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セッション33 政変に乗りて歩むもの3

 同時刻、市庁の応接室にて。

 山岳連邦の二人がホテルへと帰った後、刀矢と亜理紗は二人だけで今後について話し合っていた。

「それにしても、栄穂さんには感心しましたわね。あの歳で議員を務めているだけではなく、民衆の為に他国にまで交渉に来るなんて。ウチの隊長達にも見習わせたいですわ」

 身内と比較に亜理紗は栄穂を持ち上げる発言をした。どうやら彼女は栄穂の事をいたく気に入っているらしい。上司と部下に脳筋――否、考え無し――もとい、肉体派で政治に無頓着な人間がいる故の反動だった。

 刀矢はそれに賛同しつつ、しかし、手放しには栄穂は褒められないとも考えていた。

「確かに彼女は民に対して真摯ではある。だけど思慮が足りないね。あれじゃあ奪ってくれと言っているようなものじゃないか」

「そうですわね……他国の力を頼れば、それは他国への借りとなる。そこからどんな見返りを要求されるか、彼女はまだ甘く見てますわ」

 その甘さを自覚出来ていない程、栄穂の視野は狭い。何故に視野が狭いのかと言えば、味方である筈の連邦議会が使えないからであり、議会を頼る位なら外部の手を借りた方がマシと考えているからである。仕方がないと言えば仕方ないが、連邦議会は余程彼女に信用されていないと見える。

 そんな事を思いながら、亜理紗は横目で刀矢を見る。その視線は「お前は彼女をどう利用するつもりなのか」と暗に問うていた。

「そんな酷い事をするつもりはないさ。そうだね、同盟を結ぶ際、こちらに軍の指揮権を委ねて貰えれば最上かな?」

「指揮権……同盟軍をわたくし達の部下として扱いたいと、そういう事ですの?」

 同盟の話は既に栄穂から持ち掛けられている。しかし、あれはあくまで自国を守る事を第一の目的にした同盟だ。あちら主体の同盟ではあちらに不利益があった場合、解消されてしまう可能性がある。国家間の盟約などその程度のものだ。それでは、刀矢が望むものにはまだ足りない。

「帝国大海軍に対抗する為には、巨大な軍事力が必要だ。その第一歩として、朱無市と山岳連邦の軍事を一つに纏めたい。それも、僕の指揮下として命令系統を一本化させてだ」

 形式的にはあくまで『邪神の器』である流譜が頂点だが。同盟軍の指揮を刀矢の下に置くというのは実質的な意味でである。 

「そう簡単には行きませんわよ。連邦にとって朱無市は余所の者。余所者の下に付けようとすれば、反発される事は必至ですの」

「そうだろうね。僕もすんなり行くとは思っていない。クーデターを成功させて、その手柄を盾にしても難しいだろうね」

 しかし、

「足掛かりにはなるだろう。国を変革した立役者だ。立場は強い。なら、どうにか出来るかもしれない。そうなれば――まあ、面白い事になるね」

 そう言うと刀矢は唇に薄い笑みを描いた。余程現状を面白がっているようだ。

 彼の目的――極東の再制圧。東の勢力を纏め上げ、西の勢力であるダーグアオン帝国に奪われた地を奪い返す事。その目的に必要な力が手に入るかもしれないのだから、成程、テンションも上がるというものだろう。

 彼の目的は朱無市長の娘である亜理紗にとっても懐くべきものだ。朱無市を守る事と帝国に対抗する力を得る事はほぼ同義だからである。しかし、

「――怖い方ですわね。そうやって兵権を束ねた先に何を求めますの? 今度は副長がクーデターを起こしますの?」

「さてね。仮にそうなっても、帝国に支配されるよりマシだ。邪神を復活されるよりもマシだ。そう思わないかい? 網帝寺亜理紗」

 はぐらかしているようで明確に口にしているような態度を刀矢は取る。それに対して亜理紗は、

「――わたしくは祖国が守れれば、それで結構ですの。ですので、お供致しますわ、副長。この島国が夜明けを迎える、その日まで」

「頼りにしているよ、総司令官殿」

 二人は見つめ合い、そこに意志の疎通がある事を確認した。とその時、

「刀矢ー、難しい話は終わったか?」

 扉を開けて入って来たのは、脳筋の片割れ――流譜だった。彼女は刀矢と亜理紗の帰り道を護衛する為にわざわざ残っていたのだ。二人の会話に付いていけず、部屋の外で時間を潰していたが。

「ああ、もういいよ。帰ろうか」

「そうですわね。ごめんなさいですわ、上司にボディーガードを頼んでしまって」

「構わん。部下のフォローをするのも団長の務めだ」

 流譜は朱無市自警団長、刀矢は副長、亜理紗は総司令官だ。守り、守られる立場が逆転しているように見えるが、人には適材適所というものがあるので仕方ない。頭を使うのは刀矢と亜理紗の役目、体を使うのは流譜の役目だ。

「さあ、さっさと帰るぞ! 今頃はギルバートが肉を買って帰っている筈だ。肉だぞ、肉、肉!」

「肉ばっかり食べてるから脳筋――いや、肉体派になるのかな?」

「ど、どうでしょう……? ていうか、逆に頭のよくなる食べ物って何でしょうか?」

「そりゃ魚――DHAじゃない? 後はやっぱりブドウ糖かな。米とかパンとか」

 食生活と嗜好に因果関係はあるのだろうか。だとすれば、自分達の食事は果たしてどうだろうか。流譜を見ていると、そんな事を思ってしまう刀矢と亜理紗だった。

「何だお前ら、私を馬鹿にしてないか?」

「してない、してない」

「そ、そうですわよ、団長! さ、さあ早く帰って御飯食べましょう! お肉だけじゃなくお魚もたくさん。ええ」

「…………? ……うむ」



 ブゥゥゥゥゥゥン。

 ブゥゥゥゥゥゥン。

 春の夜に虫の羽音が響く。

 山岳連邦のとある館。そこに一人の男がいた。チャイナ服を纏った細身の男だ。

 男は本を開き、その前に座っていた。『冒険者教典カルト・オブ・プレイヤー』の通信用のページを開いているのだ。

「こちら、大海軍大佐・李斜涯。応答願います」

 男――斜涯がそう言うと、本から返答があった。

『こちら、大海軍中将・黒障。どうよ、調子は?』

 応答した声は黒障と名乗った。

 黒障辰星。大海軍中将にしてダーグアオン帝国領第七区域の総督、つまりは極東侵略の最高責任者だ。その最高責任者が今、通話機越しにいる。

「ええ、順調です。山岳連邦の議員の一人に接触し、乗っ取りに成功しました。近々連邦の議会があるそうなので、そこで他の議員共も一網打尽に出来るかと」

『そうかい。二荒王国の方は?』

「仕込みは既に。後はいつでも起爆出来ますよ」

 斜涯の返答に、ヒューッと口笛が耳飾りから聞こえた。

『手が早いね。いやいや、流石だよ』

「お褒めに預かり光栄の極み」

 相手に見えていないと分かっていながら斜涯は礼をする。

「……ああ、そうだ。一つ気になる事が」

『? 何よ?』

「いえ、浅間の小娘――議員の一人がですね。ここ最近こそこそ何かやってるみたいでして。今は朱無市に使いっ走りに行かされてるんですが」

『朱無市に? ……ふーん』

「まあ、乗っ取った議員によると、分不相応に議員に納まった小生意気な餓鬼って程度らしいですし。気にする程じゃないでしょう」

『……そうかい? おじさん、朱無市って聞くと嫌な予感がするんだが……気を付けなよ』

「総督殿は心配性ですな。大丈夫ですよ」

 それから二言三言報告し、斜涯は通話を切った。

「……ふん。総督め。随分と弱気なもんだ。それとも、俺を信用していないのか?」

 辰星の声が聞こえなくなった途端、斜涯が不満を露に愚痴を溢す。辰星が自身の任務に僅かにでも不安を懐いたのが、自身への信頼が欠如しているように感じられたのだ。

「この李斜涯は大海軍の大佐だ。山岳連邦の如き小国、何の事もあらん」

 それも自分の実力に自信があっての事だ。

 一国を己の力で墜とせる確信しての事だ。

「大佐の次は准将、その次は少将だ。少将になれば『十二神将』に入れる。……いや、十三人になるのだから『十三神将』か?」

 あるいは少将のどいつかを蹴り落して、その後に『十二神将』を名乗ってもいいかもなと斜涯は嘯く。

「精神を制する者が全てを制す。見てろよ、この李斜涯が何もかもを支配してやろう」

 暗闇の中に昏い嗤い声が反響した。

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