九十七生目 創造
九尾屋敷の中には誰もいなかった。
試作段階のものが出来てすぐに九尾がやってきたらしい。
中にはいって倉庫へ向かうと例のそれが目に入った。
「まだ試作段階でうまくいく可能性は低い。だがここからはお前さんに協力してもらわんと進まないからな」
九尾がそういったその機械は……大きかった。
あらゆるところから金属の管が通され中央の3mはある巨大な金属箱を通し最後は浴槽のようになっているところに繋がっている。
これがトランス先を無理やり作り出す装置……!
「さて、さっさと始めるかの」
「私は何をすれば?」
「まずは真ん中に入るんじゃ」
言われた通り浴槽ぽいものの中央へと向かう。
よいしょっと枠を乗り越えて中央のちょっとした台ヘ。
「よし、ではそこで横になれ。じっとしているんじゃよ」
言われた通り横になると九尾は人の姿へと変わってから機械をいじりまわし始めた。
様々な魔法を行使してスイッチを動かしたり何かを見ながら調整したりとやっているのはわかる。
具体的に何をしているのかは全くわからない。
少しするとガシャンという音と共に水が流れ込んできた。
え、これは。
「おじいさん、これどうすれば!?」
「安心せい! その中央に入れば平気じゃ!」
え、ガンガン水来てるんですが!?
どんどん増してきて台まで来てるんですが!?
あ、暖かい……
そういう問題じゃない。
浸水は激しくなり顔の向きを変えてもついには私の鼻先まで!
うう〜〜!!
溺れる!!
耳の中にも水が入り込んで音も良くわからない。
死ぬ、立たないと死ぬ!
……あれ?
息が出来る?
凄い。
水の中でも息が出来るようにする魔法なのか。
水を吸っているはずなのに空気が取り込めて不思議。
若干慣れてきたころに何か低い音が鳴り響く。
ガゴンと鳴った次の時に背中にいくつも刺さる感覚。
痛ッ!
な、なに? 何か異物が流し込まれる違和感。
あ、あれいしきが……
·視点変更
倉庫の中にひたすら機械の音が鳴り響く。
小一時間たったころだろうか。
1人の老人の声が漏れ聞こえた。
「今回はここまで、か」
実験とは失敗とそこから得られた情報を使って再実験の繰り返し。
だから一度で成功するとは彼も思っていなかった。
だが老人もあくまで全力で成功させるために作ったのだ。
腹の中は悔しさと怒りで溢れていた。
しかしそこは熟練の技。
それらの感情をエネルギーに変換して高速で問題点を上げていく。
「初期段階……そこは問題ない。空気は……確保されている。触手挿入に麻酔、効いている……やはりここからじゃな。
細胞変化観察……根源の挿入……トランス先の強制追加……ふうむ」
ぶつぶつとつぶやきは続く。
·視点変更
おはよーございます。
起きたら病院のベッドに寝かされていました。
出来たのかな? と思っていたらメモ用紙に『次の実験まで休んでおけ』と書かれていた。
まだらしい。
残念。
さらに1日経過。
「出来たぞ!」
「今度こそですか!?」
ひいこら言いながら再び屋敷まで歩いて機械の中へ。
「そう言えばこの機械の名前は?」
「昨日の試験機を組み直してつくっているんじゃが、一応『トランス作るくん2号』じゃ」
トランス作るくん2号は前号よりもゴテゴテさがパワーアップしている。
魔法効果がある記された文字もふえていてどれがどう作用するのか想像もつかない。
そうこうしているうちにまた水が流れ込んでくる。
……うん、息は出来る。
そして背中に針を刺されおそらく麻酔が流れてくる。
おやすみなさい……
おはよーございます。
麻酔中のことはまったく覚えていませんがメモ書きを見るにまた失敗だった様子。
自分が頑張るのではなくて他人に任せきりにならねばならないのはもどかしい。
そして翌日。
もはや時間の猶予があまりない。
私が精神世界で戦っているからわかるが私の心が蝕まれるのもそう遠くない未来だ。
だからこそ成功させたいが……
「自信作じゃぞ!」
「……本当ですか!?」
「少し疑いおったな、まあ良い自信作なのは本当じゃ!」
今日も診療所に乗り込んできた九尾に連れられ屋敷へと向かう。
そこにはアヅキとユウレンもいた。
あれ、珍しい。
「ついにほぼ完成形と聞いて駆けつけました」
「正直材料集めや制作手伝いはもう順調過ぎて、直接見なくてもいいほどなのよね。それにこれで完成なら、もういらないでしょう?」
「なるほど、ありがとうふたり共」
自分ひとりではどうしようもなかったが今回は随分と助かった。
ここにいないみんなのためにも、実験は成功させなきゃ。
倉庫に入るとさらにゴテゴテが増した機械の他にもう一つ繋がったものが……
「あれ、発電機じゃないですか!? 爆発するんじゃあ?」
「バリバリパワー作るくん32号を改造した33号じゃ!
もう爆発はせんぞ、多分な!
まあようやく一番の失敗の原因がわかってな。細々といろいろありはしたが、一番はパワー不足じゃった。
だからこれで全力を引き出せば成功するはずじゃ!」
失敗したら爆発するってことじゃ……
嫌な予感は心の中にしまっておこう。
成功することをまず信じなければ。
発電機の魔力エンジンを始動し機械に大きくエネルギーが満たされていく。
装置に入り水が満たされ落ち着いたら背中から麻酔が差し込まれ……
私は意識を手放した。
·視点変更
「よし、うまくいっているの!」
九尾は人型に変化して作業を続けていた。
表すパラメータは全て正常。
後は開始するだけだった。
「ではみな少し下がるように」
「御老、本当に大丈夫なのだろうか?」
「大丈夫じゃ、今回はカーバンクルの秘石や電竜のキモも使っとる。これで失敗するのなら自信無くすわい」
「まあ、それが何の効果があるのかは私達にはわからないのだけれど、少なくとも自信はあるのね」
ふたりが納得して離れたところで九尾は機械の側面にあるレバーに手をかける。
これを引き下げればついには始まる。
九尾が作ったコレは疑似共有魂以来の大作。
九尾は思う。
思えば妻が亡くなってから誰かと造る事なんて一度もしなかった。
人に戦いの道具を生み出すために結果的には利用されそして有用すぎたため捨てられ生き延びてきた。
それが今やここで魔物たちと魔物たちのために協力して大作を作り上げようとしている。
ばあさんや見ているか、うまくやっているぞ、と。
最期まで自分を案じてくれた大往生の妻を思い浮かべた。
万感の想いはぐっと拳に込め今レバーを引き倒す。
ガチャンと入った音は無事に稼働している証。
浴槽に満たされた培養液が赤く輝いた。
ローズの身体に背中の触手を加工した管からありとあらゆるものが送られる。
閉じた瞳とは裏腹にその身体は激しく脈打つ。
暴れるように動き電気が培養液を走って感電を起こす。
「こ、これ本当に大丈夫なの……?」
「あ、主!!」
「騒がしいわ! 微調整が難しいんじゃ、大丈夫じゃ!
今ならお主らが全力で攻撃してもこの中の生物は死なんようになっとる!」
莫大なエネルギーを用いて行われるのは破壊と創造。
無いものを造るにはまずは壊す必要があった。
ユウレンやアヅキが思わず心配するほどの痛々しい肉体の動きとは裏腹におだやかに眠るローズ。
莫大な痛みを伴い意識があってはまず成功しないため眠らさせられている。
今回は急ぎのため実はローズ1体のみにチューニングされた仕様で一切の汎用が効かない。
その代わり九尾は今回は必ず成功させる自信を持ってチューニングした。
命のかかった調整は一歩間違えれば創造は出来ず破壊のみをもたらす。
普段の乱雑さを感じさせない細やかな指運びで大量にあるレバーを触っていく。
容態を細められた真剣な眼で見つめるさまはある種、キツネが獲物を狙うようにも見えた。
この獲物は逃さない。
そんな真剣な眼差しが見つめる中、事態は進む。
濃密に流れた集中された空間。
ドロリと時間は遅く流れて行く。
そして十数分の格闘の末に結末は訪れた。