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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション19 THE CALL OF CTHULHU2

「……来ちゃいましたね、朱無市自警団」

 ミス高屋上にて、魔法陣を描く手を止めて、頼姫が顔を上げる。視線の先にはこちらに近づいてくる一六〇メートル級軽空母の姿があった。

「あのまま大人しく空港に留まっていれば良かったものを……わざわざ死にに来るとは馬鹿な人達ですねー、本当。……今度はどうあっても見逃す事は出来ませんよ」

 口調は軽かったが頼姫の表情は暗かった。前髪を落とし、どんな目をしているかは誰にも伺えない。元より屋上は人払いがされており、彼女の周囲には誰もいないのだが。

 彼女は『冒険者教典《カルト・オブ・プレイヤー》』を起動させると、敵を一瞥もしないまま部下に命じた。

「戦艦・斗霊に命じます。かつての私達の艦・夷半を撃ち墜としてください。儀式の邪魔をさせちゃ駄目です。速やかに撃退し、我らが神を迎える準備を進めるのです」

 夷半を襲う砲撃の数が増した。


◇


 夷半の甲板にて。

「おーい、本当にいいのかよー? アレ使っちゃってもよー、網帝寺総司令様?」

 着弾の衝撃に揺れるその場所で、アリエッタが通信機に語り掛ける。

『いいと言ったでしょう。総司令官に二言はありませんわ』

「けど……ありゃ威力がやべーから使うなって、普段は封印してる代物じゃねえか。どうなっても知らねえぞマジで」

『構いませんわ。アレは敵味方区別なく滅ぼす無差別さ故封印してきましたが、今は目の前には敵しかいません。……まあ、団長がいますけど。校舎まで巻き込むほどの愚はさすがに犯さないでしょう?』

「まーな」

 アリエッタの右手には弓、左手には黒い絹布に包まれている何かが握られていた。布を解くと中から現れたのは一本の曲刀だった。緩く湾曲した刀身の幅は広く、一般的な刀剣とは異なる趣を感じさせられた。

「足踏み。胴造り。弓構え。――魔弓『琴(カーヌーン)』をここに」

 アリエッタが弓を構える。だが、ここで彼女が使うのは矢ではない。

「打起し。引分け。会。――魔剣『バルザイの偃月刀』をここに」

 先程の曲刀を彼女は矢のように弓に番えると弦を引いた。

「――――離れ!」

 曲刀が弦から離れて飛ぶ。

 アリエッタ専用の弓『琴(カーヌーン)』は矢の速度と威力を強化する魔弓であるが、機能はそれだけではない。一・五メートル以下の棒状のものであれば、何であっても矢として射る事も出来るのだ。

 強化を受けた曲刀は質量など忘れたかのように軽々と空中を進み、僅かに弧を描きながら斗霊の艦体に射る。場所はちょうど艦体の中央辺りだった。

 曲刀の切っ先から黒い球体が現れた。

 一瞬で直径一メートル程度にまで膨れた球体は、実際は球体ではなかった。それは空間に空いた穴だ。非物理的なその穴はどこまでも深く、暗く、黒かった。

 黒い穴は自らを塞ぐパーツを集めるかのように周囲の物質を吸引した。穴を中心としたその場にあるもの全てが空間ごとひしゃげ、曲がり、砕かれ、潰されて穴の中へと『落下』していく。まるでブラックホールだ。全長にして二〇〇メートルある戦艦がその中央部から根こそぎ、貪欲な顎に喰われていく。

 魔剣『バルザイの偃月刀』。

 魔導書『ネクロノミコン』に制作方法が記載されている魔術道具であり、魔剣と称されているものの、実質的には魔法使いの杖に近い代物だ。その最大の用途は邪神ヨグ=ソトース召喚の媒介となる事だ。

 ヨグ=ソトースとは、過去・現在・未来の全ての時間に存在し、あらゆる空間に接しているとされる時空の神だ。矢として放たれた魔剣が作った空間の穴は、そのヨグ=ソトースが座する異次元へと繋がっている。

 穴に呑み込まれたものがどうなるのか、アリエッタは知らない。それを知っているのは穴の向こう側に落ちた者だけだからだ。

 穴は空間内にある全ての物質を喰らうと瞬く間に収縮し、消滅した。全長の半分以上を失った――それも中央から失った――戦艦はもはや巨大なだけの鉄塊にすぎず、重力に引き寄せられて校庭へと墜落する。地面と激突した衝撃でさらに艦体が砕け、洪水のような破損の大音量が校舎の窓を揺らした。燃料に引火したのか艦体が燃え上がった。乗艦していた人間の生死など絶望的だろう。

「いよっしゃああああああああああっ!」

 撃墜した敵戦艦を見下ろしてアリエッタがガッツポーズを取る。

 わあっ、と艦内から同志の歓声が上がったのが聞こえた。


◇


「さあ、次は貴方達の出番ですわよ!」

 軽空母・夷半のブリッジにて。

 崩れていく敵戦艦をモニタで確認した亜理紗がセラと來霧に向き直る。

「了解であります。ところで、亜理紗殿」

「何ですの?」

「いえ、もし菖蒲と琵琶があの艦に乗ってたら、今ので死んでしまってるのではないかと思ったのでありまして」

「あ……。い、いえ! 大丈夫ですわ! 幹部クラスであるあの二人がそう簡単にくたばるとは思えませんし……そ、それにあの戦艦に乗っていたともまだ限りませんわよ!」

「今『あ……』って言いませんでしたか?」

 亜理紗が顔を背けた。

『もし奴らがあの艦に乗っていたら、そうなると、艦ごと撃ち落としたオレ最強! って事になるのか?』

「アリエッタ殿一強時代の到来でありますか。いやはや嫉妬する話でありますね」

「……えっとぉ……」

 何と発言すればいいか分からず、來霧が言葉をなくす。ブリッジが気まずい沈黙で満たされる。ふと、乗員が目を逸らす目的でモニタに目を向けると、そこには、

「総司令官! 鮫島菖蒲と琵琶弾樹の両名を発見しました! どうやら校舎の東と西をそれぞれ警護していたようです! 今、校庭へと向かっています!」

「ほ、ほら! 言った通りじゃないですの!」

「…………」

 セラと來霧に沈黙と半目を返されて、亜理紗が落ち込む。そんな亜理紗のリアクションを見届けた二人は満足すると仲間達に振り返り、

「――では、出撃するであります」

「いってきます、先輩!」

 そう言い渡して、甲板へ繋がる扉へと向かった。朱無市自警団でも屈指の戦士が勝ちに征く。その後ろ姿を見送りながら自警団総司令官は深く息を吸い、吐く事で気合いを入れ直し、仲間達に指示を出した。

「夷半、砲撃しつつ着陸準備! 地上戦部隊を下ろしたら再浮上! 艦に残った団員は砲撃で地上戦部隊の援護をお願い致しますわ!」

「了解!」

 乗員が応答し、それぞれの持ち場へと移っていく。何人かはブリッジに残って操艦を担当し、何人かは援護砲撃を担当する為に砲室へと向かった。また、別の乗員達はセラ達を補助する為に甲板へと上がった。

 甲板では來霧の為に巨大弓(バリスタ)を用意するアリエッタ達を背景に、セラが眼下の光景を見下ろしていた。

 地上はまさに地獄絵図となっていた。炎上する戦艦やその瓦礫に潰された魚人、その周囲で慌てふためくだけで何も出来ない魚人、とりあえず戦闘態勢に入ろうとする魚人、早々に逃げ出す魚人の姿が見える。多種多様の有り様だ。

 校舎の西側から魚人の何倍も大きな人影が現れた。人型機動兵器『機装式神・陽』だ。あの機体の中にはセラ・シュリュズベリィが狩るべき敵が入っている。

「ちょっとここのスペース、使わせて頂くでありますよ」

「あ? いいけど、何するんだ? お前」

 セラは甲板の一角を陣取ると、そこにチョークで円を描いた。更に円に奇妙な文字や図形を描き込んでいく。

「アリエッタ殿が『バルザイの偃月刀』を持っていたのと同様に、自分も奥の手を出すのでありますよ」


◇


「な……なんだよこりゃあ……」

 ミス高校庭、琵琶弾樹は墜落した戦艦の前で呆然としていた。

「な、何だよこりゃあ……! 何が起きたんだ、何が起きてるんだ。何なんだ、こりゃあよ―――ッ!」

 彼は頼姫に命じられて校舎の東を警備していた。朱無市自警団を撃破した今、警戒すべきは市立警察だからだ。特に警察の切り札と呼ばれている蓮田黄美の存在は最優先で警戒しなくてはならない。とはいえ、所詮は人間。この『機装式神・陽』に敵う筈もない。

 そう思って、琵琶は結構気楽に警護の任に就いていた。そうしていたら、この有り様だ。まさか自警団の連中が追いついてくるとは。魔神鎚『愚神礼賛《ホーンター・オブ・ダーク》』の瘴気を浴びて、どうしたら復活出来るのか。まさか自警団に戦艦を撃墜出来るような兵器があったとは。混乱と憤怒が心の中でぐつぐつと煮えたぎる。

「副船長、空から女の子が――ぐべらっ!」

 報告に来た部下が、言葉の途中で頭を半分以上抉られてうつ伏せに倒れる。彼の遺言に従い、視線を上げるとボロボロのコートをたなびかせながら少女が一人、こちらへ滑空して来ていた。魔術師セラ・シュリュズベリィだ。

「てめぇ――――ッ、生きてやがったのか――――ッ!」

 着地した魔導士を睨みつける琵琶。彼女には確かに『機装式神・陽』の砲撃を浴びせた筈だった。だが、眼前の少女は傷だらけではあるものの五体満足で立っている。機械じみた無表情と裏腹に、その双眸には闘志の熱が宿っていた。

「あの後、すぐ斗霊に乗るよう命令が来たんで、死体を探している暇はなかったが……バラバラに吹き飛んじまったと思っていたがよォ、よく生きてたもんだなァ、ええオイ? シュリュズベリィの魔術師よ―――ッ!」

「……そう簡単に死ぬほどやわなら、今頃は隊長をやっていないであります」

『機装式神・陽』が放った砲撃は間違いなく直撃コースだった。躱せないと悟ったセラは、そこで逃げるのでもなく防ぐのでもなく、迎え撃つ事にした。コートからマガジンを取り出し、砲撃に向かって投げたのだ。

 そのマガジンには風の魔術が掛けられた弾丸が込められていた。砲撃により砕けたマガジンが暴発し、秘められていた風の魔術は折り重なる突風となって一面を吹き飛ばした。直前、セラは後方へ跳躍。小柄なセラの身体は突風に押し上げられ、琵琶の目では届かない遠方まで運ばれた。後方に跳躍した事、『風を纏いて歩むもの《ウォーカー・ウィズ・ウィンド》』が多少の装甲となったおかげで風刃のミキサーに巻き込まれる事態は免れた。結果、風刃による裂傷と打撲を全身に負ったものの、砲撃の直撃を受けるよりは軽いダメージで済んだ。

 とはいえ、砲撃を受けるよりもマシだったとしてもダメージを受けている事には変わりない。セラは満身創痍の状態でここに立っているのだ。

「……まあいい。砲撃が通じねえっつーんなら、今度はしっかりとロボットのアームで捕まえてやるだけだ。上半身と下半身で真っ二つに引きちぎっちまえば、さすがのてめえも死ぬだろうよ。――いや、その前に孕ましてやんなきゃいけなかったなァ。くきききくけけけくくくくくくくっ!」

 琵琶が侮蔑もあらわに下品な笑い声を上げる。彼の視界の先、飛行能力を持つ自警団員達がセラに遅れながらも降り立って来ていた。対抗する為に琵琶の後方からも海賊達が駆け付ける。

「相変わらず低俗な思考しか持ち合わせていないでありますね。安心したであります」

 彼を見るセラの目は、氷の刀を思わせるほど冷え切っていた。

「これなら――容赦なく殺せるであります」

「くくけけけ、やってみな」

「言われずとも」

 セラが自身を風に乗せて弾丸の如く発射する。

 琵琶が駆るロボットが応じて腕を猛然と広げた。


◇


 ミス高校庭、西方――墜落した戦艦で分断された校庭の一方で、浅古來霧と鮫島菖蒲は対峙していた。

「……生きてたん、ですねぇ……。確実に殺したと……思ってた、んですけどぉ……」

 來霧を見る菖蒲は焦った様子がなく、むしろ呑気そうな調子だった。

「ショゴスの耐久力は伊達じゃないって事だよ、菖蒲」

 対する來霧は万全とはいえない状態だ。甲冑は砕かれ、防具の意味を為していない。特に上半身は全ての肌を剥き出しにしている。ショゴスの再生能力で負傷は見られないが、主武装である斧槍も生成出来ていない有り様だ。

「んー……あの時砕いた脳ミソもダミーだった、って事、ですかねぇ……。腰に移動させた、のかぁ……それともぉ、本来の場所である頭にぃ、あの一瞬で戻してたのか……。いずれにしてもぉ、私は騙されたって訳ですねぇ……。何が『しまった!』ですか」

「あれ? バレちゃった?」

 ぷくぅ、と菖蒲が頬を膨らませる。來霧はその表情を相手が敵であるにも拘らず、不覚にも可愛いと思ってしまった。

「……まあ、いいです。その耐久力だって無限って訳じゃないでしょうしぃ……仮に殺し続けても死なないって……いうんであってもぉ……たとえばコンクリ詰めとかにしちゃえば、もう戦えないでしょうしぃ……」

「なにそれこわい。発想がヤクザだよ」

「海賊がヤクザな発想しても問題ないと思います、けどぉ……?」

 そりゃそうだ。まず海賊である事が社会的に大問題だと來霧は思った。

「ねえ、戦う前に一つ聞いていいかな。……どうして、こんな事してるの?」

「……どうして、とは……?」

 問われた意味を理解出来ず、菖蒲はキョトンと首をかしげる。二人の周囲に人が集まってくる。自警団員達と海賊達だ。超人同士の戦闘に巻き込まれないよう遠巻きにしながらも彼らは己の敵と戦う為に武器を持って戦場に集う。

「ぼくは朱無市自警団の皆が、刀矢先輩達が好きだから戦ってる。好きだから、守りたいと思って戦ってる。きみには、そんな風に戦う理由があるの?」

「そんなの聞いて、どーするん、ですかぁ……? 敵同士、ですよぉ……私達ぃ……」

「うん……そうだね。敵を相手にこんな事聞くべきじゃないとは思うんだけどさ」

 來霧は菖蒲を見て、

「ぼくと同じくらいの子供が、海賊なんてヤクザな真似やるもんじゃないって思ってさ」

「…………」

「……ごめん、変な事言ったね。始めようか」

 來霧が徒手空拳のまま構える。菖蒲は何か言いたそうにしていたが、結局言葉にはせず、ただ黙って剣先を來霧に向けた。

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