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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第三章 フランケンシュタインの怪物
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セッション48 ゴーレム4

 数十分後。

 保健室前の廊下にて壁に体重を預け、燃え尽きている刀矢の姿があった。

「……永浦はどうしたんだ、あれ?」

「前回測った時から全く身長増えてなくて、がっかりしているんだよ」

「ああ……そうか、やっぱりコンプレックスだったんだな、背丈……」

 アリエッタが同情の視線を刀矢に送る。

「―――で、隣のセラは何で刀矢と一緒に燃え尽きてんだ?」

「前回測った時から全く胸囲増えてなくて、がっくり来ているんだよ」

「ああ……」

 アリエッタが同情の視線をセラにも送る。精神的にはしぶとい方である二人にここまでのノックアウトを決めてみせるとは。かくも恐ろしきは身体検査か。

「流譜も貧乳キャラだったが、お前は気にしねえのな」

「興味がないからな。健康であれば私は問題ない。肉を喰らう事と戦闘を行う事に支障がないという事だからな」

「バーサーカーめ」

 毒づく、というより呆れるようにアリエッタが言う。

 その時、ガラッと保健室の戸が開いた。顔を出したのは三護だ。

「よーし、診断の結果が出たぞ。結果を教えるから順番に入って来なァ。まずは男共。最年少の來霧からだ」

「あ、はい!」

「刀矢、お前もだ。來霧の保護者だろィ。とっとと起きなァ」

「うー……はーい」

 廃人と化していた刀矢がノロノロと身を起こし、來霧と共に保健室に入る。二人が入った所で三護がドアを閉めた。

「くっくっくっ、やっぱり面白えよなあァ、健康診断てのはよォ。他人の情報を丸裸にして、誤魔化せない数値として弄れるんだぜ? たまんねえだろォよ、オイ」

「先生、性格悪いですよ」

 刀矢が眉をひそめるが、三護は何処吹く風だ。

「それよりもこの部屋、防音は完璧なんだよなァ?」

「ええ。その筈です。ここで緊急手術なんかもする事ありますから。悲鳴が漏れては生徒達が不安がりますので」

「それ保健室でやる事じゃなくねえかィ? フツーに病院行けよ病院。まあいい、結構。遠慮なく診断結果が言えるからな」

 三護に促されて來霧が丸椅子に座る。彼の背後に刀矢が立ち、その正面に三護が座った。

「身長、体重は順調に伸びて行っているな。刀矢に比べればだが。血圧や体温から察するに寝不足の傾向が見られるが、どうした?」

「先生。來霧君は最近、ガールフレンドと同棲を始めたんですよ」

「呵々! 成程ねィ。性に目覚めたばかりの少年少女が同じ部屋にいりゃあ、そりゃあ寝てる暇なんかありゃしねえわな。夜な夜なハッスルするってもんよ」

「ななな、何言ってんの! ただ一緒に住んでいるだけだよ! 何もしてないったら!」

 赤面する來霧に三護はカラカラと笑う。

「きちんとした睡眠は健康の基礎でィ。可能な限りどうにかするように。……さて、それよりも深刻な健康問題があるな。以前、アタシが言った事、覚えているかィ?」

「……何だっけ?」

 三護の眼鏡の奥で、隈のある目がスッと細くなる。彼女の変化に、しんと空気が静まる。刀矢も無言だ。茶化したり反論したりする場面じゃないと分かったからだ。二人の反応を見て、三護が話を続ける。

「とぼけてんじゃねえよ。アタシぁこう言ったのさ」

 それは、

「『このまま行けば、二十歳を越える頃にゃ自分の意思で立てなくなるだろう』ってな」

 來霧をギロリと睨め付ける。

「訂正しよう。お前さん、『このままだと二十歳を越える前に死ぬ』ぜィ? 今日までどういう戦い方してきたんだよ、オイ?」

「ど、どういうのって言われても……」

 三護に詰問され、來霧は言葉を詰まらせる。

 どういうのと問われると、何度も死ぬような戦い方をして来たと言わざるを得ないからだ。

 來霧の戦法は自身と融合したショゴスの力に頼り切ったものだ。ショゴスの再生能力は致命傷を負っても瞬く間に完治してみせる程強力だ。それに物を言わせて正面突破をするのが來霧の戦い方である。再生能力がなければ、既に幾度死んでいたか分からない。頭や胸が吹き飛ばされた事など一度や二度ではないのだ。

 ショゴスのお陰で生きてこられた。だが、そのショゴスこそが來霧の生命を蝕んでいるのだ。

「……意地の悪い質問だったなァ。どうせ一年前と変わらねえ戦い方してんだろ? なあ、刀矢よォ」

「……おっしゃる通りで」

「ふん。……來霧、お前さんは元々、ST機関でショゴスをその身に宿して戦う兵士として作られた。兵士の試作品だ。つまり、未完成なんだよ、お前さんの肉体は」

 本来は再生しないものを能力で無理無理に再生する。怪我が元通りに治ったように見えて、その実、見えない所に澱のようなものが溜まっていく。澱は限度を超えれば歪みとなり、歪みは肉体にひびを入れ、ついには崩壊へと繋がる。―――つまり、死に至る。

「…………」

 間近に迫る死という恐怖。

 14歳の身空には厳しい話だ。

「……まあ、過ぎた話はいい。本題は今後についてだ」

「どうにかなるのかい? 先生」

 刀矢の質問に三護は頷く。

「さっき、『このままだと死ぬ』って言ったが、そりゃ『このままのペースで戦い続ければ』って意味だ。今、ここで戦いをやめればまだ寿命が延びる可能性はある。だったらよォ―――」

 ―――もうここらで自警団を引退しちまってもいいんじゃねえの?

 三護はそう続けるつもりだった。

 しかし、それは他ならぬ当人の言葉で遮られた。

「戦う事をやめる事は出来ません。それだけは、死んでも出来ない」

「…………」

 はっきりそう断じた來霧を三護は眇で見る。

「ぼくは、半分人間じゃない。ショゴスという魔物をこの身に飼っている。化け物だ」

「……だったら何だよ? 化け物っつーんなら、アタシもそうだぜィ。化け物の何が悪いんでィ?」

「悪いとは言っていないよ。人外が当たり前にいるこの世界で、人かそうでないかを差別して考えるなんて無駄で無意味だ。……だけど、区別はある。生き方という区別が。……ぼくは人間として生きたい」

 化け物である事に開き直れないから。生粋の人外であるギルバートや三護と違って、人間の血が流れているから。『人間』である事を求められたセラと違って、『兵器』である事を求められて作られた存在だから。

 だから、人間としての生を選びたい。

「人間らしく生きる為には、正しく生きる必要があるんだ。正しいってのはよく分かんないけど……ダーグアオン帝国は悪だと思う。ぼくみたいな化け物を作り上げた国だから。ぼくみたいな兵器を作る為に数え切れない命を浪費して来た国だから」

「……間違っちゃいねえよ。帝国は悪だ。人道にもとるどころか、アタシら人外から見てもやり過ぎな連中だよ」

「―――だったら」 

 だったら、

「ぼくは戦うよ。人間である為にぼくは戦う。それで死期が近付いても、それが生きている事の証明になるんだから」

「…………そーかい」

 來霧の話を聞き終えた三護は深々と溜息を吐いた。

「だったら、今だけはもう何も言わねえよ。だが、アタシはこれからも何度でも戦いをやめるよう進言するぜィ。命そのものを救うのが医者の仕事なんでな。お前さんだけを例外にする気はねえ」

「うん。……御免なさい」

「謝ってんじゃねえよ。ほれ、もういいから行きなァ」

 三護が手を振り、來霧に保健室から出るよう促す。

 來霧が退室したのを見計らって、三護が口を開いた。

「まるでゴーレムだねィ。知っているかィ、刀矢? ゴーレム」

「ええ、ユダヤ教の泥人形でしょう?」

 ゴーレムとは、ユダヤ教の伝承にある人造人間だ。

 様々な儀式を行った後、泥を捏ねて人形を作るとゴーレムになる。ヘブライ語でゴーレムは「胎児」を意味し、作り手の命令にのみ忠実に従う。あまり複雑な命令は理解出来ず、単一の行動・唯一の目的を繰り返すロボットのような存在だ。

 魔術が表世界にも広まった現在、ゴーレムは各地で作られているが、この島国では山岳連邦が随一の発展を見せている。

「人間は全て、己を生かす為に行動する。それを忘れ、破滅も厭わずに行動する者を狂人と呼ぶ」

 三護がじろりと刀矢を見据える。

「恨むぜィ、刀矢。お前さんがあいつをあんな風に作っちまったんだ。本来なら保護者であるお前さんがあいつを止めなきゃいけなかった。だが、お前さんは逆にあんな風に生きるよう導いた。―――お前さんが、あいつをゴーレムにしちまったんだ」

「……僕があの子と出会った時、あの子には正気も狂気もありませんでしたよ」

 三護の非難に刀矢は頷かなかった。

「兵器として生まれ、被験体として生き、試作品として死ぬ。あの子はそれだけの存在だった。今、ああして人間のように振る舞えている方が奇跡なんです」

 であれば、

「僕があの子を狂人にしたとして、何を責められる謂れがあるのでしょう? 狂人以前に廃人になっていたかもしれないのに」

 そう言って、刀矢は弱く笑った。

 それは罪人の笑みだった。

 己の悪を自覚し、その上で開き直ろうとして、終ぞ自身を受け入れられなかった―――そんな中途半端に歪んだ微笑だった。

「お前さんって奴ァ……いや、いい」

 刀矢に何か言おうとして、三護はやめた。

 そもそも刀矢が廃人だったのだ。あのST機関で、廃人として被験体として扱われていた。流譜に救われていなければ今頃、命どころか骨すら残っていなかっただろう。

 彼が度し難いのではない。彼や來霧のような人間を量産していたST機関がクズなのだ―――とりあえず、三護はそう思う事にした。

「とはいえ、僕としても友人が死にそうなのを黙って見ているつもりもありません。僕に出来る事があれば最大限協力しますよ」

「おー……まあ、今ァその言葉だけでいいかィ」

 その時、コンコンと扉を叩く音が保健室に響いた。

「……呼ばれて飛び出て! 呼ばれずとも! 次は私だ!」

「応、ギルバートかィ。いいよ、お前さんは。健康過ぎる程健康だから。はい、次」

「なんと! 雑な扱い! もっときつく厳しく怪我や病について罵――もとい、指摘してくれても良いのだぞ!」

「いや、アタシ、精神科は専門じゃねえから。特殊性癖は治せねえわ。それに、お前さん、その性癖に耐える為に過剰に体鍛えてっから指摘する事ねえのよ。医者としちゃ嬉しい限りだがなァ」

「なんと、なんと……残念だ。まさか日々の趣味がこんな裏目に出ようとは……」

 がくりと両膝を床に突くギルバート。

 そんな彼を刀矢は冷ややかな目で見ていた。

「いいから早くどっか行ってくれ、ギルバート兄さん。次が控えている」

「ふっ……素晴らしい視線だ、弟よ。もっともっと蔑んだ目で見てくれ」

「どっか行けって言ってんだろうが! 流譜、流譜! この人退かして!」

「うむ!」

「無念……だが、ぞんざいに扱われるのも悪くな……痛い痛い痛い、引き摺られるのって結構痛いぞ、妹よ!」

 流譜に引きずられ、ギルバートは退場していった。

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