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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション3 大SAN事世界大戦後の世界観3

 一方、魚鱗の軍勢軽空母甲板――――

 菖蒲がセラへと刺突を繰り出す。人剣一体と化した切っ先をセラは左に動いて躱した。短機関銃の発砲を前に微動だにしなかった彼女の初めての回避行動だ。

 刹那の停滞もなくセラは右銃を構え、引き金に指を掛けた。銃声が三発響く。菖蒲は旋回するように姿勢を直すと、剣で銃弾を叩き落した。戦闘機を落とす銃撃を受けて、剣はひび一つ入らなかった。当然、菖蒲にも傷一つない。

 亜音速の銃弾を見切る動体視力と身体能力。超人同士の戦いだ。

「そおーらぁ……!」

 菖蒲が再び剣を射出し、射撃直後で動きが硬直したセラへと伸びた。砲弾の威力と速度を得た刃をセラは右銃で撃ち落とそうとするが、鎖は蛇のようにうねり、銃撃は躱されてしまった。セラへと迫る刃。このままだとセラの腹部に風穴を空けられてしまう。

「ぐあっ……!!」

 漏れる悲鳴、降る鮮血。セラと鎖の爪が甲板へと落下する。うつ伏せに転がったままセラは動かず、甲板の上に血の池を作った。菖蒲が鎖を引いて手の内に回収する。と、ここで彼女はある事に気がついた。

 剣がない。剣の根元の鎖が破壊されている。

 何故剣がないのか。それを疑問に思う直前、伏していた筈のセラの右腕が跳ね上がった。右の銃口が火を噴く。不意を突かれた菖蒲は防御が間に合わず、左肩の鎖巻きに銃撃を受ける。

 一歩、二歩とたたらを踏む菖蒲。鎖巻きは粉々に砕け、左肩も大きく抉られていた。

「っ……っあー……成程。剣が自分に近付けば近付くほど動きは単純になる……だから、突き刺さる直前を狙って、剣を破壊した……んですねぇ……。確かにそのタイミングなら、剣は避けようがありませんけどぉ……なかなか無茶しますねぇ……」

 そう――セラは鎖の剣を躱せないと見るや否や、あえて攻撃を受け、その動きが固定化した所を銃で撃ち砕いたのだ。普通、敵の攻撃に晒された人間は何とかそれをノーダメージに収めようとするものだが、それを諦め、ダメージを少なくしようという判断だった。

 だが、やむを得なかったとはいえ菖蒲の言う通り、無謀な策だ。貫通こそしなかったものの剣に刺された事に変わりはない。現に、彼女はうつ伏せから立ち上がろうとしているが、痛みと失血でうまく力が入らないでいる。無表情な眉が歪む。

 一方の菖蒲は銃撃にふらつきの揺れ幅を大きくしながらも、なお倒れない。三分の二以上を抉られた左肩を手で押さえて、ゆらりゆらりと左右に揺れても膝を屈しなかった。左肩から何故か血は一滴も流れていなかった。代わりに電流と火花が散っている。

「これじゃもう私も戦えないですけど……この艦に乗っているのは、私だけじゃないですからね……。さあ……皆さん、彼女を捕まえちゃってください……!」

「…………っ! させないでありますっ」

 生き残っていた賊がセラを捕らえようと彼女を囲む。そうはさせまいとセラは渾身の力で立ち上がり、両銃を構える。だが、しかし。


 突如、無数の蝶が彼女の顔を覆った。


「なっ……!?」

 どこからともなく現れた蝶は、まるで花の蜜があるかのようにセラに群がる。セラは手で振り払おうとするが、蝶はしつこくまとわりついて離れない。否、そうではない。手で払おうとしても蝶に触れないのだ。何度試しても手が蝶をすり抜けてしまう。まるでこの数十匹という蝶が幻であるかのように。

 そう、この蝶は幻だ。

 現実には一匹の蝶さえ存在していない。セラ一人にだけ見えている幻蝶なのだ。

「うっ……おえっ、くあぁっ……!」

 菖蒲や他の海賊達からはセラが一人遊びしているようにしか見えない。幻蝶の群れの中、セラが強い眩暈と嘔吐感に襲われる。視界がぼやけ、立位を保っていられなくなり、ついには両膝を床に突いた。四つん這いの姿勢のまま立つ事が出来ない。

「あれ? あなた、もしかして――――」

 菖蒲がゆらり、ゆらりとセラの近づいてくる、

「――――SAN値が枯渇寸前、だったりしますかぁ……?」

 にやにや、にやにやと嗤いながら。

 ぐるぐると渦巻く狂喜の瞳でセラを見る。

「ダメですよぅ、ちゃんとペース配分しなきゃぁ……。私みたいにSAN値がゼロになったらもう取り返しがつかないんですよぅ」

 壊れた精神のままセラの前に立つ菖蒲。

「くっ……!」

 セラは歯噛みをするが、それでも体が言う事が利かない。眩暈は時間が経つに従って強くなっていくし、そうでなくても重傷を負っているのだ。戦場においてそれは無防備な有様だった。

 止めを刺すにはあまりに容易い。

 賊がセラへと距離を詰める。菖蒲も近付き、無事な右手を伸ばす。セラはどうにか抵抗しようとするが、どうあっても動けない。絶体絶命の状況。絶望の手がセラに触れようとした、その時、

「……んじゃまあ、さよならです――――!」

「――――そうはいかないよ!」

 菖蒲の左から細長い何かが飛んで来た。槍のように伸びたそれは菖蒲がいた場所を貫く。瞬時に後方へと跳躍した為命中は避けた菖蒲だったが、御陰でセラとの距離が空いてしまった。

 着地した先で改めて飛んで来た何かを視認する。それは、肉塊だった。肉を固めた物としか言いようがない何かが銛のように伸びて甲板に突き刺さっていた。

 銛が来た方向を見る。戦闘に集中しすぎて気づかなかったのか、いつの間にか甲板に二人目の闖入者の姿があった。

 つんつんした髪型の十代前半の少年だ。マント付きの甲冑を纏い、甲冑の隙間に縫い付けられた腕章には「朱無市自警団三番隊長 浅古來霧(あさごらいむ)」と書かれていた。

 銛は少年の右腕から伸びていた――否、その表現は正確ではない。正しくは少年の右手首から先が肉塊の銛へと変化していた。

 少年が甲板から足を浮かす。同時に銛が縮み、その分だけ少年の体が銛へと近づいた。銛の穂先――セラと菖蒲の間まで来ると着地し、銛を甲板から引き抜く。銛はぐねぐねと変形を繰り返すと少年の右袖に収まった。袖口から覗くのは少年に相応しい、ごく普通の手だった。

「……來霧殿」

「セラ先輩! 助けに来たよ!」

 少年――浅古來霧がそう言ってセラを抱き上げると、

「逃げるよ、ちょっとだけ我慢して!」

「……了解であります」

「あ、逃げちゃダメですよぅ……!」

 菖蒲が制止の声を掛けるが、間に合わない。同然の闖入者に戸惑う海賊達を尻目に來霧は甲板を突っ切ると艦から身を投げた。重力に従って落下していく二人。すると、マントの下、そこだけ剥き出しになった來霧の背中から翼が生えた。黒い羽根を散らす大きな双翼だ。飛行は出来ないが滑空は出来るようで、風の流れを掴んだ翼は二人分の体重をぶら下げて滑空していく。

「あーあ……逃げられちゃいました……。あの人、許し難いですね……」

 縁に立ち、眼下を覗き込む菖蒲。その横顔は邪悪な笑みを浮かんでいた。

「副船長! 船長から撤退命令です! これ以上の戦闘は継続せず、ただちに基地に帰還するようにと」

「分かりましたぁ……じゃあ、戦闘機に乗ってる人にも伝えておいてください。墜とされちゃった人達は……あー……助けに行く余裕もないんで……まあ自力で帰ってきてくださいって事で」

「了解です!」



 戦争の一部始終を朱無市自警団副長、永浦刀矢は見ていた。

 遠ざかっていく一隻の航空艦と一機の戦闘機、そして点のように小さく見えるがかろうじて二人の人間が下がっていると分かるハングライダーを見つめながら、ふうっと彼は息を吐いた。

「あれが今回の敵か。なかなかどうして手強い連中じゃないか」

 味方が四機もの戦闘機を撃墜した戦果を見ていたにも拘わらず、安堵の感情は彼にはなかった。彼の心の裡によぎるのは予感の念。不安感にも似た警戒心だった。

「面白いね。多分、恐らく今回はただの小手調べだろう。こっちの戦力を把握する為の斥候――あわよくばそのまま侵攻するつもりだったんだろうけど――だからこそ、引き際が潔い。一切の未練もなく撤退出来る」

 逃げるのって結構勇気がいるんだよね、とぼやく。

「本番は次だ。次に侵略してくるときにこそ連中はその手の内を見せてくるだろう。そのとき、我らが朱無市自警団は朱無市を、そして流譜を守りきれるんだろうか……」

 敵軍から視線を外して背を向け、歩を進める。

 もはや敵艦隊は小指の爪よりも小さくなっていた。

「まあ、何にしても、こうして暢気に授業をサボる事も出来なくなった訳だ」

 その声色は酷くつまらなさそうな調子で。

 むしろ不愉快、不機嫌そのものだった。

「――――面白くなってきたね」


「ていうか、これ全部独り言だからね。ぶっちゃけ痛すぎるよね、僕」

 自己分析に関しては割と冷静な少年だった。

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