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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション6 キャンペーンスタート3

「現在、この朱無市は陸の孤島であるといっても過言ではありませんわ」

 会議の口火を切った亜理紗が続けて言う。

「先の大戦――対神大戦で世界は甚大な被害を受けました。国々は引き裂かれ、人々は散り散りになり、文明はばらばらになりました。この島国にももはや国家は存在せず、生き残った小さな市町村がそれぞれ独立して自治を行っていますわ。しかし、それ以上の深刻な影響がありましたの」

 それは彼女達を取り巻く環境――そう、まさしく環境の話だ。

「この十年間の大戦は魔術合戦ともいうべき戦いでしたわ。大戦の前期は狂信者達が魔術を駆使し、後期においては人類も手を魔道に染めていました。戦いの中、幾万幾億もの魔術の押収、魔力のぶつかり合いが展開されました。その余波は思いもよらない形で双方の勢力に牙を剥いた」

 魔力とは、物理法則に属さない流体エネルギーの事である。

 この世のあらゆる物質に内在し、質量がない。魔力を失えばその物質は存在が薄くなり、風化したり劣化したりしてしまう。この不可思議な力に関する法則を魔法と呼び、魔法を操る技術を魔術と呼ぶ。

 生物において魔力は生命力同然だ。不足すれば飢えて朽ち果て、過剰に摂取すれば肥えて膨張する。より具体的にいうなら、魔力を吸収した生命体は活性化するのだ。虫なら大量発生し、鳥獣なら巨大化し、樹木なら急激な成長を遂げる。対神大戦は魔術の撃ち合いだった。戦争の最中、その余波は世界全土を覆い尽くした。

「各地に飛び火した魔力により異常発達した動植物達は大陸や海洋を遮る障害となりました。交通を始めとしてあらゆる流通手段が断ち切られ、孤立していた各国各都市はより一層の孤立を迫られましたわ。今ではこの現象の事を環境異常ならぬ環境暴走と呼んでいるのですけれども……」

「ここ朱無市もその環境暴走の煽りを受けた市町村の一つ、という訳だね」

 極東の島国にある朱無市は戦争を生き残った都市の一つだ。内陸の都市であった為海からの侵略を受け難く、固有の戦力を保持していた為、どうにか十年間もの戦争を耐え切った。二年前に滅亡しかけた事もあったが、その危機を乗り越え、今日もこうして生き延びている。

 だが、異形の侵略には武力で対抗出来ても自然の侵略には対抗出来なかった。朱無市の郊外より外に出れば、鬱蒼と生い茂る森林が広がっている。十年前では考えられなかった光景だ。

 朱無市では郊外の土地を使って田畑を耕したり牧畜を行ったりしている。だが、それだけでは朱無市の住民全員を賄い切れるほどの食糧は得られない。使える土地が限られている以上、生産量には限界があるのだ。ならば他地域から供給するしかないのだが、そこで問題になってくるのが環境暴走だ。自然の壁は他地域からの供給――特に食糧に関して深刻な問題をもたらしていた。

「とはいっても、完全に孤立してる訳じゃないんだけどね」

 刀矢が口を挟んだ。

「最初の数年は大変だったけど、航空艦の製造技術が発展した事で環境暴走の壁を飛んで越える事が出来るようになったし、今は戦況も大分落ち着いてきて、艦の行き来も自由に出来るようになったしね」

「ある程度、ですけどね。自由に行き来出来るようになったといっても敵対勢力の領空を飛ぶ事は出来ませんし、航空中の艦を襲う海賊もいますから」

 空を飛ぶ野生の怪物もいますしね、と亜理紗が付け加える。

「けれど、それでも格段の進歩であります。航空艦がなかった頃は食糧等の様々な問題は地元農家で補うしか手がありませんでしたから。朱無市の人口が増加したのもここ最近の事であります」

「流譜さんが今、そうやって食べている鶏肉も航空艦を使って他所の地域から輸送してもらってきたものなんですよねー」

「うむ! 全くいい時代になったものだ!」

 頷く流譜は実にいい笑顔だった。彼女は本当に肉類が好物なのだ。

「今や朱無市の食肉のほとんどが輸入によるものだからね。航空艦様々さ」

「うむ! 旧三重県の牛肉など値段が高くて滅多に食えんが非常に美味だしな!」

「私は豚の方が好きですかねー」

「私も豚だ! SM的に考えて!」

「あれま、変態と意見が被ってしまいましたかー」

「物覚えが悪い人を鳥頭って罵ったりするから鶏肉もアリなんじゃない? SM的に」

「成程、新解釈だな! よし、採用だ!」

「あの……皆、話が脱線してきちゃっているよ?」

 好きな肉発表会と化した会議を來霧が軌道修正する。

「こほん。……何はともあれ、今の時代、航空艦は生命線ですわ。もし朱無市に航空艦が来られなくなったら生活水準は大きく下がるでしょう。故にわたくし達は航空艦を襲い、積荷を奪う海賊行為を絶対に許してはなりませんわ!」

 ぐっと亜理紗が拳を握る。

「海賊や侵略者を打倒する――その為にわたくし達は、わたくし達朱無市自警団は結成されたのですから」

 朱無市には二つの治安維持組織がある。

 一つは市立警察。もう一つは朱無市自警団だ。

 市立警察は文字通り市が管理する警察機関だ。県警を前身とし、司法に則り市内の犯罪者の取り締まりや交通安全対策などを行っている。

 一方の朱無市自警団は傭兵ギルド――非公式武装集団だ。外部組織の排除を主任務としている。輸送艦を襲撃する海賊や朱無市の領土を狙う侵略者を撃退し、市の平穏を守るのが役割だ。新設の組織である為、市立警察に比べて若手が多いのが特徴だ。

 傭兵ギルドとは言うものの、実質的には国軍だ。非公式だが非公認ではない。

 市立警察は対内、朱無市自警団は対外。とはいえ、この二つの組織は完全に分離している訳ではない。自警団が市立警察の仕事を手伝う事もあるし、侵略者の迎撃に市立警察が自警団と協力する事もある。

 自警団団長(ギルドマスター)、九頭竜流譜。

 自警団副長(サブマスター)、永浦刀矢。

 総司令官兼黒卯艦長、網帝寺亜理紗。

 一番隊。砲撃戦特化。隊長、アリエッタ・ウェイトリー。

 二番隊。空中戦特化。隊長、セラ・シュリュズベリィ。

 三番隊。地上戦特化。隊長、浅古來霧。

 四番隊。医療兼補給。隊長、牛鬼頼姫。

 五番隊。防衛戦特化。隊長、ギルバート・マーシュ。

 各部隊はそれぞれ十人から三十人で構成され、総数は八三名。二〇〇メートル級の空飛ぶ戦艦・黒卯を占有し、地上から上空から朱無市に襲いかかってくる敵の迎撃を主な活動目的としている。これが朱無市自警団だ。

「わたくし達こそが市民の盾であり、わたくし達こそが市民の矛ですわ。故にわたくし達は敗北を許されず、侵略者達に勝利し続けなくてはなりません。戦う事、戦い続ける事、戦いから逃げない事、それがわたくし達の使命なのですわ!」

 そう語る彼女の鼻息は荒い。

 彼女が熱くなるには理由がある。

 彼女はこの朱無市が市長・網帝寺片理(へんり)の一人娘なのだ。市長であるからには市民を守る義務があり、市長の娘である自分にも同じくその義務が宿っている。そう考えているからこそ彼女は朱無市自警団という実戦組織に所属し、艦長として前線に立っているのだ。刀矢同様戦闘力は皆無の身でありながら。

「責任感があって大変素晴らしいと思います。屋上で寝てて戦場に来なかった人とは違いますね。我が主も少しは彼女を見習ってみてはいかがでありますか?」

「……どうして君は事あるごとに僕を責めるのかな。面白いね。そんなに僕が戦いに来なかったのが気に入らなかった? でも、戦いに来なかったのは流譜も一緒だよ?」

「違いますよー、刀矢さん。セラさんは戦いに来なかった事を怒ってるんじゃなくて、刀矢さんがいなかった事に怒ってるんですー。ピンチのときに意中の殿方が傍にいなかったのが寂しかったんですよ!」

「何を勝手にのたまっているのですか。勘違いもいい加減にしてください」

 セラは無表情で返すが、頼姫の言葉に流譜が黙っていなかった。

「おい、セラ。刀矢は私の所有物だぞ! 手を出そうとするな!」

「どうしてあなたも乗っかってくるのでありますか。違うと言っているでしょう」

「……それで、頼姫ちゃん。件の『魚鱗の軍勢』とやらはどういう組織なんだい? 君の事だ。既にある程度の情報は得ているのだろう?」

 火花を散らし出す二人を放置して、当人である刀矢は話を進めた。

「はいはーい。もちろんですよー。……って言っても、まだ表面的な情報しか集められていないんですけどねー」

 頼姫がテーブルの上に資料を置く。

「一言で言うなら、クトゥルフを信仰する武装組織です。総兵一〇〇人前後、軽空母一隻、艦戦五機を保有していまして、この辺りの邪神崇拝組織としては破格の軍事力を誇ります。メンバーは主に水棲種族で構成されています。元々は邪神クトゥルフの名を建前に略奪を繰り返す一介の海賊でしたが、ここ最近になって急激に力をつけてきて、今や新進気鋭の一派として注目されていますねえ」

「力をつけた原因ってのは?」

「はい。何でも、新しい船長を迎えたとか」

「新しい船長? 誰?」

「それはまだ何とも分かりません。どうも、自分の正体がばれないように徹底して表舞台には登場しないように努めているっぽいです。用心深い人物なんですねー」

 ふぅん、刀矢が思案しながら頷く。

「目的は流譜だって言っていたらしいけど、どういう事だろう? どこまで知っている(・・・・・・・・・)んだろうね、彼らは?」

「そこまではまだ何とも。噂レベルかもしれませんし、何か掴んでいるのかもしれません」

「そうか。いずれにしても、彼らに流譜を渡す訳にはいかないね」

 刀矢の言葉に全員が神妙な面持ちで頷く。

「魚鱗の軍勢か……。ここまで規模が大きい敵は、二年前の『海蛇一座』以来だよね……面白いね」

「ああ、懐かしいな。もう二年も経っちまったのか。今回はどーなるかな」

 いっそ退屈そうにそう言った刀矢にアリエッタが乗った。

「ふん、心配ない。今度も勝つ。この私がいるのだからな!」

「自信満々でありますね。サボった身のくせして」

「はっはっは、まあ次回から参戦してくれれば問題なかろう」

「――んじゃま、とりあえず私はこのまま調査を続けますねー」

「分かった。よろしくね、頼姫ちゃん」

「はいー。お任せくださいっ!」

 頼姫がにこやかな笑顔で自分の胸を叩く。その際に揺れたものについて何人が目を逸らし、何人が目つきが厳しくなった事に刀矢は気づいたが、誰が誰なのか各人の尊厳の為心の中に伏せて置く事にした。

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