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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション1 大SAN事世界大戦後の世界観1

 二〇XX年、四月一八日。関東地方、旧埼玉県南西部、朱無(あかむ)市。

 私立ミスカトニック極東大学付属高校の屋上で、その少年は割れ響くサイレンを聞いていた。

「はあ……面白いね。僕のうららかな午後の時間を思い切り邪魔してくれやがって。ふぁああ……眠い……」

 栗色の髪をした、中学生に間違えられてもおかしくないほど線が細く童顔な少年だ。が、付属高校指定の学ランを着ている事から彼が高校生である事が伺える。少年の左腕には「朱無市自警団副長 永浦刀矢(ながうらとうや)」と書かれた腕章があった。

『緊急速報、緊急速報』

 サイレンは朱無市全体に聞こえるよう叫んでいる。

『所属不明航空艦接近中。現在、朱無市に一隻の航空艦が向かっています。市民の皆様は各区域指定のシェルターへ避難してください。繰り返します。所属不明航空艦より敵対意思の布告あり――』

 ドタバタと無数の人間が慌ただしく動く音が街中から聞こえる。恐らく、先程の放送を聞いて、シェルターに逃げ込もうとしているのだろう。この市は防衛の一環として一定区画毎にドーム状のシェルターがある。普段から貯蓄してある物資は豊富で、外部からの物資供給がなくても暫くは不自由なく生活出来る筈だ。

 空には一つの影が見えた。校舎から見ると小さな影だが、それは遠近法で小さく見えているだけであり、実際は遥かに巨大である。

 全長一六〇メートル級の軽空母が一隻、空に浮かんでいた。

「十年前じゃ考えられなかったな……飛行船でも飛行機でもない巨大な鋼鉄の塊が、空を飛ぶなんて。異世界転生もびっくりのファンタジーっぷりだぜ」

 あの艦は地の邪神(ツァトゥグァ)より与えられた、重力率操作の魔術で浮いている。物質の重量を軽減させるのではなく物質にかかる重力を割合で減少させる術式だ。同じ割合でも対象が重いと軽くなる質量分は大きくなる。この魔術を発動させる術式機械が開発されて久しいが、膨大な燃料が必要な為と効果を保持したままの軽量化には未だ成功していない為、航空艦のようなに大型の乗り物にしか搭載されていないのが現状だ。

「お?」

 ふと、視線を左に向けると二〇〇メートル級の航空艦がミスカトニック極東大学の校庭の地下に造られたドックから、その船首を敵陣に向けて飛び出していたところだった。

「お、『黒卯(くろう)』の出動か……。となると、亜理紗(ありさ)ちゃんが乗ってるな。後で怒られちゃうかなあ。真面目な娘だからね、彼女も」

 言いながら刀矢が戦艦に目をやる。

「あ、セラちゃんとアリエッタちゃんだ」

 彼がよく知る少女が二人、甲板に立っているのが見えた。



 朱無市自警団所有戦艦『黒卯』、作戦本部。

「全くもうこんなときに! 団長と副長はどこに行ったんですの!」

 少女の怒声が艦内に響く。セーラー服を纏い、「朱無市自警団総司令 網帝寺(あみていじ)亜理紗」の腕章を着けた金髪縦ロールの少女が眉を釣り上げていた。刀矢と同様に付属高校指定のセーラー服を着た高校生だが、本部に座するその姿は委縮した様子はまるでなく、威風堂々としていた。

「副長は高校の屋上で眠りこけているのをさっき確認しました」

「あと、団長は焼肉屋にいましたが、食べ放題の時間がまだ残っているとの事で通達に言った連中が蹴り帰されました」

「はあ? 授業に出ててこっち来れないっていうんならともかく、授業サボっててこっち来れないってどういう事ですの!? ていうか焼肉屋!? 学校にすらいないんですの!」

 わたくしたちも学校生活も舐めてるんですの!? と少女――亜理紗が憤慨する。団員達も呆れ顔を隠せず、いつもの事だと苦笑交じりの者までいた。

「ああもう、どいつもこいつも! いいですわ、あんな馬鹿共の事なんかあてにしません! わたくしたちだけでやりましょう! セラ! セラはおりますの!」

『――――はい、こちらにいるであります、艦長』

 本部のモニタの一角に一人の少女の姿が映し出される。亜理紗と同じセーラー服の上にコートを羽織った少女だ。腰にはハードカバーの本が革のベルトでぶら下がっている。

 甲板に設置されているモニタは『夢国製の硝子スクリーン・フロム・レン』と呼ばれる術式機械だ。遠い場所の映像を映す『レンのガラス』という魔術道具を応用したもので、起動する事で五芒星が描かれたパネルに映像と音声が表示される。魔術の発展と共に流通し、今や世界中の人間が使用しているメジャーなアイテムだ。

 モニタの向こう、コートを風になびかせながら少女は無表情でカメラを覗き込んでいた。その背景には黒卯の甲板が見える。

「聞いていましたわね。今回は馬鹿の支援はありませんが――このまま参ります。構いませんわね?」

『了解。問題ありません。いつでも出撃可能であります』

 亜理紗の言葉にセラと呼ばれた少女が淡々と答える。あまりに淡々としすぎているので機械のような無機質ささえ感じる声だった。

「結構。それでは状況を開始しますわ」

 亜理紗が顔の前で手を組み、目つきを鋭くする。

「遠慮は不要ですわ。後で迎えをよこしますから、後先考えずに思うがまま暴れまくって、ただの一人も残さず蹂躙しなさい。我らが敵に、敵に回ってしまった事の迂闊さを骨の髄まで後悔させてやりなさい!」

『了解――セラ・シュリュズベリィ、出撃するであります』

 言葉を置き去りに、セラが甲板を駆ける。「朱無市自警団二番隊長 セラ・シュリュズベリィ」と書かれた左の腕章がはためいた。同時に敵艦から戦闘機が五機発艦した。五機はそれぞれの軌道を描きながら黒卯へ向かって飛んでくる。

 甲板の先端にまで辿り着くと、セラは一切の躊躇なく飛び降りた。そのまま重力に従って遥か数百メートル下の地面へと落下していき――セラは呪文を紡いだ。

「いあ・いあ・いたくぁ。来たれ、禍々しき北風よ。束ね束ねて我が道となれ」

 セラの体から不可視の流体――魔力が解き放たれ、周囲の風が彼女の足元へと集まる。そして、セラの足が空中に着地した。何もないはずの虚空を見えない地面があるかのように彼女の両足は踏みしめていた。

 半身を傾け、スノーボードのような動きで戦闘機に向かって滑空する。最中、腰の本を開く。

 本の幅と厚さを無視してページから取り出されたのは、二丁拳銃だ。

 どちらの銃も自動式拳銃(オートマチック)で、右には銃身に黄色に輝く文字が、左の銃身には赤色に輝く文字が刻まれていた。文字は日本語でもアルファベットでもなく、およそ人類が使う文字には見えなかった。

「『王様の魔銃ライト・オブ・ハスター』、『火霊の妖銃レフト・オブ・クトゥグァ』――魔力装填完了。ファイア!」

 一機目の戦闘機に向けて右銃の引き金を引く。風の邪神(ハスター)の加護を得た弾丸は銃身から放たれ、戦闘機へと着弾した。直後、弾丸に螺旋状にまとっていた圧縮大気の刃が戦闘機を抉り、真っ二つにへし折った。

 撃墜した一機目に一瞥することもなく、セラは滑空を続け、二機目に肉薄する。左銃の引き金を引くと、火の邪神(クトゥグァ)の加護を得た弾丸がレーザーと化し、二機目の後部を貫いた。爆発しながら墜落する二機目を尻目に三機目へと右銃の照準を合わせる。

 彼女が引き金を引くよりも先に三機目がミサイルが発射した。その照準は黒卯ではなくセラだ。人の身である彼女を戦艦よりも先に落とすべき対象と判断したのだ。三機目に合わせていた銃口をミサイルへと移し、引き金を引くセラ。銃弾がミサイルを貫き、爆破。爆炎が彼女を呑み込む。直後、三機目の左の主翼がレーザーに貫かれた。爆撃を耐えたセラが左銃で撃ち抜いたのだ。

 爆炎から脱した彼女は風に乗って空を高く高く飛んでいく。四機目、五機目の頭上を越えてなおも飛び続け、着地した先は敵艦の甲板だ。

 甲板には異形の人間が五十人程いた。シルエットこそ人間に近いが、首から上が魚であり、全身が鱗に覆われている。明らかに人ならざる姿だ。

 そんな異形の者達に一切迷う事なく、セラは着地までの滞空時間で五回銃撃を放った。五人が甲板と共に胴体に大穴を空け、倒れ伏す。自分達の艦に突如現れた敵にどよめく賊に構わずセラはさらに引き金を引き、虚を突かれた六人が凶弾に撃たれた。

「敵艦侵入成功。これより殲滅を開始いたします」

「てっ、敵兵侵入ー! 応戦! 応戦ー!」

 遅れながら賊の一人が号令を下す。慌てて他の賊がその手に持った短機関銃を発砲した。だが、数十数百の銃弾はセラに迫るも目前で軌道が変わり、明後日の方向へと飛んでいく。まるで見えない何かが銃弾を受け流しているかのようだ。

 セラが風を足場に跳躍し、敵の背後を取る。短機関銃の銃声に紛れて連続するセラの銃撃。背中に風穴を作り、七人が仰向けに倒れる。

「なっ、いつの間に……!?」

「くそっ! 撃て撃て!」

 背後に現れた敵に戸惑いながらも銃を向ける賊。だが、やはり銃弾は受け流される。どれだけの銃撃を重ねようとも変わらずセラの肌を傷付ける事は叶わない。カウンターで放たれたセラの銃撃に今度は十五人が倒れた。無表情のまま銃を連射する様は機械を思わせた。

「なんで……なんで当たんねえんだよ! あの銃、弾切れとかねえのかよ!?」

 一人の賊が悲鳴のように叫ぶ。当然の反応だ。相手はたった一人だというのに、圧殺するどころか圧倒されている。五十人はいた筈の乗員は今や二十人以下にまでその数を減らしていた。相手側からすればまさに悪夢のような光景だ。

 このままセラのワンサイドゲームで終わるかと思われたが――――

「…………っ!?」

 いずこから飛んで来た鎖付き剣がセラのこめかみをかすった。否、頭部を狙った鎖の一撃を避けようとして、避けきれずにこめかみに受けたというべきか。裂けた傷口から血が流れ落ちる。

 剣が飛んで来た方角を見ると、そこには一人の小柄な少女が立っていた。

「いらっしゃ~い……」

 奇妙な少女だった。周囲の者は明らかに人外であるのに、彼女だけはどこからどう見ても人間だった。重心が安定していないのか、酩酊しているかのように左右に揺れ、くまが出来た目は既に正気を失っているように見えた。

 左腕は義腕であり、肩には糸巻きのような金属の円柱があった。肘から先は籠手が装着されてており、籠手には砲身が付いていた。砲口からは鎖が伸び、先程の剣に繋がっている。どうやら先程の一撃はあれから砲撃されたらしい。

「ようこそ、我らが海賊団――『魚鱗の軍勢』へ……っと。私は、えっと、何だったっけ……? ちょっと待っててください、今、名前を思い出しますので……」

 奇妙というよりも変な娘だった。セラも困惑を隠せず、眉間をひそめる。

「ああ、そうだ、思い出しました。――魚鱗の軍勢副船長その一、鮫島菖蒲(さめじまあやめ)です……よろしくです……」

「……朱無市自警団二番隊長、セラ・シュリュズベリィであります」

 それでも名乗られたからには名乗り返すのが礼儀だと彼女は律儀に返した。

「聞くまでもないでしょうが、一応聞かせて貰います。何が目的でこの朱無市に宣戦布告したのでありますか?」

「言うまでもないでしょうけど、一応言っておきますねぇ……。我らが神クトゥルフ様の復活の為ですぅ。あなたがたのリーダー、九頭竜流譜(くずりゅうるふ)の身柄をこっちによこしてくれませんかぁ……?」

 左肩の円柱が回転し、じゃらじゃらと音を立てて鎖が砲身の中へと戻っていく。円柱に鎖が巻き取られていく所を見ると、糸巻きではなく鎖巻きだったようだ。

「生憎でありますが、お引き取り下さい。戦争中だというのに一人で焼肉貪っているようなダメリーダーですが、それでも自分達のリーダーでありますので」

「あー……ですよねー……分かってましたよぅ。じゃあ、仕方ないですね……」

 鎖を完全に巻き取り、左腕をセラに向ける。剣を回収した籠手はパタに似ていた。刃がギラリと光を反射する。

「力ずくで……奪っていきます」

 言葉と同時に剣を射出した。

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