九百九十六生目 兎婆
集落の1番大きな屋敷にたどり着く。
ここに魔王に関する情報があるはずだ。
扉……だよね? 間仕切りみたいな簡易過ぎる扉をノックする。
「すみません、ここを訪ねるように言われたものなのですが」
……
…………
……うん? いないのかな――
「なんだい!」
ピシャリ。
ただでさえ頼りない扉が凄まじい勢いで限界まで開きヒビでも入ったのではという音が響く。
かわりに姿を覗かせたのは……
「あ、こんにちは……」
「フン、知らん顔だね、どこから来た!」
あ……あれ……村のみんなの快活さ……純粋無垢さ……
そういうものを抜いたような腰が曲がり片目が義眼ですごく背が低いのに髪が凄まじく長いのを頭の上で固めてあるお婆さん。
ついでにウサギの風味が有る獣人派生のニンゲンか。
……なんというか"観察"するのもはばかれるが癖のように"観察"。
[ホワイバニー 個体名:フルス・ホルヴァニー
ニンゲン種のトランス先のひとつ。高い脚力と頑丈な足回りを持ち陸を自由に滑り駆ける]
「何をボサッとしているんだい! 入るのか! 入らんのか!」
「あ、行きます行きます!」
九尾博士を思い出すような叱られ方だ……
急いで中に入る扉を慎重に締めて……と。
私を見てフルスおばあさんは鼻を鳴らし奥へと足を上げない歩き方で家の奥へ行く。
さっさとついて来いということかな。
後ろから少し間隔をあけてついていく。
「あの、私……」
「魔物だろう? しかも大方、魔王討伐のために皇帝によってここに寄越されたんだろ」
「……気づいてたんですか!」
ものすごいピンポイントに突いてきたな……
私が魔物でもあくまで魔王と対立しているという姿勢も話していないのにバレている……
「村の奴らならともかく私の目からは逃れられないよ。骨格、歩き方、隠している所、手に持つふたつの紙、話し方、動向。発音も光神術あたりを使っているね。そのぐらい見て聞けば誰でも分かる。村の連中以外はな」
「え、ええ……何か……昔皇帝に仕えていたとか、そのエリートだったとかなんですか……?」
さっき扉をノックしたさいになかなか開けなかったの……もしやわざとか。
おそらくは扉近くで私を逆に観察していたんだ。
ちょっとすごすぎて怖い。
案内された先は普通の小部屋に見える。
手近な椅子にフルスおばあさんはゆっくり腰掛けた。
「どっこいしょ……まあ遠からず近からずだね。それよりもだ、やることをやりに来たんだろ? さっさとおし」
「……あ、この紙ですか?」
皇帝の印がされている厚紙を見せるとフルスおばあさんは目線をどこかに動かす。
視線の先には……普通の棚。
さすがになんとなく察した。
普通のとは言ったし私の止まったものは見づらい目ではよくわからないがほのかに違和感かおる。
こことここ……強く触った跡のにおいがあるな。
棚の上端をなぞり同時に棚の2番目を引く。
それだけでは見た目何もないが……
不自然な小さなくぼみから今までなかったのに魔力がわいている……
触ってわかった。
そこにこの厚紙をかざして……
ゴリゴリと音が響きだす。
少しその場から離れると棚……とは関係なく私の背後にある壁が開き出す。
ニンゲン大の大きさに開いた壁の向こう側に魔力壁。
それが一瞬で解除され消える。
その向こうにもあるがそこも消える。
何重にも魔力壁があったものがどんどんと消え……
最終的に光が灯る。
どこまでも降りていくような階段だ……
「すごい……厳重だ」
「これがこう言う風に役立つ日が来ないのが1番良かったんだがね!」
「す、すみません……」
「はぁ? 自分が謝る必要のないものを謝るんじゃないよ! あんたが魔王を復活でもさせたのかい!」
「い、いえ……」
「ほら行くよ!」
完全にペースを飲まれている……
長い階段を下り深い地下へ。
フルスおばあさんが先導してついた先。
おそらくは……魔王があたりを吹き飛ばしてしまっても残る深い地に。
「ほら、あんたの求めるものはこの中さ!」
「うわあ……」
ウルスおばあさんが備え付けてあったハンドルを回し部屋が明るくなっていく。
そこは一種の孤立した世界だった。
世の乱れも村の素朴さも関係ない。
明らかに高度な魔法と科学技術で施された神殿のようだった。
「変わってないね……ここは。だからこそ安心できるものさ」
「すごい……恐ろしいほどに清潔に保たれた空間……空気も死んでいないし…一体これを作るのにどれほどの手間暇を……」
「感慨になんて浸っている暇はないだろう!? さあ、いくよ」
「ああ、はい」
美しく保たれた石の部屋すぐ奥に目的の品は確かにあった。




