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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第三章 フランケンシュタインの怪物
53/65

セッション45 ゴーレム1

 二〇XX年六月六日、朱無市。

 この日、浅古來霧はデートをしていた。

「……はい、あーん」

「…………」

 彼が今いる場所は朱無市駅より少し離れた場所にある喫茶店。珈琲を主力としてパンケーキやワッフルと共に御客様に穏やかな時間を提供する、そんな店だった。

「……どうし、ました? あーん……ですよぅ」

 無論、デートというからには彼一人で入店した訳ではない。彼の前の席には一人の少女が座っていた。

 名を鮫島菖蒲。かつて海賊団の副船長として朱無市を襲い、敗北してからは來霧の傘下となった人類種だ。

「いや、えっとさ、菖蒲」

 來霧が赤面しながら言う。

 菖蒲は注文したショートケーキの欠片をフォークに刺し、來霧に差し出していた。このケーキを食べるまでは絶対にフォークを下げないぞと意志を示して。

「ぼく達がここに来た理由ってさ、きみの新しい義腕の訓練の為じゃん。そこでぼくに『あーん』ってする必要はないと思うけど」

 菖蒲の背中には、服を脱がないと分からない程小さいが、瘤がある。來霧の肉片――魔物・ショゴスの細胞で作られた寄生生物だ。

 菖蒲には両腕がない。それを補う為この生物はその触手を伸ばし、失われた宿主の両腕に擬態している。謂わば、生体式の義腕だ。定期的に來霧が透析しないとこの生物は死んでしまう為、菖蒲の逃亡防止の枷ともなっている。

 ここ一ヶ月、來霧と菖蒲は二人でこの義腕の訓練を行っていた。始めは学生寮の中で簡単な作業を行い、徐々に難度を高くしていき、様々な事が出来るよう機能を上げていった。今ではスポーツのような激しい動作も可能となった。

 今日は外出時でも問題なく義腕を動かせるか、実地の試験を行っているのだ。

 ……まあ、二人にとってはデートの意識の方が強いのだが。

「んー……いえいえ、これも訓練の一環、ですよぅ。自分じゃなくて他人に食べさせる、事で、より細かな動作が出来る事を確認するっていう……」

「そ、そういうもの?」

「そうですよぅ」

 菖蒲に流されて、來霧が口を開ける。彼の口内にケーキが投入された。甘い。口の中に生クリームの甘味とスポンジの柔らかさが広がる。

 咀嚼する來霧を満足そうに見て、菖蒲もケーキを頬張った。來霧に使ったものとフォークでだ。

「……間接キス、ですねぇ……」

「っ! 菖蒲っ!」

 菖蒲の指摘に來霧が顔を一層真っ赤にする。と、その時だ。

「やあ、デート楽しんでいるかい? 來霧君、菖蒲ちゃん」

 二人のテーブルの前に永浦刀矢が現れた。

「刀矢先輩! どうしてここに?」

「いや何、この店が新作のパンケーキを出したって聞いてね。味を確かめに来たのさ」

 見れば、刀矢の手にしたトレイにはパンケーキが乗っていた。鬼のように盛られたホイップクリームと数種類のベリー系がふんだんに使われたパンケーキだ。見ているだけで口の中が甘くなって来そうだった。

「相変わらず下手な女子より女子っぽい事してるね、先輩は……」

「はは、そうかい?」

 來霧の指摘に刀矢は苦笑で返した。彼は甘いものが大好きだが、女子っぽいと言われて喜ぶ人間ではないのである。

「……席、一緒します?」

「いや、デートの邪魔しちゃ悪いしね。御構い無く。……と言いたい所だが、一つ君達に報告しなきゃいけない事がある」

「? それは何?」

 刀矢が來霧の隣に座り、パンケーキを自らの口に運ぶ。濃厚な甘さを堪能しながら彼は話を始めた。

「菖蒲ちゃん。君に戦闘行動の許可が降りた」

「それは……」

「無論、來霧君や僕達の監視下での範囲内だけどね。君はこれから誰かに攻撃されたら、攻撃し返してもいい」

 今まで、菖蒲は如何なる戦闘行動も許されていなかった。それは彼女が犯罪者であるからだが、それ故、彼女は誰かに攻撃された場合、逃げるしかなかった。來霧が常に監視という名目で彼女を護衛していたが、それでも彼女を非難する者は絶えなかったのだ。

 それが、今日から反撃を許される。限定的とはいえ確実な一歩だった。

「やったじゃん、菖蒲! これで真人間にちょっとは近付けたね!」

「……いや、確かに海賊稼業なんて真人間からは程遠い、ですけど……そういう言われ方すると何か引っ掛かるというか……まあ、有難う御座います……」

 しかし、

「……でも、それぇ、多分許可じゃないです、よねぇ……?」

「勘がいいね。流石は元副船長だ」

「え? どういう事?」

 菖蒲は何かを察したようだが、來霧にはそれが分からなかった。二口目のパンケーキを頬張り、刀矢が來霧の疑問に答える。

「先月、僕達は李斜涯を倒しただろう?」

「え? うん」

 李斜涯。ダーグアオン帝国大海軍の大佐。

 刀矢達が隣国・山岳連邦と同盟を結ぶ為に連邦を訪れた際、連邦を乗っ取ろうとして刀矢達と対立した男だ。闘争の末、刀矢達は李斜涯を下し、帝国の魔の手から連邦を救った。斯くして朱無市と山岳連邦は同盟を結び、ここに新たなる戦力が生まれた。

 そこまでは良かったのだが……

「李斜涯は帝国の重鎮、旧大阪府にある大海軍総督府では幹部の一人ですらある。その李斜涯を倒したって事は、帝国の顔に泥を塗ったって事になる」

「つまり?」

「帝国大海軍が報復の為に朱無市を狙って来る可能性があるという事だ。いや、近い内に確実に来るだろうね」

「そんな……! 先に手を出して来たのは向こうなのに?」

 李斜涯は山岳連邦を襲撃した。それをたまたま居合わせた刀矢達が迎撃した。正当防衛といえば正当防衛だ。責められる謂われは確かにないかもしれない。だが、

「そういう話じゃ、ないんですよぅ、こういうのは……良いか悪いかじゃなくて……勝ったか敗けたかが問題、なんですから……」

「そういう事さ。正当性の問題じゃない。帝国が朱無市よりも優れている、それだけが帝国にとっては重要なんだ」

「……ぼく達、勝っちゃ駄目だったの?」

 あの場での勝利が新たな戦の火種となってしまった。ならばいっそ、あの時に勝たなければ――否、そもそも戦わなければ良かったのではないか。そうすれば、今こうして大海軍に目を付けられる事もなかったのではないか。

 そんな考えが來霧の頭によぎる。だが、刀矢はそれを否定した。

「そんな事はない。あの場では勝たなくては僕達も連邦も滅んでいた。戦ったのは間違いじゃない。この問題はあの時から不可避だったというだけさ」

「そっか……」

「不可避だからこそ、僕達は戦いに備えなくてはいけない。その為の菖蒲ちゃんの解放なのさ。元海賊団副船長。その戦闘力と才覚を今、僕達は欲している」

 許可ではなく、強制。

 菖浦の身を守る為ではなく、敵の迎撃をさせる為に戦闘行動のロックを解除する。有能な犯罪者を恩赦を餌にして、国家の為に利用するのは昔からよくある話だ。許可などという言い回しは単なる御為ごかしに過ぎない。

「……だとすると……船長も戦闘を望まれていますね……? 戦闘力でいえば私よりも、上、ですからねぇ、あの人……」

 飯綱頼姫。

 菖蒲が所属していた海賊団の船長であり、鬼型食屍鬼(グール)でもある女傑だ。彼女もまた、朱無市を襲った犯罪者として刀矢達により行動を制限されている。主犯である為、菖蒲よりも彼女の制限は強く、如何なる理由の外出も禁止されている。

 彼女の場合は、彼女が朱無市自警団の四番隊長であり、自警団にとっては裏切り者であるという事も理由の一つなのだが。彼女が軟禁されているせいで四番隊長の椅子は今も空席、自警団副長の刀矢が兼任している有様である。

「勿論だ。有事のみ・監視付きになるけど、彼女も行動が自由になる。朱無市を守る為には手段は選んでいられないという訳だ」

「了解……であります。ま、妥当な扱い、かと……」

 ふらふらと左右に頭を揺らしながら、にたりと笑う菖蒲。

 戦場に行けば、当然死ぬ危険性は高くなる。ある意味、禁固刑よりも重い刑罰を受けるとも言えるが、死刑にされないだけマシだと菖蒲は思っていた。元海賊だった身としては寧ろ好待遇ですらある。

「という訳で、状況は静かなれど切羽詰まっている。來霧君。君にもますますの活躍が期待されている。」

「分かった! 任せといて!」

 來霧が力強く頷く。その表情は少年のそれではなく、朱無市自警団三番隊長としての立派なものだった。

 それを見て刀矢は満足げに頷き返す。

「じゃ、僕はもう行くから。デートの邪魔したね」

 そう言って席を立った刀矢のトレイには、もうパンケーキは残っていなかった。あの鬼盛クリームパンケーキ~ベリーを添えて~を今の会話の間に食べ切ってしまったのだ。

 去る刀矢の背中を見送って、來霧がボソッと呟いた。

「…………菖蒲、残りのケーキ全部食べていいよ」

「えっ、私に押し付けるん、ですか……?」

「うん。僕、もう口の中もう甘過ぎて、入らないから……」

「……まあ、食べますけど……」

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