セッション37 妖虫の皇太子4
來霧が左の斧槍を振り下ろす。流譜は左手へと移動して躱し、彼女の代わりに斧槍を受けた床に激震が走る。すかさず右の斧槍を薙ぎ払う來霧。迫る刃を流譜は防ぐでも躱すでもなく、下から蹴り上げた。斧槍に引きずられて右腕が持ち上がる。右脇腹に隙が出来た。流譜は躊躇わずそこへ飛び込み、アッパー気味に繰り出された流譜の剣が重厚な甲冑ごと來霧のボディを切り裂いた。
「ぐふっ……! ぉおおおおおっ!」
内臓を傷を負い、吐血しながらも來霧の動きは澱まなかった。
自身の懐に入り込んで来た流譜に向かって両の斧槍を叩き下ろす。が、それよりも流譜の動きの方が速い。魔力を噴射させての回避方法は、強引に彼女の身体を後方へと運んだ。
だが、彼女の動きが途中で止まった。ハッとした顔で自らの左足に目を向けた流譜は、自身の足首に細長い何かが巻き付いている事に気付いた。
触手だ。來霧の背中から生えた触手が流譜の足を捕らえていたのだ。
「貴様――――うわっ!」
「やあああああっ!」
流譜の身体を触手が振り回し、天井に叩き付ける。そのまま壁、天井、壁へと引き回される流譜。天井や壁がハンマーと化した流譜の身体によって砕かれ、削られる。最後に大きく振りかぶった触手は床に流譜を埋める勢いで叩き付け、彼女を解放した。
もうもうと立ち込める土煙を鬱陶しそうにしながら、流譜が起き上がる。魔力放出の鎧によってダメージは軽減されているが、それでも頭部や身体のあちこちから出血する程の傷を負っていた。
「ちっ……我が部下ならやってくれるな。流石は朱無市自警団三番隊長。純粋な接近戦なら私よりも上か」
「まだ動けるのか……流譜先輩並だね、その耐久力は」
私がその流譜先輩なのだがな、と流譜は零すが、当然來霧には聞こえていない。触手を蠢かしながら、流譜をただ倒すべき敵として一挙一動を観察している。流譜はそんな彼を呆れ交じりに見返して、不敵に嗤う。
「ちょうど新技を開発した所だ。貴様で試してやろう。来い!」
「行くよ! これで潰してあげる!」
來霧が斧槍と触手を振りかざして突進する。対する流譜は剣を振り上げて待った。
腕を伝って流譜の魔力が剣へと流れ込む。可視化する程に濃密な魔力が光となって周囲を灼いた。あまりの魔力量に剣からぴしり、ぴしりと壊れ行く音が漏れる。その切っ先は來霧に向けられていた。
「人間相手に放つのは初めてなんでな。手加減はしてやるが、保証は出来ない! 耐えろよ!」
來霧が流譜の眼前にまで迫った、同時、
「吼え立てろ、『我が剣は竜の吐息』――――!」
光が、議事堂を貫いた。
剣から放たれた魔力の刺突――否、砲撃は來霧を丸ごと呑み込んだ。悲鳴すらも掻き消した閃光が來霧のみならず床や天井をも喰らい、その先にある壁を砕いて貫いた。魔力の砲撃の光が細くなり、消えていく。砕かれた壁から青空が見える。数十メートルに渡り、議事堂も外の地面も大きく抉られている。ここが街中であったら、家屋の十数軒は吹き飛んでいただろう。瓦礫すら残っていない圧倒的な破壊力だ。
その絶大なる威力の代償か、流譜の剣は灰となっていた。サラサラと風に乗り、宙に散って行く。
破壊痕の中に來霧が伏していた。死んではいない。あれ程の威力を受けて、まだ生きていた。だが、流石に負ったダメージが大きく、全身に火傷を負い、意識はなくなっていた。
「はーっはっはっはっ! やはり総合力では私の方が上のようだな! 修行して出直して来い、小童が!」
地に伏す仲間に対して、流譜は上機嫌に笑った。
◇
風と炎が回廊に乱れ飛ぶ。
セラの右の拳銃から撃ち出される幾発もの弾丸が風の刃を纏い、左の拳銃からの弾丸が紅蓮の炎を纏って刀矢を襲う。一発でも当たれば人間など原形すら残らない威力の魔弾だが、しかし刀矢には一発も当たっていなかった。
魔弾は刀矢に命中する直前、悉く軌道を曲げて明後日の方向へと飛んでいく。まるで見えない何かに受け流されているかのように。
事実、魔弾はあるものによって遮られていた。星の精だ。星の精達が文字通り刀矢の盾となっているのだ。だが、彼らはただ身を挺して盾になっているだけではない。
「――魔力放出、でありますか」
「教えたら意外と呑み込みが早くってね。実は人間並みの知性はあるんだぜ、星の精って。まあ、ここまで出来る奴は稀だろうけどさ」
魔力放出は流譜が得意としている技術だ。その名の通り、魔力を放つ事で攻撃力・防御力を向上させる。星の精は今、全身を噴射する魔力の鎧で包み、魔弾を次から次へと防いでいるのだ。
「セラちゃんってさ、MP幾つだっけ?」
「一〇〇〇ポイントであります」
「じゃあ突破出来ないね。星の精には僕からそれぞれ二〇〇〇程度のMPを与えている。三体いるから合計で六〇〇〇だ。君六人分のMPになるね」
「こ、このMP怪獣め……!」
セラが毒づくが、しかし現実は変わらない。刀矢の総魔力量が桁違いなのは今に始まった話ではないのだ。
「――だったら、こういうのはどうでありますか?」
セラが右の銃のマガジンを入れ替えた。普段は子ビヤーキーにマガジンの装填を任せている彼女がわざわざ自分で入れ替えた。となれば、あのマガジンには特殊な何かがあるのだろうか。
「逃がすな、『追い討つ王様の魔銃』――――!」
セラが引き金を引く。銃口から飛び出た弾丸は真っ直ぐに刀矢へ向かい、その途中で軌道を曲げた。
左に曲がった弾丸は今度は右へと曲がり、再び刀矢を狙った。完全なる不意の角度からの一発だ。刀矢は反応出来ない。が、弾丸は更に軌道を曲げ、刀矢ではなく床を穿った。セラの意志ではない。偶然にも刀矢の近くにいた星の精に魔弾がぶつかり、弾道が逸れたのだ。
銃声を聞き、床に空いた穴を見て、何が起きたのかを察した刀矢が表情を険しくする。
「……驚いた。今のは反応出来なかったよ。面白いね」
「絶対に防がれる盾を持っているなら、わざわざそんな盾を相手にする事はないであります。盾を掻い潜り、本人を撃ち貫けばそれで済む話でありますので」
セラの新魔術『追い討つ王様の魔銃』――本来、直線にしか進まない筈の弾丸を風の力で曲げる事で敵の死角を突く魔弾だ。あらゆる障害を躱し、標的を仕留める不可避の必殺技である。
「怖いな……いや、マジで脅威だよこれは」
魔弾であろうと正面から戦うのであれば、銃口の向きからある程度は弾道は予測出来る。だが、撃った後に弾道を変えてくるのでは予測のしようがない。折角の盾も攻撃が当たらねば防具の意味がない。今のは星の精は良い働きをした。
「とはいえ、そう旨くはいかないようでありますね、透明な盾を躱すというのは。現に今も盾に防がれてしまったでありますし」
言いながらセラは銃に殺意を込め直す。
「――今度も偶然、起こせるでありますか?」
銃声が三回連続で響く。放たれた風の魔弾はそれぞれ銃弾ではあり得ない軌道を描き、三方向から刀矢を狙う。
「起こせたら、それはもう偶然って言わないんだよ」
刀矢が指を鳴らすと、彼の身が旋風に包まれる。否、旋風ではない。見えざる星の精達が刀矢の周囲を旋回しているのだ。弾道が予測出来ないのならば、全方位を守るだけという考え方だ。加速し、もはや旋風ではなく竜巻と化した星の精達が内外を遮断し、魔弾を弾く。
「くっ……だが、その防御方法では頭上ががら空きであります!」
更にもう一発、銃声が響く。直進途中で上昇した魔弾は天井近くで再び鋭角に曲がり、刀矢を脳天をほぼ垂直に落ちた。星の精達が旋回という動きをしている以上、その中心は無風であると判断しての軌道だ。その判断は正しく、旋回の防御方法は真上からの攻撃に対して全くの無防備だった。
だが、その判断は刀矢を前にしてあまりに安直過ぎた。
「フォーメーションM、以上」
旋回では頭上が隙が出来る事など刀矢は承知の上だった。
一体の星の精が弾道を読み切り、刀矢の頭上にはだかる。星の精に接触した魔弾は星の精の魔力により弾道を変えられ、斜め下へと流れた。
魔力放出による防御は敵の攻撃を霧散させるだけではない。攻撃に異なる流れを与えて、受け流す事も可能だ。即ち、攻撃の軌道を完全に把握出来れば、それを別の方向へとぶつける事も可能なのだ。
「楽しめ――『魔人鏡』」
斜め下へ流れた魔弾を二体目の星の精が受け取り、角度をつけて更に流す。三体目の星の精が更に角度を加え、魔弾はそれを撃った張本人――セラの下へと戻った。鳩尾に弾丸を受けたセラは一度えずくと、それきり意識を暗転させた。
◇
「正確な角度で攻撃を反射し、敵に攻撃を返す。セラちゃんが使っている防御魔術も考慮して、殺さない程度に威力を分散したけど……ふむ、初の実戦投入としては悪くない結果かな」
刀矢は床に力なく伏したセラに近付き、息がある事を確認する。ついで、服をまくり上げ、弾丸を当てた腹部の痣が出来ている事も視認した。貫通はしていない。被弾したという事実を思えばそれ程深くない外傷だ。
とはいえ、医学は専門ではないし、後で応急手当てが必要か。
「おう、刀矢。痴漢か?」
と、セラの服を捲っていた刀矢の前に流譜が現れた。
「やあ、流譜。痴漢違うし。上官として部下の傷の確認してるだけだし。そっちは随分と派手にやったみたいだね。……ていうか、生きてるの、それ?」
刀矢が流譜の背中を指す。そこには、ボロ雑巾みたいになった來霧が背負われていた。
「生きてるとも。まあ普通なら死んでるだろうが、こいつはショゴスの肉を体内に持っているからな。耐久力はずば抜けているし、多少の傷はすぐに治る」
「だからといって、やりすぎだと思うけどね……さて」
流譜が背中の來霧をセラの隣に下ろす。二人とも今は気を失っているが、意識を取り戻せばまた襲ってくるやもしれない。行動不能となっている今のうちに対処を考えなくてはならないが……。
「こういう面白い状況はセラちゃんの分野なんだけど、そのセラちゃんがこの様だしね……」
「刀矢、その二人をその辺に並べろ」
「どうするんだ?」
「先程、私は本人の精神力に虫の精神力を上乗せして、私の魔術を防いだという仮説を立てた。ならば、気絶している今なら――本人の精神力はなく、虫だけになっている今なら私の魔術も通用するんじゃないか?」
「成程。その可能性は大いにあるね。やってみてくれ」
刀矢がセラと來霧を横に並べ、二人の上半身を起こす。二人の額に流譜が掌を当てる。そして、発動するは精神感応の究極とも言える流譜の魔術――――
「――――『王様の言う通り』、【出て行け】!」
流譜の命令が二人の脳を貫く。直後、命令に押し出されるかのように二人の頭から虫が飛び出た。斜涯が操っていた虫だ。すかさず刀矢が星の精を嗾け、星の精が虫を叩く。潰された二匹の虫は床に貼り付き、そのまま動かなくなった。
「……うむ、これで平気だな! 虫ごと斜涯の奴の催眠術も追い出してやったぞ!」
「お疲れ。じゃあ、他の兵士達の虫も排除……と行きたい所だけど、もたもたしていると斜涯を逃がしてしまう。早く追おう」
「うむ。まあ、有象無象が何度洗脳されたとしても問題ない。私が全て平伏させてやろう」
自信満々に流譜は言う。確かに流譜の精神魔術なら兵士達が束になって襲い掛かって来ても、すぐに鎮圧出来るだろう。セラや來霧のように耐えられる者も稀にいるが、その時は仕方ない。戦うだけだ。
そう結論した二人は、セラと來霧を壁に預けると廊下を進んだ。
「……あれ? 何その剣。いつものはどうしたのさ?」
「その辺の兵士が捨てて行ったものを拾った。さっきの新技で剣が炭化してしまってな」
「威力が強すぎるのも考え物だな。……ってオイ。剣が炭化したって、それ備品だぞ。何、団のものを壊してる訳?」
「む、あ、いや……それはだな……! わ、私は団長だぞ! 団長が団のものを自由に使って何が悪い!」
「開き直んな! お前、罰として今日飯抜きな!」
「殺生な! 兵の士気を下げると碌な事にならんぞ!」
「やかましいわ!」




