セッション47 ゴーレム3
ミスカトニック極東大学附属高校、屋上にて。
「煙草、いいかィ?」
「ええ、どうぞ。ポイ捨ては駄目ですよ」
「しねえよ。携帯灰皿は常備してんぜィ」
三護が白衣の胸ポケットから煙草を一本取り出して火を着ける。
童女が煙草に吸う。ここが学校でなくても法律的にも道徳的にも怒られそうな場面であるが、彼女に文句を付ける人間は一人もいない。彼女が見た目通りの年齢ではない事を全員が知っているからだ。
「校舎、四月の戦いで全壊したって聞いていたんが、もう修復出来たんだなァ」
「海賊達に頑張って急いで貰いましたから。彼らは水棲種族故、陸上での長時間の活動はかなり苦しかったみたいですけどね」
「校舎を戦場にしたのはあいつらだ。んな程度の苦痛は因果応報だろーよ」
アリエッタの悪態に三護が「にぃ」と嘲笑顔で頷く。
屋上にいるのは八人。刀矢、流譜、亜理紗、アリエッタ、セラ、來霧、ギルバート、そして三護だ。黄美や玄徒はいない。黄美は三護を亜理紗に預けた後、教師の仕事に戻った。玄徒は亜理紗の寮室で待機だ。
「先生はどうでしたの? 四番隊長の椅子を頼姫に譲って後は、『究極の医』を求めて旅に出たと聞いていましたけれども」
「東北を巡っていたよ。向こうの国々は聖騎士の勢力がメインだから、こっちにはない資料が多く見付かるだろうと思ってねィ」
ふぅー……と紫煙を吐く三護。その様は童女の見た目で完全に貫禄があった。
「だが、まだまだ『究極の医』は見付からないねィ」
「そりゃ残念だったな、先生」
「むう。それで諦めて、朱無市に里帰りしに来たのかね?」
「いいや。こっちに帰って来たのにゃあ他にも理由がある」
三護が改めて刀矢達を見据える。
「お前さんら、『リゲル公国』って知らねえ訳がねえよなァ?」
「……いや、知らんな。刀矢、リゲル公国とは何だ?」
「流譜さ、もうちょっと他国に対して興味持とうぜ?」
流譜の無知さ――というより無関心さに刀矢は呆れ面をした。
リゲル公国。
遠野を中心とした東北最大の国家。遠野の地は対神大戦中、イタリア半島の〈神聖ベテルギウス国〉から派遣された大公により救済という名の侵略を受け、統治された。リゲル公国も神聖ベテルギウス国も聖騎士の勢力下にある為、人類以外が国内に存在する事を認めていない。それ故に今日まで朱無市とリゲル公国との間に交流はなく、流譜達にとってもほとんど未知の国であったのだが……
「アタシは東北を探索中、リゲル公国を拠点としていた」
「人外嫌いの聖騎士の国で? 先生、よく追い出されなかったね」
「人間に化けるのはアタシの十八番だ。あんな連中の目を誤魔化す位、訳ねえよ。まァ、一部の人間にゃバラしちまったがな」
「バレちゃったんじゃないのか……」
刀矢の指摘に三護はカラカラと軽い調子で笑う。人外絶対排す国家で正体が漏れてしまったというのに、本当に豪胆な人間――もとい、豪胆な化け物だ。
だが、次の言葉を口にした時、三護の表情から笑みが消えた。
「そのリゲル公国が昨日、帝国大海軍の襲撃を受けた」
「!?」
帝国大海軍の名を聞いた瞬間、否が応でも全員に緊張が走る。
人類の怨敵、人外にとっても目の上のたん瘤の名前が出て来たのだ。無理もない反応だ。ましてや襲撃という不穏な単語まで交えて語られては尚更である。
「アタシゃさっさと逃げて来ちまったんでな。大海軍の誰が来たか、連中が何を目的に来たのかは不明だ。だが、あそこにゃまだアタシの友人がいる。アタシの正体を知っちまった奴がな」
「……その人を僕達に助け出して欲しいって事ですか?」
「応、そうさ。話が早ェじゃねえかィ」
三護が我が意得たりとニタリと笑う。
しかし、そんな彼女に亜理紗は複雑な表情を返した。
「生憎ですけれど、わたくし達、慈善団体や正義の味方などではありませんし、そう簡単に他国の為に動く訳には……」
「だろうな。知ってるよ、朱無市自警団ってのがそういうギルドだってんのはな。アタシも所属していたんだからねィ」
本当なら朱無市で準備を終えた後、一人で戻るつもりだったと三護は言う。
「だが、ちょうどお前さんらを釣れる餌があったんでな。やっぱり一人じゃあ無茶があるし、ちょいと協力して貰おうと思ってなァ」
「餌……ですの?」
「応よ。アタシの友人って奴がな、大公の息子様なんだよ」
「!」
刀矢と亜理紗が目を剥く。
彼女の言わんとしている事を、その一言で察したからだ。
「成程……それは、逃す手はありませんわね」
「そうだね、面白い。取っ掛かりすら見付けられなかったリゲル公国との繋がり。これを機に足場を得られるといいんだけど」
刀矢と亜理紗が頷き合う。それに対して、流譜やアリエッタは何の事かと首を傾げた。
「何だよ、おい。二人だけで納得してんじゃねえよ。どういう事なんだ?」
「帝国に対抗する為の力が得られるという事ですわ。今まで、わたくし達は東北地方との繋がりを持ちませんでいた。それは東北の大部分をリゲル公国が支配しているからであり、リゲル公国が聖騎士の勢力に属しているからでしたが……」
しかし、
「その公国の支配者の息子を救ったとなれば、公国に恩を売れます。いえ、それだけでなく、その息子を懐柔出来れば……あるいは公国に対しての人質とすれば、公国の戦力をダイレクトに動かす事も不可能ではありません」
「ははあ、成程なあ」
アリエッタが納得した顔で頷く。しかし、今の説明でも分からなかったのか、流譜が隣のセラにこう言った。
「話が長い。三行で纏めろ」
「大公の息子というルアーで、
聖騎士という魚を釣りまくって、
戦力ガッポガッポ、であります」
「その大公の息子とやらを手元に置きたいという所までは分かった」
「……うん、まあ、それだけ分かっているなら充分だよ」
「というか、餌ではなくルアーと表現する辺り、聖騎士達の扱いが分かるな」
間違っても栄養になるものなんて与えない。そういう扱いだった。
「狂信者と聖騎士の差異など崇めている神が違う程度のもの。どちらも排他的なのは変わりないであります。それを考えれば妥当な扱いかと」
「ふむ。私も聖騎士だが、まるで否定出来んな」
「あー……まあ、その辺は置いといて。三護先生、大海軍が攻めてきたのって昨日だって言っていましたよね?」
「ああ、そうさ。攻めてきた日にアタシぁソッコーで逃げて来た。あいつは安全な場所に隠れるっつってたが……いつまで持つかは分からねえ。助けに行くんなら早めに行かねえとヤベェぜィ」
「……そうですね」
もたもたしていたら大公の息子が大海軍に殺されてしまうかもしれない。彼の言う『安全な場所』というのがどういう所なのか知らないが、いつまでも安全である保障はどこにもないのだ。
「じゃあ、明日。今日中に誰が公国に行くか選抜を終えて、朝イチで出発しよう」
刀矢が皆と目を合わせて、そう宣言する。皆は刀矢の言葉と視線に強く頷いた。
ここに、六月の彼らの行動指針が定まった。
目標はリゲル公国大公の息子の確保。
目的は聖騎士の吸収、もしくは懐柔。
全ては西の雄――ダーグアオン帝国に勝利する為に。
「――――よし、じゃあお前さん方、選抜ついでに保健室にまで来なァ」
「えっ?」
「健康診断やるっつってんだよ。アタシぁ保健医だからな。生徒の健康を管理すんのが仕事でィ」
三護が校内へと続くドアに向かう。その肩越しに、
「アタシがいなくなってから一年間、不摂生なく過ごしていたか、きっちり診てやんよ」
獲物を品定めするかのような笑みを見せた。




