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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション4 キャンペーンスタート1

 邪神、と呼ばれる存在がいる。

 遥か太古に外宇宙から地球へと降り立ったこの怪物達は、神と呼ぶに相応しい魔力とカリスマ性で地球の先住種族を支配した。しかし、何らかの原因により邪神達は海底や地下世界に封印され、眠りについている。

 邪神の中でも代表的な存在が『クトゥルフ』と呼ばれる神であり、眠りについた現在でもこの神はこの惑星で最も広大な影響力を保持している。

 そんな邪神クトゥルフが十年前に降臨した。クトゥルフはニュージーランド沖の海底に封印されていたのだが、何故か遠くマサチューセッツ州の沖にて突然の復活を遂げた。南太平洋に沈んでいた邪神が何故北アメリカに現れたのか、誰が邪神の封印を解いたのか、様々な謎が今でも解明されていないが、とにかく邪神は復活した。

 復活した神は自らの信者に号令を出した。世界全土に侵略戦争を仕掛け、領土領海領空全ての領域を我に捧げよと。

 精神感応(テレパシー)によって世界中に伝えられた邪神の言葉に信者達は世界を敵に回して戦いを始めた。ある者は組織を結成して国を相手に堂々と宣戦布告したり、ある者は単独あるいは少数精鋭でゲリラ戦を挑んだり、ある者は蜜をもって権力者を懐柔したり、また、ある者は侵略するまでもなく最初から国を治める側の人間だった。

 後に〈対神大戦〉と呼ばれる大規模な戦争だ。当然、各国政府そんな胡乱げな神や崇拝者達など認める筈もなく、事態を鎮圧せんと応戦するが、事はスムーズには進まなかった。信者達は邪神から当時の人類を遥かに超越する科学技術や物理法則を無視した技術――魔術を授かっていたからである。スムーズに進めるどころか人類は逆に敗戦を重ね、領地と権利、尊厳と自由、そして生命を奪われていった。

 人類に斜陽の影が訪れていた。

 事態が一変したのは、クトゥルフが再び封印されてからだ。誰が、どういう方法で神を封印したのか。それも未だに明らかになっていない。だが、それで崇拝すべき主を失った信者達の士気が消沈したのは事実だった。

 その隙を突いて、人類は反撃に打って出た。

 戦争の最中、人類は黙って侵略されていただけではなかった。敵が自分達よりも高い技術を持っているのならそれを学べばいいと、敵が自分達よりも強い武器を持っているのならそれを奪えばいいと画策していた。そうして魔術を会得した人類は邪神の信者と対等となり、幾多の戦いを繰り広げた。

 邪神が復活してから十年。十年もの長き年月をかけて戦い続けた人類と信者達は疲弊し合い、互いに決定打を見つけ出せないまま現状を迎えていた。小競り合いはあるものの大規模な戦争はほとんど起きず、膠着状態に陥った人々は、いつ崩壊するとも知れない仮染めの平穏の中、日々を過ごしている――――



 私立ミスカトニック極東大学地下船渠。

「すいません、包帯が足りません! そっち余ってませんかー?」

「薬はいいからとにかく水くれ! 干からびそうだ!」

「SAN値の回復はちゃんとやっとけよー。まだ大丈夫なんて思うんじゃないぞー」

「馬鹿、お前、それ鎮痛剤じゃねえよ! 薬飲むなら医学部の言う事聞けって!」

 ホール内を白衣の男女がソファや床に座っている黒卯の乗員達を相手に右往左往とせわしなく動いていた。その手には包帯や縫合用の糸、錠剤が入った瓶やドリンク剤が入った箱を抱えていた。ドリンク剤はごく普通の市販のものから「SAN値回復にコレ一本!」という煽りが書かれた何やら胡散臭いものまであった。

 ソファの一つに、セラの姿があった。

 無表情は崩さないものの顔色は青ざめていた。額には冷や汗をかき、見るからに調子が悪そうにうなだれている。元気凛々とはとても言い難い有様だ。先の戦闘で受けたダメージが肉体的にも精神的にも大きかったのが原因だ。

「やあ、セラちゃん」

「――――っ!」

 そんな彼女の頬を冷たい感触が襲った。上げかけた悲鳴を呑み込み、うなだれた視線を上げると、学ラン姿の少年――永浦刀矢が立っていた。手には白衣達が持っていた「SAN値回復コレ一本!」のドリンク剤を握られていた。今の冷たい感触はどうやらこのドリンク剤を当てられたせいのようだ。

「平気……じゃないよね。ほら、ドリンク剤持ってきたから、これ飲みなよ」

「結構であります。それよりも我が主、先程まで学校の屋上にいたそうですが。こちらがSAN値削ってまで戦っていたというのに、いい御身分でありますね」

「よし。それだけ毒が吐けるんならとりあえずは大丈夫だ」

 ドリンク剤を投げて渡す刀矢。セラはそれを難なく受け取る。

「でも、ちゃんと薬は飲んでおかないとね。SAN値削って戦ってたんでしょ?」

 SAN値とはパラメーターの一種であり、SANITY(正気度)の頭文字から来ている。文字通りどれだけ正気でいるのかを表している。この数値が減少すればするほど意志力が弱まっていき、ゼロになれば二度と抜け出せない狂気に陥る。数値が減少する原因として、ショッキングな出来事に遭遇、冒涜的な魔術の使用などが挙げられる。セラは先程の戦闘で魔術を使い過ぎた為、SAN値が減り、幻覚を見るという発狂をしたのだ。

 なお、パラメーターは他にSTR(筋力)、POW(精神)、DEX(敏捷)、LUC(幸運)、HP(耐久)、MP(魔力)がある。

「……正直、胡散臭いのであまりこれを飲みたくないのでありますが」

「ドクター頼姫(よりひめ)の自信作だよ?」

「あの人の自信作だからこそ飲みたくないのですが。そもそもSAN値というのはドリンク剤で回復出来るようなものなのでありますか?」

「さあ……? でもほら、皆、元気になってるぜ?」

 刀矢が指差した方角に目を向ける。そこには、

「うおおお、み・な・ぎ・っ・て・き・たァアアアア!」

「おっす、オラ雑兵! 何だかワクワクすっぞ!」

「ふるえるぞハート! 燃え尽きるほどヒート!」

 などと無駄にテンションの高い一群がいた。セラは彼らから視線を逸らすと

「……あれはむしろ正気度が減っているように思えるのでありますが」

「……うん、僕もそう思う。まあ、元気がある事はいいんじゃないかな。面白いね」

「いい訳ないと思います」

 セラはドリンク剤を刀矢に押しつけるように返す。

「そういう訳で私は結構であります。お引き取りください」

「そう言わずにさ。飲まないと体と心に悪いぜ?」

「飲む方が明らかに毒です」

「あらあら、酷い言われようですねー。頼姫ちゃん、泣いちゃいますよ?」

「!?」

 背後からの声に振り返る。いつの間にそこにいたのか、着物の上に白衣を羽織るという異色の組み合わせをした服装の少女が、目端に涙を浮かべる仕草をして立っていた。左の腕章には「朱無市自警団四番隊長 牛鬼(うしおに)頼姫」の文字がある。

「いたのでありますか、牛鬼殿」

「やーですー、イヤですよ、セラちゃん。牛鬼なんて名前で呼んじゃダメですよー。頼姫って呼んでください」

 牛鬼なんて全然可愛くないじゃないですか、と牛鬼頼姫は言う。その額には普通の人間にはありえないもの――小さな角が二本生えていた。

「私の自慢の作品、商品名『SAN銃士の誓い』の何が気に入らないんですか?」

「主にネーミングであります。何ですか、その名作を小馬鹿にしたような名前は。しかも商品名と言っているという事は、いずれ売りに出すつもりですか、それ」

「にゃはは。まあ、自警団の収入だけじゃ心もとないですし、大学卒業したら副業として薬売りになるのもいいかなーっと」

「おいおい、頼姫ちゃん。面白い事言うね。別に止めないけどさ。新薬の開発ばかりに気が行って自警団の仕事が疎かに、なんて事にならないでよ」

「イヤですよう、刀矢さん。そんな事しませんってば」

「ていうか、戦闘中学校の屋上で寝ていた人に言われたくないですね」

 セラの冷たい視線に刀矢は弁明せずに肩をすくめた。

 と、そこへ、

「あーっ、てめ、永浦! てめえ、今までどこにいたんだよ!」

 怒声に振り替えると、そこには怒声の張本人と思われるポニーテールの少女がいた。彼女の後ろにはもう一人、甲冑の少年がいた。少女がアリエッタ・ウェイトリー、少年が浅古來霧だ。

「どこって、学校だよ。一応、僕は学生の身分だからね」

「そういう事聞いてんじゃねえんだよ! 副長の仕事サボって学校なんかにいんじゃねえっつってんだよ!」

「学校なんかなんて言っちゃダメだよ、アリエッタ。学生の本分は勉強なんだから」

「自警団員の本分はどうでもいいのかよ! ていうかお前、勉強もサボってたそうじゃねえか知ってんだぞオレは!」

「ま、まあまあ、アリエッタ先輩」

 アリエッタが刀矢の首根に掴みかかる。それを來霧がなだめに入った。

「んだよ、浅古はムカつかねえのかよ?」

「だ、だけど刀矢先輩は戦場に来ても正直意味がないっていうか。刀矢先輩、戦闘力皆無だし。むしろ巻き込まれて足手まといになるっていうか邪魔なだけだし」

「結構スバスバと言いますねー、來霧ちゃんも」

 來霧の弁明にならない弁明に頼姫が苦笑する。

「え、あ……ぼ、ぼく、そんなつもりじゃ……」

「まあ、実際僕に戦闘力ないのは事実だしね。足手まといと言われても仕方ないよ」

「そんな事はないであります。刀矢殿は確かに戦闘能力はないでありますが、指揮能力の高さは誰もが認める所であります。今回は役立たずの無能だっただけで、次回こそはこのような無様は晒さないと信じているであります」

「怒ってる? セラちゃん、怒ってるよね今、ねえ?」

 役立たずだの無能だの無様だのと連続で罵られた刀矢は、流石に困惑を隠せなかった。

 ――とここで、さらに登場人物が増える。

「やあ諸君、ごきげんよう! 一同に介しているとは実に好都合だ! 相変わらずこの面子でつるむのが好きだな君達は! いやいやその前に言うべき事があるか――怪我は大事ないかね、弟妹?」

 現れたのは襟を立てたマント姿にドミノマスクという見るからに怪しい青年だ。怪しい青年は怪しくマントを翻し、怪しい笑みを浮かべてこちらに近づいてくる。

「まーた出オチ感満載の奴が出てきたな……」

「んー? 出会い頭に人を罵倒か? いいぞいいぞ、もっと罵ってくれたまえ!」

「うるせえ、マゾキャラ」

 マゾヒスト判定を下してアリエッタは現れた変態を睨みつける。変態――ギルバート・マーシュは彼女の言葉に笑みを見せた。悦んでいるようだ。

「ダメですよー、アリエッタちゃん。いちいちこの人の相手をしていてはいけません。構えば構うほど悦ばせるだけですなのですから」

「分かっちゃいるんだが……どうもツッコミ所満載の奴を見るとな……」

「そういう事言っていると、本当にツッコミ役が責務になるよ。そして、美味しいボケは全部他の人に取られちゃうんだ。僕は詳しいんだ」

「やっかましいわ、永浦!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぐアリエッタ達。彼女達のやり取りにセラは呆れた調子で溜息を吐くと、ギルバートに話の先を促した。

「……それで? 何の用でありますか、ギルバート殿? 自分達が一同に介していると何が都合いいのでありますか?」

「ん? ああ、我らが妹――流譜がな。呼んでいたのだよ」

 マーシュはにやけた笑みをセラに向けると彼は、

「私と諸君ら全員だ。自警団隊長以上のメンバーは全員、ここ黒卯の会議室に集合だそうだ。一応、先の海賊に対する戦闘報告と対策会議を行うらしい」

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