セッション50 オートマタ2
リゲル公国の大公は、神聖ベテルギウス国の出身である。
神聖ベテルギウス国はイタリア半島にある国だ。故に大公の意向により、リゲル公国にはイタリア風の建物が数多く並んでいる。石畳や石垣、尖塔や西洋風の城。公国には元来の日本にはなかった風景が数多く揃っている。現代日本家屋も幾つかあるにはあるが、中心部に近付くにつれて少なくなっていた。
風光明媚で知られた土地だった。
だが、今やその面影はない。
「……酷いな、こいつは」
刀矢が思わず顔を顰める。
公国の首都トオノは徹底的に破壊されていた。水路は濁り、建物は倒壊し、城壁は大穴が開けられ、営みは灰となって消えていた。最早この街にかつての栄華はなく。何もかもが蹂躙され、貶められていた。
「それでも、人は残っているんだな」
瓦礫の山の奥を見れば、襤褸を纏った人間が何人か見受けられた。崩れた建物の陰に潜んで何とか風を凌いでいる。
「……残っていると言っても、こいつァ浮浪者ばかりだねィ。大概の人間はもう避難しちまった後みてえだ。ここにいんのはどこに逃げる当ても力もなく、残る以外の選択肢を持ってねえ連中ばかりだぜィ」
逃走するだけならともかく、避難というのは簡単に出来るものではない。体力も要れば資金も要する。そもそも避難した先で生活する場所がなければどうにもならない。どこにも行けない。
避難すら出来なかった彼らの顔に希望はない。絶望と悲哀に溺れ、どうする事も出来ずに滅びを待っている―――彼らはそんな目をしていた。
「神はいた。されど救わず、か……」
「……先輩。どうにかならないの?」
「難しいな。彼らを受け入れるにはかなりの資金と土地が要る。それを用意するのは朱無市であって僕じゃないからね。僕の一存じゃどうにもならない。仮に僕が市長に頼み込んだとしても、市の財政にそんな余裕があるかどうかは……」
「そっか……」
他人を救うのは無制限とはいかない。無から有が作り出せない以上、物資は有限だ。特に民草の財を預かる国家ともなれば尚更の事。如何に奉仕の精神があろうと経済的支援抜きでは立ち行かないのである。
得るものがなくては、人は人を救えない。
「……気が滅入るな、面白くない。今は先に進もう」
「三護先生。どこに向かえばよいのだ?」
「ああ。ダチ公からどの辺に隠れらるか、幾つか候補は聞いている。それを虱潰しに捜していくしかないな。まずは城へ行くぞ」
三護に案内され、一行は公国の中枢機関―――アルゲバル城へと向かう。
瓦礫の間を縫い、石畳を踏み進めていく道中、騎士姿の集団を見付けた。風体はボロボロだが、廃屋に潜んでいる彼らよりはマシだ。何より自分の脚で直立している時点で違う。
「ほお、元気そうな奴らがいるではないか」
「『銀腕の騎士団』……ですねぇ……。教会の、暴力装置です」
教会の主神は右腕が銀の義腕だ。彼ら、『銀腕の騎士団』はそれを由来とした組織である。騎士の名に相応しく甲冑を纏い、右腕を銀の手甲で覆っている。対異教戦力であり、主に魔導士や狂信者など外からの侵略者を排除する任を負っている。対外活動を担うという意味では朱無市自警団と共通している所もある。
「ちょうどいいや。今の状況どうなっているか聞いてみようよ。―――すみませーん!」
來霧が騎士達に声を掛ける。途端、
「―――化け物共め」
騎士達の目の色が変わった。
「…………え?」
狼狽える來霧に構わず、彼らは自らの腰に手を伸ばす。
腰には剣のように金属製の棍棒が下げられていた。
「化け物だ、化け物が来たぞ!」
「殺せ! 異教徒だ! 殺せ!」
「我らが敵を根絶やしにせよ!」
「おお、敵よ! 人類の敵よ!」
騎士達はメイスを振りかざすと、問答無用に刀矢達へと襲い掛かってきた。
「ホーリーウォータースプリンクラー……!」
「どういう事だ、三護先生! あいつら、いつもあんなのか!?」
「いや、流石にあそこまで一触即発って感じじゃなかったが……」
「……自分達の国が、襲撃された事で発狂、してるんですかねぇ……?」
戸惑う刀矢達に構わず騎士達は一目散に距離を詰める。敵意に満ちたその動きに躊躇などまるでない。初対面の刀矢達を完全に殺す心算だった。
「……仕方ない、応戦だ! ただし、殺すなよ。後々僕達の兵力になるかもしれない連中だ」
「うむ!」
「分かった!」
刀矢の号令に四人が臨戦態勢を取る。
騎士の数は十人以上。迫る彼らに流譜が先んじて肉薄する。敵陣に潜り込んだ流譜が剣を薙ぐと、剣先から迸った魔力の斬撃が騎士を三体吹き飛ばした。
「るぉおおおおおっ!」
吹き飛ばされた仲間に目もくれず、騎士の一人が流譜にメイスを振り下ろす。しかし、流譜には魔力放出による防御がある。メイスの威力では防御を突破出来まいと判断した流譜は躱そうとせず、剣先を騎士へのカウンターとして突き出す。が、
「流譜、よけろ―――っ!」
「ッ!?」
刀矢の叫びに流譜が咄嗟に身を捩る。直後、左頬から血がぷつっと流れた。躱し切れなかったメイスが流譜の左頬を掠ったのだ。
「魔力放出の防御が……!? こいつら、意外に攻撃力高いのか!?」
「違う! こいつらの右腕、それが防御無視の力を持っているんだ!」
「防御無視だとぉ……!?」
騎士達から距離を取りつつ、流譜が騎士の用紙を改めて見やる。
注目するのは彼らの右腕―――銀の手甲だ。
手甲―――大帝教会の魔術兵装『銀の威光』には二つの機能がある。
一つは装甲付与。装備者へのダメージを一定以下消滅させる防御の機能。
一つは装甲無効。相手の装甲を素通りしてダメージを与える攻撃の機能だ。
分厚い鎧を纏っていようが魔術で身を護っていようが関係ない。装甲無効は直接相手の肉体に傷を付ける。その仕組みは単純な攻撃ではなく、呪いの人形に近い。頼姫のように肉体そのものを強化するなら別だが、流譜のように魔力放出を主として戦う者には相性の悪い機能だ。
「ちっ、こいつらの攻撃は全部躱さねばならんという訳か。面倒な……。ならば、『王様の言う通り』で一掃するか」
「駄目だ、流譜! 騎士には聖術『鉄の信仰』がある! 信仰心で守られた心には精神魔術は効き難い!」
「はあ? 何だ、こいつら! 私の魔術をピンポイントで防ぐような力ばかり使いおって……! 嫌がらせのつもりか!?」
「はいはい……ちょっと、どいてください、ねえ……」
「菖蒲?」
後退した流譜と入れ替わりに菖蒲が前へと出る。
彼女は騎士達の手前で跳躍すると、両腕を翼のように大きく広げた。
「『変態能力』―――『飛翔特化型亜人化・怪鳥』」
菖蒲の両腕が変身した。腕は平たく広がり、羽毛に覆われる。それは翼のようにではなく翼そのものだ。跳躍した彼女は翼で虚空を叩くと、更に上へと飛んだ。羽根を散らしながら空を舞うその様はまさに伝説に聞く半人半鳥だ。
「『変態能力』……! 來霧の力を菖蒲も使えるのか!」
菖蒲の両腕は、來霧がショゴスの力を使って作り出した義腕だ。故に変態能力も備えている。腕限定になるが如何なる生物の特徴も真似る事が出来るのだ。
「そぉら……!」
菖蒲の踵からナイフが飛び出る。靴の仕込んでいたものだ。
菖蒲が上空から騎士を幾度も踏み付け、その度にナイフが甲冑を穿つ。ダメージによろけつつ騎士がメイスで反撃するが、菖蒲はひらりと飛んで躱した。繰り出された菖蒲の蹴りが騎士の下顎を打ち貫き、それが止めとなって騎士は倒れた。
頭上はどんな人間にとっても死角だ。飛翔能力を得た菖蒲を捉える事は容易ではない。
「……殺しちゃ駄目……なら、こうしてチマチマと……ダメージを与えていく、しかない、ですよねぇ……」
「じゃあ、こういうのはどう!?」
來霧の両の五指が触手となって騎士達へと伸びる。触手は五人の騎士の首に二本ずつ巻き付き、持ち上げた。騎士達の足が地から離れ、甲冑も含めた全体重が首に掛かる。
衝撃を霧散させる『銀の威光』といえど、それは当身技にのみ通用する代物だ。衝撃が発生しない絞め技には対応出来ない。五人の騎士はジタバタと触手を振り解こうとするも程なくして意識を暗転させた。
その間にも菖蒲は他の騎士達の間を次々と飛び回り、斬撃・蹴撃・踏撃を雨霰と仕掛けていた。
「やるな。おのれ、敗けるものか」
活躍する二人を見て流譜が対抗心を燃やす。大きく剣を振りかざすと彼女は、
「―――『我が剣は竜の吐息』!」
振り下ろした剣身から魔力の斬撃が迸る。扇状に放たれた斬撃は残りの騎士全員を吹き飛ばし、何メートルも宙に浮かせた後に大地に転がした。代償に剣が粉々となって散る。
「ふっ、他愛ない」
「おい、流譜。剣を無駄遣いすんなよ」
「喧しい! 勝てばよいのだ、勝てば!」
刀矢と流譜との言い争いに來霧達が苦笑いする。敵を全滅させた事もあり空気が弛緩していた。その時だった。
一人の騎士が起き上がり、刀矢へと襲い掛かった。
他の騎士達を盾にしたのか、それとも一人だけ耐久力が高かったのか。いずれにせよ流譜の斬撃を受けても尚動ける程には傷が浅かったのだ。
「刀矢先輩!」
「この異形めがァァァァァ!」
騎士が刀矢の脳天に目掛けてメイスを叩き下ろす。迫る鈍器に対して刀矢は明らかに非武装であり、無防備に過ぎた。
「―――楽しめ、『魔人鏡』」
だが、その打撃は刀矢にまで届かなかった。
秘かに彼を護衛していた星の精が騎士へと殺到する。一体の星の精がメイスを握っていた騎士の手の甲を弾き、別の一体が触手で騎士の肘の裏を叩く。くの時に曲がった騎士の肘を間髪入れず三体目の星の精が押す。結果、騎士は自らのメイスで自らの顎を打ち砕く事になった。
装甲付与された顎を、装甲無効のメイスでだ。
「ごっ……がっ……!」
一発でノックアウトされた騎士はそのまま後方へ倒れ、ぴくぴくと痙攣を繰り返した。




