結果患者の腕に何かインクみたいなので直接書き込むとは……
しかもうまく伝わっていない。
他の兵士たちも戦場の霊がどうのこうの言っている。
「俺はこれだ」
「ダカシは……『育ち盛りなのでもっとタンパク質を取ってね。具体的には肉を食べよう』だってね」
「よくわからんが、野菜じゃだめなのか? 畑で取れる野菜はやっぱ最高だぞ……?」
ダカシは見た目がライオン風味の獣人系統だが……
農業が盛んなの出身である影響かそういえばあまり肉を食べているところを見かけないなあ……
鶏くらいはいたかもしれないが食べたとしても老鶏だろうし。
キラーコッコたちとはもちろん違う。
あれはよほどならしてもニンゲンが飼えるとは思えない……
「妹、俺のなんて書いてある? 読みづらいんだが」
「どれどれ? 『理想値に近いよ。よほど徹底した食事管理をしているね』だってさ」
「ああ、そうなのかな? 師匠たちが選択した献立だからなあ……」
さすがインカの師匠たち……
色々完璧だ。
「そして俺のはこんな感じだよ!」
「グレンくんは……『消費エネルギーに対して摂食エネルギーが足りていないのでもっと食べよう』か……グレンくん少食だもんね」
「あ、あはは……ちょっとね、味の好みが……」
ああ……詳しい世代は知らないものの地球で比較的近代文化圏側から来ているとしたら。
なんでも最高にうまい! とは言いにくい部分はあるだろうなあ。
もちろんおいしい食事はたくさんあるものの旅をしながらや戦地での食事でとかはどんどんグレードを落としがちだし。
謎の怪文書騒ぎはその後兵士たちの中で治療も含め怪談となるのだがまた別の話……




