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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第三章 フランケンシュタインの怪物
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セッション54 デザイナーベビー2

 アルゲバルの城門に沈黙が圧し掛かる。

 大海軍側は畏怖から、刀矢達は危機感から沈黙していたのだが、どちらの勢力も酷く緊張している事は確かだった。

 ただ一人―――緊張の原因である諏來を除いて。

「來霧に刀矢に流譜に……あれ? あと一人は知らない娘だね。キミ、誰?」

「……ああ、私、ですかぁ……? 私、菖蒲っていいますよぅ……」

「菖蒲ちゃんって言うんだね。おっけ、おっけ」

「……來霧の彼女やってますよぅ、御義母様(おかあさま)

「えっ、そうなの!?」

「ちょっと、菖蒲!?」

 菖蒲の発言に浅古親子が二人とも驚く。

「へ、へえ~……やるじゃん、來霧。はあ、もうそんな歳かあ……へえ~」

「ま、待ってよ母さん! 勝手に納得しないで! 菖蒲も突然何言っているのさ!?」

「えー……」

 來霧に抗議された菖蒲が不服そうに頬を膨らます。

 緊張がやや揺らいだ事に困惑しつつも刀矢が咳払いをした。

「……お久しぶりですね、浅古博士。お変わりないようで」

「うん、お久しぶり。刀矢は大きくなったね。……うん、大きくなったかな? 大きくなっているよね、多分?」

「身長の事を疑問に思っているんでしたら、黙ってて下さい!」

 またこの反応かよ、と刀矢は思った。

 斜涯もこんな反応していたな。そんなに伸びていないか、身長。

「……いえ、それはともかく。大海軍の将軍ともあろう方がこんな東北(ところ)で何をしているので? 総督府(おおさか)での勤務はいいんですか?」

「んふふ。ちょーっと、ここに用事があってね。ほとんど私用みたいなものだけど、聖騎士共の殲滅は大海軍としても意味のある事だしね。だから私自身が来たんだ」

「どのような用件か聞いても?」

「それは駄目。教えらんなーい」

 諏來が悪戯っぽく舌を出す。

「そっちこそ、なんでこんな所にいるの? ここは聖騎士の国だよ。魔導士が来る所じゃないと思うけど」

「いえ、そんな事はありませんよ。侵略に荒れ果てた国があるなら支援をしたいと思うのが人情じゃありませんか。聖騎士も魔導士も関係ありませんよ」

「よく言う。微塵も可哀想など思っておらん癖に」

 刀矢の隣で流譜がボソッと零す。が、刀矢は聞かなかった事にした。

「……まあ、貴方と相見えたのはいい機会と言えばそうですね。ここで会ったが百年目という奴です。―――今、この場で母の仇を取らせて貰いましょう」

 刀矢の目がスッと細くなる。抑え切れない敵意と殺意が瞳に滲む。

 当然の対応だ。浅古諏來は刀矢にとって到底許し得ない怨敵だ。彼女は刀矢から父親を奪った者達の一人であり、刀矢の母親を殺した者達の一人だ。敵意も殺意も懐くのが当然の相手なのだ。

 しかし、そんな刀矢の殺気を受けても、諏來は微笑を微動だにさせなかった。

「まあまあ。その前にちょっといいかな? 來霧に話したい事があるんだよ」

「…………僕に? 何?」

 諏來に呼ばれ、來霧が応じる。強張った表情は警戒心を隠すつもりがない。そんな息子をどう思っているのか、諏來は笑顔を変えないままこう言った。


「帝国に戻って来なさい。私がキミを完成させたげる」


「…………ッ」

 諏來の言葉に來霧が絶句する。刀矢と流譜も同様だ。

 三人の反応に諏來は笑みを固定したまま話を続ける。

「知っているよ、キミの体にガタが来ているのを。未完成で試作品のキミじゃあショゴスの力に耐え切れず、もうすぐ死んじゃうって事も」

「…………」

 來霧は何も言わない。肯定も否定もしない。

 だが、その沈黙こそが肯定の意を示していた。

 何より、眼前に立つこの女性こそは來霧の生みの親にして育ての親。数年離れていたとはいえ、一時期は誰よりも來霧を知っていた人物だ。誤魔化しは利かない。

「だから、私がキミを完成させてあげる。私の部下になれば、寿命を延ばしてあげられるよ。どう?」

「……上司を目の前に置いて勧誘か。流石、『不定』の二つ名は伊達じゃないな、浅古諏來」

 流譜が唾を吐き捨てながら言う。

『十二神将』が一角・浅古諏來に与えられた異名―――『不定』。

 組織を定めず、所属を定めず、勢力を定めず。

 善悪を定めず、節度を定めず、道徳を定めず。

 信託を定めず、期待を定めず、愛憎を定めず。

 正気を定めず、狂気を定めず、境界を定めず。

 ただ己の生命を保証してくれる者にのみ従う。

 故に『不定』。裏切る、裏切らない以前にそもそもの信頼関係が存在しない。それが諏來という人間性である。帝国に対してすら、今までに何度恭順と離反を繰り返したか分からない。

 それでも尚、処罰されなかったのは彼女が類稀なる知識を有しているが故だ。

「……しかし、可能なのですか? 來霧君の寿命を延ばす事が。三護先生にだって無理だったのに」

 正確には、來霧が戦い続ける限りは無理だ。

 來霧が戦いを止めれば寿命が延びる可能性はある。問題は來霧に戦いを止める意思がない事だ。しかし、刀矢はあえてそれを口にしなかった。諏來から情報を引き出す為だ。

「出来るよ。あれから二年経って研究も進んだ。それに、今の私にはこれがある」

 諏來が懐から何かを取り出す。

 宝玉だ。

 完全なる球体に幾本もの触手が纏わり付いたかのようなデザインの首飾りだ。宝玉は金色に輝き―――否、銀色に―――否、虹色に―――瞬く度に様々な色へと移り変わる。デザインも相俟って面妖な印象を与える代物だ。

「永劫なる脈動―――魔神珠『あゝ無情(ウボ=サスラ)』。八大魔神兵装の一つだよ」

「八大魔神兵装……!」

 八大魔神兵装―――その名を聞いて刀矢達が慄然とする。

 邪神クトゥルフを討つ為に造られた牙。

 視界に入る全てを滅ぼす大量破壊兵器。

 神々の力を直に召喚する魔法使いの杖。

 神殺し―――八大魔神兵装!

「……では、貴方が今の『八人の魔人』の一人ですか」

「そ。んでね、これは八大魔神兵装としてはかなり異質でね。破壊力は一切ない。けど、その能力の希少価値は他の兵装と比べても何ら遜色ない。

 ―――こいつはね、この世で唯一、真の不老不死を叶えるんだよ」

「真の不老不死……?」

 そうだ、と諏來は頷く。

「不老不死を実現する方法は幾つかある。しかし、そのいずれもが不完全だ。絶えずエネルギーを補充しなきゃいけなかったり、身体機能を失ったりしてしまう。だけど、この魔神珠『あゝ無情(ウボ=サスラ)』は違う」

 それは、

「これは外なる神ウボ=サスラの力を召喚する。ウボ=サスラは外なる神の中でも最上に位置する神でね。外なる神の長にして創世神である魔王アザトースと対となる神なんだ。そのウボ=サスラが司る概念は『質料』。ウボ=サスラの力を与えられた存在は絶対に滅びない。外傷も内傷も老いも病も通じない。世界がどうなろうと、自我がどうなろうと存在し続ける。完全なる不滅だ」

 その完全なる不滅は、今や諏來の手中にある。

 つまり、あらゆる攻撃が今の彼女には通用しないという事だ。

「神の力は私にだけ与えられている。だけど、私が神様にお願いしたら、加護位だったら他の人達にもあげられるよ。加護位って言っても、外なる神の加護だ。半世紀程度ならキミを生かし続けられるだろうね」

 それだけの時間があれば、研究を完成させるには充分だ。來霧の寿命も加護なしで人間と同程度にまで延ばせるだろう。あるいは、半永久的な不死すら獲得出来るかもしれない。だから、

「私の元に戻ってくるっていうんなら、神様の加護を与えよう。まだ若い内に死にたくはないでしょう? さあ、どうする?」

「…………っ!」

 來霧の顔が強張る。

 三護との面談時には、死を拒まないと來霧は言った。人間として生きる為、化け物である事に開き直らない為に正しく生きると決めた。悪であるダーグアオン帝国と戦うと決意した。たとえ、それで死んだとしても本望だと言った。

 だが、死を恐れていないと訊かれればそうではない。拒まない事と恐れない事は違う。目の前に具体的に生存出来る術を示されて、それを即座に拒絶出来る程割り切れている訳ではないのだ。

「……來霧君」

「…………ッ」

 刀矢が來霧を不安の目で見る。だが、その目に応えられる余裕は來霧にはない。信念と未練、義理と縁と生への渇望、善悪と好悪。今、彼の中ではあらゆる葛藤がぐるぐると掻き混ぜられているのだ。

「……さあ、どうするの?」

 諏來が再度來霧に答えを促す。

 それに対して來霧は―――


 母の誘いに対して息子は―――――

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