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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第三章 フランケンシュタインの怪物
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セッション52 オートマタ4

「『王様の言う通りオーダー・イズ・アブソリュート』―――【全員】、【気絶しろ】!」

 流譜の精神感応(テレパシー)が戦場に響く。大海軍の何人かは彼女の命令(オーダー)に従い、受け身も取れずに意識を失うが、何人かは踏み止まった。一瞬足元が覚束なくなりながらも自制を保ち、各々の武器を構える。

「全滅とは行かんか……!」

「大海軍の軍人は鍛えているからね。さっきの騎士みたいにスキルで防いでる訳じゃないから完璧にとは行かないけど、ある程度の精神魔術には耐えられるさ。海賊相手と同じという訳には行かないよ」

「ちっ……!」

 舌打ちをする流譜に構わず、軍人達は銃を発砲する。水掻きがある手指でも扱えるように改造された短機関銃だ。流譜は顔の前で交差した両腕と魔力放出で、刀矢は星の精達が盾となって弾幕を防ぐ。

 流譜と刀矢に意識が向いた隙を突き、上空より怪鳥(ハーピー)と化した菖蒲が軍人達を強襲する。

「そぉら……! それ……! それぇ……っ!」

 踵の仕込みナイフで菖蒲が軍人達の顔を裂き、喉を掻き切り、胸部を貫く。攻撃を免れた軍人が菖蒲に銃口を向け、弾幕を放つ。今しがた殺した軍人の顔を蹴り、跳躍する事で弾幕を躱す菖蒲。そのまま飛翔して逃げようとするが、軍人は尚も弾幕で彼女を追う。

「させるかぁ!」

 その軍人を突き飛ばしたのは來霧だ。

 彼の容姿は先程までと変わっていた。焦げ茶色の頭髪、丸みを帯びた獣耳、ふっくらとした毛に覆われた尾。どのパーツを見ても狸を連想させるその形態は、

「『変態能力(シェイプシフト)』―――『耐久特化型獣人化・化狸』」

 來霧が軍人達へと駆ける。軍人達が銃口で彼を迎え、弾幕が雨霰と彼へと振り注ぐ。來霧は避ける事も防ぐ事もせず弾幕を受けた。銃弾に肉を抉り取られ、血飛沫が飛ぶ。

 だが、止まらない。來霧は弾幕を物ともせず進む。銃撃を受けた箇所が次々と再生し、弾幕によるダメージが追い付かない。削られた頭部も、貫かれた心臓も瞬く間に傷を癒す。文字通り瞬きを一回する間にだ。彼がショゴスの再生能力を持っているとしても、異常な復元力だ。

 獣人の一、『化狸』はHPに注力した形態だ。この姿でいる間は再生能力が著しく強化される。一撃必殺でない限り―――否、全身を丸ごと消し飛ばすような高火力でも持って来ない限り彼を殺す事は叶わない。まさしく耐久型の形態だ。

「おぉおおおおおぁっ!」

 軍人達の前で來霧が跳躍し、両手を組んだ拳を軍人の一人に叩き落とす。体重を乗せた剛腕に頭部が陥没した軍人が昏倒する。それを確認する時間も惜しみ、來霧は裏拳を繰り出す。殴られた者は弾き飛ばされ、後方の仲間を巻き添えにして倒れた。

 次から次へと來霧が軍人を殴り飛ばしていく。軍人達も銃弾や軍用ナイフで反撃するが、しかし來霧は止まらない。幾ら傷を負おうとも來霧はその全てを無視し、軍人達を殴殺していく。

 そして、そんな來霧にばかり意識が行っていると―――

「―――おい。私を忘れるなよ」

 流譜が軍人達の懐に潜り込む。薙ぎ払った剣閃から魔力の斬撃が飛び、軍人を数人斬り伏せた。分かたれた胴体から臓腑と鮮血が地面を汚す。

「……良い調子だな」

 流譜の隣に刀矢が立つ。

「そうでもない。普段なら銃撃など真正面からシカトしてやる所だが、奴らの銃は威力が高い。アレを向けられれば如何な私でも立ち止まって防御しなくてはならん。來霧とて楽はしていない」

「確かに。來霧君の『変態能力(シェイプシフト)』は切り札だ。それをもう使っているという事は、相手がそれ相応のレベルだという事か」

「ああ。それに……」

 流譜が門を見る。開かれたそこから城内に控えていた大海軍の軍人達が雲霞の如く押し寄せていた。

「……数が多い。奴らが門以外の場所にもいるだろうとは予想していたが、これでは城内に攻め入るどころか、魔力も体力も持たんぞ」

「流石は世界有数の軍隊だけあるか。しかし、そうは言っても逃げる事はもう出来ない。ならば、ここで三護先生が戻ってくるまで持ち堪えるしかない」

「やはり、そういう結論に至るか。仕方ない」

 流譜が剣を改めて構える。

 迫る軍勢に対して突撃をしようとしたその時、


「はいはいはーい。皆、そこまで、そこまでー。それ以上命を無駄に散らすのは禁止だよー」


 軍勢の奥より、女性の声が届いた。

 場違いな程軽い声だった。だが、その声を耳にした途端、軍人達はピタリと止まった。次いで、声の主に道を空ける為に左右に分かれて整列する。声の主の邪魔になるなど己が認めないと言わんばかりに足早に。まるでモーセの海割りだ。

 だが、歩いて来る人物は当然、聖人などではない。

「どうせ散らすんならいい結果と成果を残さなくちゃね。無駄撃ちはよくないよ」

 現れたのは一人の女性だった。

 年齢は高く見積もっても二十歳前後。雪のような白髪にヒトデ型のヘアピンを着けている。あどけない容貌だが、黒の軍服を着ている事から彼女が大海軍の軍人である事は間違いない。それも、他の軍人達が彼女の登場に緊張する程の地位にある人間だ。

「あーっ! 來霧じゃん! ひっさしぶりー! おほー! 刀矢に流譜もいるじゃーん! いえい、いえーい!」

 女性は底抜けに明るい笑顔で刀矢達を迎えた。まるで十年来の友人と再会したかのような朗らかさだ。だが、一方の刀矢達は彼女を見て、あからさまに警戒の色を強くしていた。

 否、緊張や警戒などという単語では生温い。刀矢達にあるのは明確な危機感だ。殺さなければ殺されるという使命感にも似た敵意だ。

「こいつは、随分な大物が出て来たな……!」

 流譜が引き攣った笑みを浮かべる。不敵に笑おうとしていたが、滲み出る冷や汗を止める事は出来ていなかった。

 それも当然だ。彼女こそは人類の仇敵。

 ダーグアオン帝国大海軍の少将。

 大海軍幹部『十二神将』の一角。

 人外。古のもの。地球最古の智。

 刀矢達のトラウマ―――ST機関の長。

 その名を、

「母さん……!」

 來霧が愕然とした顔で彼女をそう呼んだ。

 彼女の名は浅古諏來(すらい)

 姓から分かる通り―――浅古來霧の実母である。

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