エピローグ2 関東地方を覆う影2
軍事国家、ダーグアオン帝国。
先の大戦以前から陰ながら存在し、世界征服を目的に活動していた邪神崇拝組織。現在は旧マサチューセッツ州にあった漁村インスマスを首都とした一国家。問答無用の軍事力として大海軍を擁する世界最強の武装大国だ。
たとえ、その実態が軍による傀儡政権となっていたとしても、人類から恐怖と呪詛を一心に受けている国である事には変わりない。
帝国は世界各地に植民地を持っており、極東においては関西地方を統治している。帝国では第七区域との名称で呼ばれているその地域は、いずれは帝国が極東全域を支配する為の足掛かりだ。
その植民地――旧大阪府に建てられた大阪総督府に大海軍中将・黒障辰星はいた。軍部関係施設内にいる為か、流石に普段のアロハ服ではなく軍服を着ている。
彼は実にかったるそうに廊下を歩いていた。肩を回したり首を揉んだりして、沈殿した疲労感と痛みをどうにか取り除こうとしていた。
「――大分お疲れのようですね」
そんな彼に一人の青年が声を掛けて来た。
アジア系の黒髪の青年だ。細面で細身だが、脆弱な印象はなく、その筋肉は引き絞られた弓矢の印象を与える。辰星と同じデザインの軍服に身を包んでいる事から、彼も大海軍所属である事が伺える。
「李斜涯かい。おう、お疲れちゃん」
「お疲れ様です、総督。飯綱家侵攻はそんなに骨が折れましたか?」
青年――李斜涯は辰星を総督と呼んだ。それはつまり、辰星がこの植民地の行政・司法・立法から軍事までを一手に掌握する代表者であるという事を意味している。
「んー、まあね。下準備しといたからある程度は楽出来たとはいえ、やっぱ何年も攻めあぐねてただけあるわー。全身バッキバキよ、おっさん。いや本当、体のあちこちが痛くてたまんないわ」
「……本当にお疲れみたいですね。この李斜涯も是非参戦したかったのですが」
「君には君の仕事があるでしょー。仕方ないさ。それに、将官三人もつぎ込んでおいて、その上、更に大佐の君まで引っ張り出せないさ。コストはならべく低くしないと」
大佐と呼ばれた斜涯は辰星の言葉に頷く。
「まあ、そいつぁそうですけどね。しかし、『十二神将』三人も相手する羽目になるとは、飯綱家も災難でしたね」
何せ滅んじまう位の災難でしたからね、と斜涯は嗤う。それに対して、辰星は肩を竦めて小さく笑った。
大阪総督府には現在、三人の将官がいる。『十二神将』とまで渾名され、一人一人が一個師団を上回る戦闘力を持つ実力者だ。この三人は普段は総督府で待機しているが、大海軍本部から命令が下された時のみ出撃する。雑兵では制圧出来ない敵がいると判断された場合のみに使用出来る切り札――リーサルウェポンなのだ。
そんな『十二神将』三人全員と戦う事になった飯綱家は確かに不運だ。総督府が出せる最高戦力を全て受けた形となったのだから。
「で、そっち、これからまた仕事?」
「ええ、旧栃木県の方から戦力を貸してくれとの依頼を受けまして。奴ら、旧群馬県の連中がどうしても見逃せないらしく」
「ああ、大戦前からずっと喧嘩してるもんねえ、あそこ。はあー、それでウチなんかに頼る訳? 形振り構ってないねえ」
辰星は苦笑を浮かべ、斜涯は嘲笑を浮かべた。
「俺らに頼った所で、結果は地獄になるだけなのにさ」
「全くですね。奴ら、戦いに勝つ事ばかりで、損得については頭から抜けてるようで」
言いながら斜涯は辰星とすれ違う。
「この李斜涯が教えてやりますよ。勝利はおろか、てめぇらに手に入るものなんざ何一つねえって事をな」
その口端は裂ける程に上がっていた。




