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エピローグ4 強壮なる野次馬2

 同時刻、旧大阪府。

 大阪総督府の廊下を黒障辰星が歩いていた。

 その足取りは決して軽やかではなく、焦燥に満ちていた。足音だけで彼の気が立っているのが伝わり、すれ違う職員達も誰も彼に接触しようとはしなかった。

「やあやあ、黒障クン。御機嫌麗しくなさそうだねえ」

 だが、今屯灰夜だけは違った。辰星の拒絶する空気など読まず、朗らかに声を掛けた。

「灰夜……!」

 辰星が現れた灰夜を睨む。鋭い双眸に刀矢と会っていた時の飄々さなどまるでない。

 なお、辰星は知る由もないが、灰夜は同時進行で刀矢と会話している。

 同じ人物が別々の場所にいる。彼女という機械人間(アンドロイド)が量産されている事、同時に複数の操作が可能という事を示す事例だった。

「お前、よくもおめおめと俺の前に顔を出せたもんだな」

「何故だい? ボクが李斜涯が討たれる所を助けもせず、観賞していた事を言っているのかな? おいおい、勘弁してくれよ。ボクはあくまで外部顧問。キミ達に自主的に協力する義務はない筈だぜ?」

 あっさりと斜涯を見捨てた事を暴露する灰夜。嬉々としたその表情に悪びれた様子はなく、ちょっとした悪戯が見つかった時の子供の様だった。

「それだけじゃねえだろ。斜涯が山岳連邦の議会に乗り込んだ日、浮遊議事堂を光が包んだそうじゃねえか。あの光は妖虫を退ける魔法の光だ。だが、あの光は中国奥地の山村にあり、その山村にすら忘れられたもの。それを連邦や朱無市の連中が知っている訳がねえ。……お前、連中に情報を流したな?」

 黒障が灰夜を更に強く睨む。

 だが、それさえも灰夜は笑って流した。

真逆(まさか)。言い掛かりはよしてくれよ。たまたま連邦や朱無市に博識な人間がいた。それだけの事だろう? あの光を知っている人間が現場にいた。斜涯クンの運が悪かったのさ」

 灰夜はそう言ったが、実際には違う。

 妖虫封じの魔法はセラが使っただが、その魔法は頼姫から伝えられたものだ。そして、頼姫にその魔法を教えたのは、他ならぬ灰夜だ。つまり、斜涯は灰夜が原因で死んだと言っても過言ではないのである。

「…………」

 しかし、それを辰星は知らない。知らない以上は指摘が出来ない。目の前の人物が絶対的に怪しいと思いつつも決定的な証拠がない為、弾劾が出来ない。故に辰星はそれ以上は何も言わなかった。口惜しさに歯噛みしながら。

「しかし、何故キミはそうイライラしているのかね? 貴重な能力を持つとはいえ、斜涯クンは大佐止まりの軍人だ。大海軍には他にも優秀な佐官がいるだろう。負け戦も十年間も続いているこの大戦では珍しい事ではない。それとも、個人的に仲が良かったのかい、キミと斜涯クンは?」

「……貴重どころじゃねえよ。唯一無二の能力だ、斜涯の能力はな」

「ふむ? 嗚呼、そうだったね。彼とキミ達は共犯者だったものねえ」

 辰星が言わんとしている事が分かり、灰夜はますます破顔する。

「十年前、邪神クトゥルフを復活させたのは他ならぬ君達四人だ。だが、誰が知るだろう。それが卑劣にもある男を操り、男の妻を殺した結果だという事を。そして、その男の息子を八年間に渡り実験動物にしていたという事実を」

「……邪神復活は狂信者にとって最上の悲願だ。その為ならどんな行為も卑劣呼ばわりされる謂われはねえよ」

「そうだね。そうだろうとも」

 くっくっくっ、と灰夜が含み笑いをする。

「ところが、それでキミ達は爆弾を抱える事になった。何しろ、操った相手というのが大海軍の大将だったんだからねえ」

 ダーグアオン帝国大海軍大将。『十二神将』の最高位。

 それは、世界でも指折りの強者だという事である。有する力は天変地異を擬人化したに等しく、並の国軍では対峙する事すら不可能とされる。黒障辰星は『十二神将』の一人ではあるが、地位は中将だ。大将には決して敵わない。実力主義の大海軍において、その境界線には絶対的な格差がある。

「彼を操り続ける事でキミ達は大海軍の中でも好き勝手出来るようになったが、同時に彼を封じる為に細心の注意を払わなくてはいけなくなった。キミ達四人がかりでだ」

 だが、

「四人の内の一人、李斜涯が死んだ。これからは三人で彼を封じ続けられるのかな? 下手をしたら、彼に殺されてしまうかもね。おお、怖い怖い」

「……それをこれから話し合うんだよ」

 辰星が歩みを進めた先にあるのは会議室の扉だった。

 扉を開ける。長テーブルが四角形に並べられたその部屋の中には二人の人間がいた。

 一人は十歳に届くか届かないかという少年。

 もう一人は二十歳前後と思わしき女性だ。

 二人とも辰星に比べれた年端も行かぬ若造の姿をしているが、その実、どちらも辰星より何倍も年上である。人外の化け物、正気の者を狂気の淵に引き摺り込む悪魔そのものだ。

「ボクも同席していいかい?」

「好きにしろ。その代わり、知恵をよこせ」

「いいだろう」

 部屋に入りながら灰夜は三人を見据える。三人はそれぞれの表情で彼女を迎えた。三者三様の視線を浴び、灰夜は満面の笑みを浮かべる。


 この三人と李斜涯を含めた四人。


 この四人こそが、大阪総督府の統べる権力者。

 この四人こそが、大海軍幹部を務める四ツ角。

 この四人こそが、十年前に邪神を復活させた下手人。

 この四人こそが、後の十年間の戦争が始まった原因。


 この四人こそが、永浦刀矢の父親を操り――――


 ――――永浦刀矢の母親を殺した張本人達である。

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