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セッション44 黄衣の騎士6

 ブゥゥゥゥゥゥン。

 ブゥゥゥゥゥゥン。

 (ザン)ッ、(ザン)ッ、(ダン)ッ、(ダン)ッ。

 斬撃が、銃撃が、虫の羽音が割れ響く。

 流譜が斬撃を斜涯に振るい、セラが魔弾を妖虫の群れに散らす。刀矢はセラに守られつつ星の精に指示を下し、栄穂も刀を振るって虫を斬り払う。そして、その全てを斜涯が妖虫を従えて対応する。

 四人対百の妖虫。

 多勢に無勢という言葉を打ち砕くように、激しい攻防が繰り広げられていた。

「『絶招・猛虎穿山撃ゼッショウ・モウコセンサンゲキ』――――!」

「『魔人鏡』――――!」

 斜涯が絶招を放つ。すかさず刀矢が流譜の前に『魔人鏡』を展開した。星の精達が三方向から穂先を挟み込み、回転しながら魔力放出する事で威力を強引に弾き返す。元々割れていた槍であったが、返された威力により折れ、粉砕された。

「くそ……やっぱりこんな槍じゃ満足な威力は出せねえかよ……!」

 顔を顰めながら槍を捨てた斜涯は、両手を鉤状にして構える。

 流譜が剣を振るう。斜涯は右手の甲で刃を受け流す。星の精が体当たりを仕掛ける。斜涯が正面から拳を連続で打ち込み、退ける。斜涯の震脚が大地を揺るがす。肘撃が流譜の腕を掻い潜って彼女の心臓を強く打ち抜いた。

 拳法だ。槍を捨てた斜涯は拳法で応戦していた。しかも、流譜と星の精達と渡り合えるレベルでの拳法だ。

「がふっ……! くっ、格闘技にまで精通していたとは……!」

「槍だけだと思ったか? この李斜涯を舐めるな!」

 吠えると同時に斜涯の猛攻が始まる。応じて流譜も吠え、星の精達と共に猛撃する。流譜が斬撃を繰り返し、星の精達が打撃を連ねる。その悉くを斜涯が拳で応じる。

 減重力は使わない。重力を減らせば確かに軽やかに動けるようになるが、拳の打撃の重さまで減衰してしまう。斜涯程の格闘家であれば、減重力の使用はかえって不利益だ。

 一方で加重力は緩めない。加重力の壁を展開し続ければ、流譜も星の精達もそちらに魔力放出を割かずにはいられない。魔力放出が常時続けば、その分、疲労が早くなる。それが目的だった。

「あぁららららああああああいっ!」

「ぐっ……くっ、が……くそ……!」

 最初こそは互角の戦いを演じていたが、徐々に斜涯が押されていく。拳が追い付かなくなり、斬撃を躱し切れなくなる。流譜と星の精達の攻撃に斜涯の手数が足りなくなる。その手すら攻撃を防ぐ度に傷付いていく。

 当然だ。先程まで斜涯は刀矢と流譜を相手に渡り合っていたが、普通は栄穂と空亜と戦ったセラのように苦戦するものだ。数の有利というのはそうそう覆せるものではない。ましてや今、斜涯は妖虫封じの魔術を受けて弱体化しているのだ。不利なのは必然だ。

 手の傷とて、先程まで槍で防いでいた攻撃を素手で防いでいるのである。傷付くのはむしろ当たり前だ。

「畜生、畜生、畜生……畜生畜生畜生畜生ッ!」

 忌々しさに歯が割れんばかりに奥歯を噛み締める斜涯。だが、どれ程憤慨した所で状況が改善される筈はない。むしろ状況は加速度的に追い詰められていく。

「後悔しているか、李斜涯? 私をすぐに殺さなかった事に」

「何だと……?」

 そんな斜涯を流譜は間近で嘲笑う。

「加重力で私達を地面に縛り付けていた時、貴様はとっとと止めを刺すべきだった。それを愉しみを引き延ばそうとして反重力など使うから、貴様は私達を殺し損ねた。……違うか?」

「くっ……!」

「勝負とは一気呵成に決めるべきものだと私は考えている。殺せる時に殺さねば、いつか自分が殺されてしまうからだ。それを見誤ったのが貴様の敗因だ」

「敗因、だと……!?」

 斜涯が頭上を見上げる。そこでは妖虫の群れとセラの魔弾が飛び交っていた。

 セラはイゾルデに乗り、その後ろには刀矢もいた。セラはイゾルデを駆り、妖虫の群れとの格闘機動(ドッグファイト)を繰り広げていた。セラが群れに向けて魔弾を撃ち、妖虫が数匹群れから外れてイゾルデを先回りし、セラ達を喰い千切ろうとする。その繰り返しの果て、セラがぼそりと呟いた。

「……この位置ならいいでありますか」

「この位置?」

「ええ、この位置なら議事堂を巻き込む危険性はありませんので」

 イゾルデがその場でターンを決め、妖虫の群れを待ち構える。喧しく羽音を響かせる妖虫の群れの背後には何もない。ただ、空が広がっていた。

「我が力の悉くは我が主の望みを叶える為にある。邪魔をするなら一掃するであります」

 イゾルデが口腔を大きく開ける。喉奥から切っ先の欠けた一本の剣が出た。剣はセラの魔力を喰らって光を強く強く放ち、解放の瞬間を今か今かと待つ。

「埒を明けよ、『慈悲深き騎馬の吐息ナイトメアブレス・クルタナ』――――!」

 剣が咆哮する。光が彗星となって世界を灼く。彗星が妖虫の群れへと突っ込み、端から順に群れを薙ぎ払う。幾らクリーチャーの群体といえど、一匹一匹は虫である。まともに魔剣の攻撃を喰らった虫達は一匹残らず灰と化した。

「…………ッ!」

 その光景を地上で見ていた斜涯が絶句する。

 彼にとっては百対四の戦いだった。数の上では有利だった筈だ。だが、今や戦いは一対四の様態となっていた。数で劣っている上、自身は満身創痍。武器も失っている。

 不利どころではない。今や状況は必敗にまで追い込まれていた。

「はっはぁ! お前を倒して、セラ達の加勢をしてやろうと思っていたのに、先を越されてしまったな。まあいい。いずれにせよ、敵は全員倒す予定なのに変わりはないからな」

「くっ……!」

 このままでは敗ける。そう理解した斜涯が次に取った行動は早かった。

 逃げだ。一目散の逃走。何よりも先にこの場を離れる逃亡だった。

 その判断は正しい。敵は自分を殺す気でいるのだ。よしんば殺されなくても、捕虜となって尋問されるだけだ。そうなれば、尋問の最中に殺されるか、情報漏洩を防ぐ為に大海軍が自分を殺しに来るかのどちらかだろう。

 その前に逃げる。それは正しい判断だ。だが、

「噛み斬れ、『顎門』――――!」

 判断を下したのが、あまりに遅すぎた。

 逃走の為に後方へ跳躍し、流譜から距離を空けようとした斜涯だったが、その背が何かにぶつかった。焦燥に満ちた顔で振り返ると、そこには岩剣が並んでいた。地面から生えた剣の壁が斜涯の逃走を阻んでいた。

「浅間、栄穂……!」

「逃がしません。ここで逃がせば、貴方は再び山岳連邦を襲う。貴方なんかに私の連邦(くに)は渡しません。ここで……尽き果てなさい」

「小娘がァ――――――――!」

 岩剣は栄穂が作った物だった。斜涯が流譜と星の精に、妖虫の群れがセラと刀矢に気を取られている内に彼女は斜涯の背後に回り、既に退路を断っていたのだ。

「畜生、畜生、畜生……ッ! よくも、てめぇら……! 下等生物風情が! この李斜涯に操られるだけの分際で、よくも……!」

 悪態を吐く斜涯。もはや彼には悪態しか出来る事がないのだ。

 流譜の右手が容赦なく斜涯の頭部を鷲掴みにする。

「失せろ。この哀れな犠牲者の体から」

 流譜の右手を介して精神感応魔術『王様の言う通りオーダー・イズ・アブソリュート』が発動する。セラの魔術により弱まっていた斜涯と肉体との結合がそれで更に弱まり、とうとう斜涯は肉体から追い出された。

 斜涯の後頭部から現れたのは昆虫に似た生物だった。シャッガイからの昆虫。今まで李斜涯の―ー否、このどこの誰とも知れない青年の肉体を操っていた妖虫。李斜涯の本体だ。

「失せろ。私の記憶から。私達の心から」

「ギ、ギィ……ッ!」

 妖虫が逃げようと羽ばたくが、動きに力がない。

 あまりに遅過ぎるその動きを流譜の剣が貫いた。

「失せろ、寄生虫。――――『我が剣は竜の吐息ソード・オブ・ドラゴンブレス』」

「畜生ガァァァァァ――――ッ!」

 剣が光の奔流を放つ。内側から炸裂した光に妖虫の身体は四散し、粉微塵となって吹き飛んだ。

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