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セッション40 黄衣の騎士2

「――――はあっ!」

 斜涯が槍を突き出す。高速の一突きはまるでライフルの銃弾だ。

 人間の目には留まらぬ速度のそれを流譜は辛うじて躱す。そのまま突き進もうとした流譜だったが、斜涯は円を描くように腕を動かして槍を戻し、再び彼女に突き出す。躱す流譜。彼女が踏み出す前に三度突き出される槍。今度は躱し切れず、槍は彼女の左肩を穿った。しかし、膨大な魔力放出が彼女の身を守り、血を流す事を許さない。

「くく……頑丈だな」

「流譜っ!」

 流譜と睨み合う斜涯に刀矢が星の精を向かわせる。不可視の魔物三体による突進、常人には躱すどころか事前に気付く事も出来ない攻撃だ。だが、星の精達が三方向から斜涯を追い詰めたその刹那、これ以上ないというタイミングで斜涯は後方へと跳躍した。直前で敵を見失った星の精達は誰もいない空間を素通りしていく。

「なっ、星の精の動きを完全に見切った……だと……!?」

「そう驚く事でもねえだろ。星の精は透明になっているだけで、気配を消している訳でも物質をすり抜けてる訳でもねえ。視覚で捉えられなくとも聴覚や触覚で充分捉えられるのさ」

「くっ……!」

「ぎゃははははははははははっ!」

 斜涯が矛先を流譜から刀矢に切り替える。膨大な魔力放出で防御力を底上げしている流譜よりも刀矢の方が下し易いと考えた為だ。

 刀矢を守らんと流譜と星の精達が斜涯へと急ぐ。魔力放出で攻撃力が増した流譜の剣と星の精達の体当たりが四方八方から斜涯を強襲する。対する斜涯は槍を握る位置を変えると、棒術のように槍を振り回した。換気扇の如く回転する槍が剣と体当たりを素早く、かつ正確に弾く。槍を短く持つ事で小回りを高めたのだ。

「オラオラオラァ! どうした! こんなもんか、餓鬼共!」

 流譜と星の精達の攻撃を潜り抜け、刀矢を間合いに入れた斜涯は槍を突き出す。星の精の一体が主の盾にならんと刀矢の元へと戻ろうとするが、間に合わない。ならばと思った星の精は斜涯の穂先が刀矢に食い込む直前、槍に体当たりした。軌道を変えられた槍は刀矢の心臓を貫き損じたが、胸部から右肩に掛けて刀矢を切り裂いた。

 決して少なくない量の鮮血が刀矢から噴き上がる。

「ぐっ……かはっ……!」

「刀矢! 貴っ様ぁあああああっ!」

 怒りに任せて流譜が魔力の斬撃を斜涯へと放つ。急な中距離攻撃に斜涯は躱す事叶わず槍で受け止めるが、斬撃の予想外の重さに体が浮いた。着地し、自身を浮かせた事実を不快に感じつつ斜涯は槍を構え直す。

「……強い。大海軍大佐の実力は伊達じゃないだろうと思ってたけど……!」

「ただの寄生虫ではなかったという訳か……!」

 蹲りながらも刀矢は懐から一枚の紙を取り出す。魔法陣や呪文を記す事で自動的に魔術が発動する礼装――謂わば、一ページだけの魔導書――呪符だ。刀矢が取り出したのは治癒術が施された呪符だ。刀矢はそれを傷口に当て、傷を感知した魔術が傷を癒し始める。

「当然だろ? この李斜涯が何年生きて来たと思っている?」

「何だ、年長者ぶりたいのか? 老害が」

「そう言うな。結構なヴィンテージ物だぜ? 三世紀だ、三世紀。その間、欠かさず武術の修業はして来たんだ。弱い訳がねえだろ?」

 大海軍の幹部は基本、外的要因以外で死ぬ事はない。即ち、寿命での死がないという事だ。

 寿命がない以上、生き続けて来た彼らは年月がそのまま強さへと繋がる。『十二神将』ともなれば千年単位で生きている者がほとんどだ。彼らの異常な強さは歳月に裏打ちされたものでもあるのだ。

「貴様が何歳だろうが知った事か。そんなもん、貴様を潰す事に変わりはない」

「はっ、生意気な。だが、そうだな。確かにそうだ。この李斜涯が何歳だろうと俺がお前らを殺す事に相違ないな」

 いや、こいつらは生け捕りにした方が上司からの評価が良くなるかと斜涯は考え直す。

「生け捕りにするなら首と心臓が繋がってりゃあ充分だな。四肢は逃げらんねえように刈り取るか。ぎゃははははは!」

「やってみろ。その前に貴様が八つ裂きにしてやる」

「流譜……!」

「お前は黙って見てろ、刀矢。その傷、浅くはないだろう」

 流譜が切っ先を斜涯に向けて剣を構える。刀矢はまだ傷の痛みで動けない。星の精達は刀矢を守る為に彼の元へと戻って来ている。斜涯は槍を身体と共に低く構え、スプリンターのような姿勢を取った。

 流譜と斜涯の視線が交錯する。次の瞬間、

「『我が剣は竜の吐息ソード・オブ・ドラゴンブレス』――――!」

「『絶招・猛虎穿山撃ゼッショウ・モウコセンサンゲキ』――――!」

 互いの奥義が炸裂した。

 斜涯の震脚が大地を揺るがす。流譜の剣から魔力が噴出し、斜涯が渾身の槍を突く。魔力と槍が互いに一直線に相手へと激突する。激突時に生じた衝撃は爆風となって周囲を薙ぎ払い、刀矢の体も吹き飛ばされそうになる。

 來霧をも下した魔力の砲撃だが、その威力は來霧に使った時よりも上がっている。先程は身内相手故に手加減したが、今度は敵が相手だ。手心を加える理由はない。今や砲撃の威力はミサイル一発分に匹敵する。

 しかし、妖虫の槍はそれを貫いた。強烈な威力の槍撃が怒涛を上下左右に裂き、散らしていく。魔力の光が粉微塵となって降り注ぐ中、穂先はなおも先へと進む。自身の攻撃が破られた事に流譜が顔色を変えるが、しかし時既に遅く。槍はとうとう彼女へと届き、その左肩を貫いた。

「がっ……!」

 血の糸を空中に引きながら、流譜が尻餅を突く。剣は奥義の負荷に耐えられず灰となった。

「ちっ……!」

 一方の斜涯は、攻撃が命中したにも拘らず舌打ちをした。

 斜涯の『絶招・猛虎穿山撃ゼッショウ・モウコセンサンゲキ』はまさしく山を穿つ程の一撃だ。直撃すれば人間など跡形も残らない。槍での刺突でありながら爆撃を喰らうのとそう変わらない破壊をもたらす絶技なのだ。

 それが腕一本抉り取れないとは。『我が剣は竜の吐息ソード・オブ・ドラゴンブレス』と正面対決した事で威力が相殺されたか。

「――忌々しい。が、ここで追撃しちまえば同じだ!」

「させるか! ――『魔人流』!」

 刀矢が可視化した(・・・・・)星の精達を飛ばす。斜涯は先程と同様に槍を持ち替え、星の精達を弾き返すが――

「……重い!?」

 星の精達の攻撃が先程よりも重い。明らかに倍以上の攻撃力となっている。

 何故だ。その疑問は刀矢に目を向けた直後に氷解した。

 血痕がない。先刻、刀矢を切り裂いた時に零れた血溜まりがほとんどなくなっている。

 戦闘中、まさか刀矢が拭った訳ではあるまい。星の精達が飲んだのだ。刀矢の血――彼の魔力がたっぷり含まれた『魔人血』を。故に星の精達は可視化し、攻撃力が増したのだ。

「ちっ……! てめっ……!」

 斜涯は槍を振り回し、星の精達を退け続けるが、しかしすぐに追い付けなくなる。速度よりも威力が厄介だ。体当たりの一発一発が隕石の衝突のようだ。それが何発何十発と連続するのだから堪え切れない。

 その間に刀矢は流譜の元まで行き、自身の血を彼女に飲ませていた。流譜が復活するのも時間の問題だろう。

 斜涯が焦りに顔色を変える。その時、ミシリと不吉な音が聞こえた。

 見れば、槍にヒビが入っていた。『我が剣は竜の吐息ソード・オブ・ドラゴンブレス』と撃ち合った事に加え、今の連続攻撃で槍の耐久力が削られたか。こうなれば長槍としての役割は期待出来ない。もう一度、完全な絶招を放つ事は無理だろう。

「この李斜涯の槍を……! 許さねえ、許さねえ、許さねえ!」

 斜涯の双眸が爛と燃え上がる。

「……やはり奪って来ておいて正解だった。盾は俺の趣味じゃあないが、ここは遠慮なく容赦なく使うとしよう」

 斜涯が背中から盾を外し、左腕に装着する。

 それは空亜が持っていた八大魔神兵装が一つ――――


「天を見渡せ、地を鎮めよ。悠久なる地平をここに。――魔神盾『暗夜行路(ドア・トゥ・サターン)』!」


 瞬間、重力が牙を剝いた。

「なっ、あ――――っ!」

「ぐっ、おああ……っ!」

 刀矢と流譜が膝を突く。身体が重い。自分が何人も増えて、上に圧し掛かっているようだ。あるいは、何人もの自分が下から引っ張っているようだ。

「ぎゃははは、いい様だなあ、オイ! これで少しは溜飲が下がったってもんだ」

 魔神盾『暗夜行路(ドア・トゥ・サターン)』――地の邪神(ツァトゥグァ)の力を召喚する魔術兵装。

 機能は重力率を自在に操る事。

 空亜は自分の周囲にのみ展開していたが、本来この魔術礼装が対象と出来るのは、視界に入ったもの全てだ。近くの敵から遠くの山にまで、遍く大地に存在するもの全てにこの力は作用する。対象が遠くにある程及ぼす効力は弱まっていくが、近場であれば何倍、何十倍もの重力を加算する事が出来る。

「あの空亜とかいう餓鬼はこの盾を使いこなせていなかったようだがな……使い手がこの李斜涯となればこんなもんだ。さあ、この李斜涯の前に跪け!」

 斜涯がそう言っている間にも重力は更に強くなっていく。ミシミシと自分の骨が軋む音を刀矢は聞いた。このまま行けば骨が折れるか、いや、それよりも早く内臓が潰れるか――――

「うっ、おおおお……!」

「おー、耐えるねえ。……刀矢、お前、体重はいくつよ? あんまり鍛えてなさそうだし、五〇キログラムもないか? まあ五〇と仮定して――――」

 斜涯が下を指差す。同時に重力が更に増した。

「これで十倍の重力だ。つまり、今のお前には元の体重と差し引きして、四五〇キログラムの重さが乗っている事になる。相撲取りが四人、上に乗っかっていると思うと相当重いな」

「ぐっ、ぎっ、いっ……!」

 刀矢は星の精達を呼び戻すが、戻って来なかった。三体とも加重力によって地面に縛られていた。浮遊能力を持つ星の精でも加重力には抗えなかったのだ。

「現状を理解出来た所で、次は百倍にしてやろう。つまり五〇〇〇キログラム――五トンの重みだ。車に轢かれた時のように一瞬じゃない。常時五トンの重みだ。骨も内臓も一緒くたに、潰れた蛙みたいになるだろうよ」

 斜涯が昏い笑みを浮かべる。憤怒と愉悦に思考が染まった彼の頭の中には、もはや刀矢と流譜を生け捕りにしようと考えていた事など残っていない。ただ止めを刺す事だけが意識を占領している。

 高まった殺意を放つように彼は右腕を薙ぎ、

「――――死ねぇ!」

 百倍の重力が刀矢達に圧し掛かった。

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