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エピローグ3 強壮なる野次馬1

「何なんだ、先程からの振動は」「この浮遊議事堂の高度が落ちている?」「おい、どうするのだ。このまま座して待っているだけなのか」「まさか大海軍が攻めて来るとは」「浅間の小娘もだ。まさかこんな大胆な事を考えていたとは」「旨く奴らが大海軍の輩を退けたとしても、次に奴らが標的とするのは我々だ」「くそ、小娘め。クーデターとは舐めた真似を」「それに、あの小僧もだ」「永浦刀矢」「姓が同じなのは偶然とは思っていなかったが、まさかあの男の息子とは」「朱無市には『邪神の器』がいるという噂を聞いた事もあるが、隣にいたあの娘が、まさか」「ここで殺した方がいいんじゃないのか」「どうやってだ」「我々の戦闘力など奴らに比べればたかが知れているぞ」「こういう時の為にいる英雄ではないか」「連邦軍大将・佐堂寓意」「奴とどうにか連絡を取れれば」「いや、奴は浅間議員の叔父だ。我々の側に付くとは思えん」「では、どうすれば――――」


 やいのやいのと騒ぎ立てるスーツ姿の大人達。議場に残された山岳連邦議員達は今回の事態について喧しく言葉を交わしていた。

 浅間栄穂のクーデターと李斜涯の襲撃が重なった事で混乱していたが、ようやく今後の身の振り方について議論出来る程の余裕が戻って来たようだ。とはいえ、いい結論は未だ得られていないようだが。

 そこへ――――

「クーデターの時間だオラァ!」

 バリケードが積まれていたドアが蹴破られる。ギョッとした顔で議員達が振り向いた先、瓦礫と煙の中から現れたのは刀矢と流譜、栄穂の三人だった。

「皆様、お待たせしました。帝国大海軍大佐・李斜涯の討伐に成功致しました」

「私が止めを刺したんだぞ、ふっふっふっ!」

 刀矢が丁寧に報告を述べ、流譜が自信満々に胸を張り、栄穂が所在なさげに曖昧に頭を下げる。

 刀矢は議員達を見渡すと、薄く笑い、

「では、クーデターの続きと参りましょうか」

「………………………………はい」



「……で、それからどうしたんだい?」

 クーデターから三日後、朱無市の病院にて。

 刀矢と青髪の少女が花壇を挟んでベンチに座っていた。

「……あのさ、何で君がここにいるの? 灰夜ちゃん」

 肩越しに青髪の少女――今屯灰夜を睨む刀矢。

 刀矢の敵意を物ともせず、灰夜は飄々と返した。

「好奇心旺盛なのだよ。自分の知らない事件があるのが許せない性質なのさ。出来れば直接自分の目で見たかったのだが、残念ながら見過ごしてしまったので、こうして人に聞いて回っているという訳さ」

「鬱陶しい性質だな」

 辟易とする刀矢だが、灰夜はそんな刀矢の表情すら楽しそうだった。

「大海軍の人間がここにいていいと思っているのかい?」

「生憎とボクは大海軍の人間ではないねえ。あくまで外部顧問、余所者だ。……それに、ボクがここにいるのが問題だとして、誰がそれを是正するのだね?」

「…………」

 灰夜の言い分に刀矢が押し黙る。

 かつて灰夜は流譜と互角の勝負を演じた。つまりそれは、彼女をこの場から排除しようというのは流譜と戦って勝つのと同等の実力が必要という事になる。そこまでの戦闘力がある自信が刀矢にはない。よしんばあったとしても、結果として起きる周囲への被害を考えると迂闊に手は出せない。

 ここはそこそこ素直に話して、とっととお帰り頂くのが吉か。そう決断した刀矢は、重い口を開いた。

 ……後で絶対、亜理紗ちゃんと入国管理について話し合おう。

 そう決意しながら。

「……結論から言うと、クーデターは成功した。浅間栄穂を頂点に議会を再編成、山岳連邦と二荒王国とを終戦させ、朱無市と連邦の同盟に漕ぎ着けた。それから」

「それから?」

「返す刀で二荒王国に突っ込んで、そのまま王国とも同盟結んで来た」

「ほう……」

 灰夜が興味深そうに目を輝かせる。

「李斜涯は王国に依頼を受けて連邦に来ていた。あの李斜涯が王国に何もせず、素直に依頼だけ受ける筈がない。――思っていた通り、王国の幹部はほとんどが李斜涯に洗脳されててね。連邦を支配した後、帰り道に王国も乗っ取るつもりだったんだろうね。斜涯が死んだ後、自分達が洗脳されていた事に気付いた王国連中が偉い騒ぎになっていたよ」

「そうだろうね。何を隠そう、李斜涯を王国に紹介したのはボクでね。そういう事するだろうなと思って彼を選んだんだからね」

「今回の事件、裏で手を引いていたの君だったのかよ!」

 こんな身近な所に黒幕がいたとは。

 やっぱりこいつ、この場で排斥すべきではないのか。

 そう思った刀矢だったが、どうにか自制し、ベンチに座り直した。

 大体、彼女は遠隔操作式の機械人間(アンドロイド)であり、今この場で倒しても本体に影響はない。また新しい機械人間(アンドロイド)を送り込んで来るだけであり、徒労に終わるだけだ。ここで彼女を攻撃する事に意味はない。そう自らに言い聞かせ、刀矢は自制を果たした。

「ともあれ、それが結果的には好都合だった。大海軍の脅威を改めて宣伝してくれた訳だからね。対大海軍・対帝国の同盟を結ぶにはいい塩梅の大義名分だった」

 とはいえ、全てが旨く行った訳ではない。

 同盟を結ぶ約定は交わしたものの、どこを盟主に据えるという話までは到達出来なかった。当然と言えば当然だ。幾ら危機的状況を救ったとはいえ、他国は他国だ。そう簡単に自国を下に置ける筈がない。特に、二荒王国は山岳連邦と違って、クーデターやら何やらで政権を掌握した訳ではない為、抵抗が強い。

 まあ、その辺はおいおい丸め込む予定だ。

 まずは第一歩を踏めただけでも良しとしなければ。

「しかし、君達があの李斜涯を倒すとはねえ。強くなったものだ」

「どうも。世辞は受け取っておくよ」

「いやいや、本当に大した物だよ。ダーグアオン帝国大海軍大佐・李斜涯。その強さは折り紙付きだ。何しろ、『十二神将』の二歩手前に位置するのだからね」

「二歩手前って凄いんだか凄くないんだかよく分からないな」

 まあ、そこは比較対象に『十二神将』を持ってくるのが間違っているのだろう。

「それで、どうだい? 気分は」

「気分?」

 そうさ、と灰夜は一転、笑みを禍々しく歪める。

 それは先程までと違う、嗜虐の笑みだった。

 そして、邪神は、


「キミの父親を奪い、キミの母親を死なせた仇を討った気分はどうだいと訊いているんだ。永浦刀矢クン」


 今日、永浦刀矢に一番問いたかった事を口にした。

「……………………」

 即座に答えられなかったのは、何も言えなかったのは何故か。刀矢自身でさえも自分の気分を旨く言い表せられていなかったからか。あるいは、他人である灰夜に語れる程、気軽な感情ではなかった故か。

 いずれにせよ、彼が灰夜に言葉を返すのには幾ばくかの時間を必要とした。

「……何故、知っている? 李斜涯が僕の親の仇である事を」

「言っただろう、自分の知らない事件があるのが我慢出来ないと。聞いたのだ、当事者達から話を。つまりは――――キミの親の仇達から」

「…………」

 …………。

 ………………。

「どんな気分か、か……。……そうだね、スカッとしたとか、ざまぁみろとか、そういった感情はないかな。どちらかと言えば、肩の荷が下りた気分だ」

「ふむ、成程。確かに怒りや憎しみを保つのは疲れるからね。肩の荷が下りたというのは人が懐く感情として間違いではない」

 だが、

「まだ荷物は肩の上にあるだろう。キミの両親の仇は四人。その内の一人を殺したに過ぎない」

「…………五人だ」

「え?」

 刀矢の訂正に灰夜は一瞬、目を点にする。

「母さんの仇は五人だ。父親も……仇の内の一人だ」

「……しかし、あれは」

「確かに父さんに非はないかもしれない。仕方のない事だったのかもしれない。だが、それでも母さんを直接殺したのは父さんだ。見逃す訳にはいかない」

「そうかい……くくく」

 灰夜は昏く嗤う。思っていたよりも面白い事になっていると。

 彼の在り方はまるで休火山だ。表面上は穏やかに見えるが、内部ではマグマがいつ爆発してもおかしくない程に煮え滾っている。感情という名のマグマだ。いつか噴火するのか。あるいはしないのか。それだけでも観察のし甲斐がある。

 果たして、この父子の辿る結末は如何に。

 嗚呼――これだから、人間は面白い。

「……訊きたい事はもう終わりかい?」

「ああ、もう充分だ。すまないね、時間を取らせて」

「……次からは事前予約(アポイントメント)を取ってくれよ」

「ははっ、了解した。では、失礼」

 満足げに灰夜が去っていく。その背を見送る事なく、刀矢は灰夜がいなくなるのを待った。

「…………」

「む、我が主ではないですか。こんな所で何を?」

 刀矢が暫くベンチに座っていると、セラがやって来た。

「いや、先のクーデターで負傷した我が団員達へ見舞いにね。セラちゃんにも見舞いの品を持って来ているよ」

「それはどうも。わざわざ済まないであります」

「傷は平気?」

「ええ。大した事はないであります。むしろ、足りない位であります。我が主に銃を向けた罪に比べれば」

「僕が君へ弾丸を返したのは別に罰の意味じゃなかったんだけどね……まあ、もっと自分を大切にしてくれよ」

「全力を尽くすであります」

「いやそれ駄目な返事だからね、ちょっと」

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