千七十三生目 本気
「私は医療に長けてもいて、是非お身体の方を診させてもらおうかと」
ホルヴィロスによる皇帝の診察を行うことになった。
ただホルヴィロス……さっきから焦っているようにも見えるな……
なんなんだろうか。
「なるほど。腕の方は聞いている。兵たちを多く蘇らせたと」
「陛下、かの獣を信頼なさるので?」
「不安がるな、其方の腕を疑っているわけではない。しかし皇帝が治るのは責務。どのような手でも得られるものは得る」
「ええと、大丈夫かな? 近づいて」
皇帝がうなずけばずすいとお付きのニンゲンたちが歩みホルヴィロスの左右を固める。
……つまり見張りだ。
全員がしぶしぶ納得できる最低限の形というやつだろう。
こういう時ホルヴィロスは1番安全だ。
難なく場に合わせられる。
特に難色を示すこともなく行動に移る。
近づいて医者の方に退いてもらいホルヴィロスがツルを伸ばしてアレコレと診察。
だが脈をはかり熱を見て心音を確かめ……と行い隣の医者から細かい状況を聞いたりとしているとどんどんホルヴィロスが焦る。
さらに皇帝にもあれこれ聞きついには自分から書物をしたためる。
そして何かを説明しだし皇帝や医者たちもみんな印を押して……ってえ?
「えっと、一体何をして……?」
「ああ、ニンゲンたちはこういうことをしたほうがちゃんとしているらしいから」
「いや、印押しそのものの行為じゃなくて、なんでそんなみんなに同意を取るみたいなことを!?」
医者の方の顔もかなり暗い面持ちになっていた。
おそらく危険性が理解できるゆえなのか。
「此奴の診察と病理考察が全面的に信用できるなら……という部分はある。何せ獣の医術はさすがに理解外だ……だが……納得はできる」
「其方がそう語るのならほぼ間違いないのだろう。皇帝は任せた者の言葉に疑いは持たぬ」
「そうだねえ、皇帝の状況をローズにも簡単にわかりやすく例えで説明すると……よくわからないほど気力で保っているだけで、内臓は腐ってるし肉体の構成が奇跡的な保ち方をしているね。生きているのが狂気ってくらい」
「皇帝とは致死の毒を飲み干しても生きながらえるよう、常に鍛錬するもの。死なぬ方法ならいくらでもある」
「ええっ!? 生きているって言えるのそれ!?」
「わからない、わからないけど生きているとしか言えない……まさかこんなニンゲンがいるだなんて、まだまだ理解できない生体の不思議ってあるなあ」
進んだ医術に関してはホルヴィロスが誇っていたのに皇帝の生存能力に関しては医者が満更でもない顔をしている……
なんなんだこの戦いは。
いずれにせよこのままでは皇帝は死ぬだろうということだけはわかる。
「それで……その紙が……」
「施術の同意書だね。何せこれから皇帝には覚悟してもらないといけない。私の持てる医術と、彼の技術、そして施術に耐える皇帝の気力にかかっているから」
「……具体的には?」
「まずは死んでもらって、中身をたくさん取り替えて、植物たちに寄生してもらい生き返らせる」
「ちょっと!? 何ひとつ大丈夫に聞こえないよ!?」
施術内容が不穏通り越している。
1回殺しちゃってるじゃないか!
「言いたいことはわかるよ! けど血流を止めないともうダメなんだよ!
1回血も全部別のとこに抜かないと……」
「ミイラでも作るの!?」
「ミイラってこうやって作るの……?」
話がこんがらがってきた。
ただ……なんとなく見えてきた部分はある。
「オホン、大規模な施術なため全貌は未だ医者である私にも掴みきれてはいないが……ようは1度極端に生命活動状態を落とし、そのまま心肺機能を代替に切り替えそれから本格的な施術が行われる。こんな神をも恐れぬ所業、成功するとは思えんが……」
「ああ……私にもなんとなく理解はできました」
「そうだね、神だなんて変に畏れずやれるだけやってみれば良いんだ」
彼らにとっての神とは蒼竜だ。
ホルヴィロスは神であっても獣でしかない。
けれど……この場の雰囲気の流れは決まっていた。
「どうなろうと皇帝は皇帝である。蒼竜神の加護があれば生き残るのは確実。行おう」
「分かりました。それでは全力を尽くしてサポートさせてもらいます」
「助かるよ、本気の本気だからね……」
その後ホルヴィロスたちはホルヴィロスのエリアに行き素早く個室をこしらえる。
清潔さを重視したそこに皇帝が寝台ごと運び込まれ……
部屋が内側から施錠された。
この時私は知らなかった。
まさか三日三晩ホルヴィロスがここからロクに出てくることはないことを……
まさかそこまでだったとは……




