表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/65

セッション36 妖虫の皇太子3

 廊下は阿鼻叫喚の有り様だった。壁は傷付けられ、床は抉られ、調度品は落ちて割れている。だが、そんな程度は眼前の惨劇に比べれば背景の一つでしかない。

 兵士達が争っている。それも、味方同士でだ。

「死ねぇ! 斜涯様に逆らう者は皆、死ねぇ!」

「暗い……暗い……ここは、どこなんだ……!」

「敵性認識……命令実行。攻撃……攻撃……」

 支離滅裂な事を口にしながら、朱無市自警団員達や連邦軍の兵士達が互いに武器を向け合い、傷付け合っている。血飛沫が飛び、倒れる者が現れても誰も気に留めない。全員が異様だ。無事な者など一人もいない。

「先輩、刀矢先輩……! どこにいるの……?」

 そんな修羅場の真っ只中に刀矢を呼ぶ声が聞こえた。來霧だ。彼は刀矢に命じられて誰も侵入出来ないように扉の外で待機していた筈だったが、今や周囲の兵士達同様に暴れていた。

「あそこにも、深きものどもが……倒さ、なきゃ……!」

 刀矢達を視認した來霧が、標的を刀矢に定める。しかし、その瞳は虚ろで、刀矢の事を刀矢だと認識していないようだった。跳躍と共に斧槍を振り上げ、刀矢目掛けて振り下ろした。

 彼らの間に割って入ったのは流譜だった。腰から抜いた剣で來霧の斧槍を受け止める。斧槍の威力が流譜を通して床に伝わり、床が大きく割れた。

「どいて……! 早く、刀矢先輩や流譜先輩と合流しなくちゃいけないんだ……ここできみ達と戦っている暇なんかないんだ……!」

「おい、刀矢。こいつ何を言っているのだ?」

 目の前に刀矢達がいるにも拘らず、刀矢達を探しているとのたまう來霧。精神か肉体のどちらか不明だが、とにかく異常を来しているのは明らかだった。

「発狂して幻覚を見ているのか……いや、『脳蝕み』に操られていると考えると違うな。恐らく、自分以外の人間が深きものどもに見えるよう視覚が上書きされてフィルターがかけられているんだろう。何故そこに深きものどもがいるのか、何故僕達とはぐれているのか、疑問に思わないようにした上でね」

「記憶の捏造と五感の偽装、という所か。となると、セラも――」

 流譜が顔を上げてセラを見る。セラは銃を連続で撃ちながら、兵士達の剣だの槍だのといった攻撃を軽やかに躱していた。

 そのセラの目が刀矢達を捉える。僅かの躊躇もなく彼女は刀矢達に銃口を向けた。

「我が主の為、死んで頂くであります」

 刀矢を主と仰ぐセラが刀矢を敵視する。本来ならあり得ない光景だ。

「……やあ、セラちゃん。僕が誰だか分かるかい?」

「朱無市自警団副長・永浦刀矢殿でありますね」

「僕を僕だと認識は出来ている訳だ。それじゃあ、君の主って誰なんだい?」

「知れた事。李斜涯殿であります」

「…………。その李斜涯とはどういう経緯で主従になったんだ?」

「……思い出せないであります。しかし、我が主は如何なる理屈があろうと我が主であります故」

 主の為にお前を倒す、とセラが刀矢を睨め付ける。

「……つまり、どういう事だ?」

「李斜涯を自分の主だと思うよう暗示を受けている。何故主として仕える事にしたのか、その理由も過去も無視して。強迫観念の植え付け――思想の改竄とでも言えばいいかな」

 記憶の捏造、五感の偽装、思想の改竄。

 扱いの難しい精神魔術を三種類も使いこなす。それも、魔術に高い抵抗力を持つ朱無市自警団の幹部相手にだ。李斜涯の技量の高さが窺える。大海軍大佐の地位は伊達ではないという事か。

 だが、その程度の事実では、刀矢の戦意を削ぐ理由にはならない。

「面白くないな。自分の部下を()られるっていうのは、思っていたよりもカチンと来るね。李斜涯は念入りにボコるとしよう」

 だが、その前に、

「まずはセラちゃん達をどうにかしなきゃね。流譜、來霧君は任せた」

「いいのか? お前は戦闘キャラじゃないだろ。二人とも私が相手してもいいんだぞ?」

「流石のお前でも二人同時は無理でしょ。ウチの看板隊長達が相手だよ。心配しなくても、僕なら平気だ」

 二人を油断なく見据える刀矢の周囲から、クスクスと少女の笑い声が聞こえた。流譜やセラのものではない。第三者――否、その笑う声は複数だった。

「――僕のSPは優秀だからね」

 刀矢が生腕を晒す。肌から血が三つ流れ出て、チューブ状に空中へと伸びていく。血を着色料にして虚空から現れたのは、触手を固めたようなグロテスクな生き物だった。

星の精(スター・ヴァンパイア)か。さっき、斜涯の奴を弾き飛ばしていたな」

「うん。それぞれに名前を付けた。ルシア、フランシスコ、ジャシンタだ。良かったら覚えておいてくれ」

「いいだろう。ルシア、フランシスコ、ジャシンタだな。しっかり主人を守るんだぞ」

 名前を呼ばれた触手達は流譜に頷くように上下に浮遊すると、再び虚空へと消えていった。星の精固有の能力・透明化だ。聞く事触れる事は出来るが、見る事は出来なくなる。

「――さて、まずは露払いと行くか」

 流譜がセラ達から視点を外す。彼女が見ているのはセラ達の後ろで暴れ回る兵士達だ。

「『王様の言う通りオーダー・イズ・アブソリュート』――――【お前ら】、【武器を捨てて】、【どっかに避難しろ】!」

 流譜の言葉が議事堂内に響き渡る。直後、セラと來霧を除く全ての兵が武器を手放し、次々に走り去って行った。

 突撃を好む為滅多に使わないが、流譜も精神魔術は得意とする所である。大抵の人間・人外はこの通りだ。これで兵士達が無駄に命を散らす事はなくなった。しかし、

「……やっぱりセラちゃんと來霧君には通じないか。意志力が強いね」

 セラと來霧に視点を戻す。二人は平然と立っていた。流譜の精神感応(テレパシー)が通じていないのだ。

「アレでどうして斜涯の催眠術には屈したのかなあ?」

「あるいは、本人の精神力に斜涯の魔術を上乗せして、私の魔術をキャンセルしたのかもしれんな。まあ、そんな事はどうでもいい」

 流譜が剣を構える。刀矢の前に星の精が集い、セラが双銃を刀矢に向ける。來霧が斧槍を掲げ、四人の間に火花が飛び散る。

「――行くぞ!」

「来い――!」

 流譜と來霧が駆け出す。星の精と銃弾が飛び交う。

 朱無市自警団幹部同士の戦闘が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ