プロローグ1 SAN値直葬
あれは、今から十年前の出来事だった。
当時、八歳だった僕は、福引で『アメリカ合衆国マサチューセッツ州五日間の旅』を当ててきた両親に連れられ、北米大陸を訪れていた。二日目、マニューゼット河口のとある港町――最近、観光事業に精を出しているらしい――のホテルに宿泊していた僕は、その夜、奇妙なものを目にした。
二本足で歩く、魚の姿を。
全体的なシルエットは人間に似ていたが、到底人間と同じモノには思えなかった。四肢は鱗に覆われ、ヒレが生えていた。鱗とヒレは頭部にまで及び、剥き出しになった目玉がギョロギョロと蠢いていた。そんなまさしく半魚人と呼ぶべき存在が、アロハシャツにジーパンというラフな格好をして、ホテルの陰に消えていったのだ。
……思えば、このときに僕は気付くべきだったのだろう。この先に待ち受けている自分の未来という奴に。
結局、そのときは大して気にもせず、あの半魚人は見間違いか仮装かのどちらかだろうという事にして、ホテルへと戻った。三日目の朝には半魚人の事は忘却の彼方へと消えていた。
だが、四日目――とうとう転機が訪れる。
沖の無人島に向けて船に乗っていた僕達を突如、暴風雨が襲った。直前まで空模様は穏やかであった筈なのに、強風と大波に翻弄され、船は為す術なく転覆。僕は海へと投げ出された。事前に救命胴衣を渡されていた僕はパニックに陥りながらも、どうにか溺れず、海に浮かんでいた。
そして、見た。
聳えるように海に立つ、巨大な二つの影を。
片や蛸に似た頭部と蝙蝠の翼を持つ悪魔。片や全身が触手に覆われた、二本の足で立つ蜥蜴。どちらの造形も普通の生物には見えないが、何よりその大きさが半端ではない。異形と言って差し支えない二つの影が三〇〇メートル近い巨体で海上に立っていた。
まるで怪獣映画の登場人物になったような気分だった。自分よりも遥かに巨大な生物の近くにいるという威圧感は、心身を恐怖の鎖で縛りつける。連中がこちらの事など眼中になかったとしても、連中が少し身を揺するだけで人類など簡単に潰されてしまうという現実が身体から自由を奪っていた。
そいつらは対峙していた。
一体如何なる力を用いているのか、この強風や大波はあの怪物達から発せられているようだった。空間をも歪ませる思念の波が幾本もの槍となって大蜥蜴を突き、喚き散らす暴風が幾重もの刃となって蛸頭の悪魔を斬る。二体の怪物の間に挟まれた大気が悲鳴を上げて、ヒステリックに身をよじる。まるで台風の真っ只中だ。
波に揉まれ、呼吸もままならず、意識が朦朧とする中、僕は確かに聞いた。
怪物達の言葉を。
――――という訳で、プレイヤーはSAN値を減らしといて下さい。二柱目撃したから二回分で。