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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション13 アウトサイダーズ・オブ・コズミック・ホラー1

 そこは、かつては大勢の人で賑わっていた。

 自動車や船舶では行けない場所、あるいは時間が掛かり過ぎる場所に向かう為、数多の飛行機がそこから空へとはばたいていった。そして、飛行機は国内外より多くの人々を乗せてそこへと帰還していた。十年前までそこは人々の日常を支える大事な交通機関と機能していた。だが、今では見る影もなく廃れている。

 空の玄関、成田国際空港。

 それがこの廃墟の昔の名前だった。

「どうやらここが本当に魚鱗の軍勢のアジトで間違いないようだね、頼姫ちゃん」

 空港に停泊する軽空母を見据えて刀矢が頼姫を呼ぶ。彼ら朱無市自警団の面々は空港より遠方にある廃ビルに身を潜めていた。戦艦・黒卯は廃ビルの裏に着陸させている。敵の艦が浮上した場合、こちらも浮上して拮抗状態を作る為だ。

『何ですかー? 信用してなかったんですか、刀矢さん。ひどいですよぅ、しくしく』

 手元の『冒険者教典カルト・オブ・プレイヤー』の一ページから頼姫の声が届く。ふざけた調子のその声には、しかし若干緊張の色が含まれていた。無理もない。これから決行するのは紛れもない戦争だ。しかもこちらから敵地に仕掛けるアウェイ戦。医療部隊の隊長故最前線に出るなんて事は余程の事態でなければないが、それでも緊張するのは当然だった。

「警戒……してますよね?」

「当然、拠点でありますから。相応の警備はしているものと思われます」

「見張りや地雷、対空砲火……真正面から挑む奴にゃ数々のトラップが待ち構えていると見て間違いねえって訳か。ハッ、張り合いがあるってもんじゃねえか」

「構わん。どうせ蹴散らす事に変わりはない」

『相変わらず自信満々ですのね、流譜は。いっそ羨ましいですわ』

 実戦部隊の隊長ともなればその緊張はより一際だ。來霧もアリエッタも表情を険しくして空港に視線を向けている。通信機越しで全部隊の指揮を執る亜理紗の声も固い。

 そんな中、この男だけはやはり空気が違った。

「困難にあえて飛び込む、これこそがドMの真髄! ふふふ、昂る……昂るぞ!」

「オイ。なんでこいつここに連れてきたんだよ」

 深い笑みを浮かべるギルバートをアリエッタが白い目で見た。

「いやいや、アリエッタちゃん。一応彼も僕達の同志なんだからさ、仲間外れにする訳にはいかないでしょ。まあ確かに変態なんだけど」

「変態じゃダメじゃねえか! こいつと一緒にいるとオレらまで変態なんじゃねえかって思われんだよ!」

『え? そうなんですの……?』

「そ、それはちょっと嫌かも……」

 アリエッタの発言を聞いて自警団のメンバーが変態から距離を取る。それに変態は「放置プレイか? いいぞいいぞ、もっと蔑んだ目で見てくれ! 養豚場の豚を見下ろすように!」と身悶えたが、皆は無視する事にした。

 先日の会議の結果、この場には一番隊から五番隊までの自警団員が各々の武器を持って参上している。まさしく総力戦だ。ただ、総司令である亜理紗と黒卯を動かす為の乗員、そして医療・補給特化の部隊の四番隊は黒卯で待機をしている。

「では、いつも通り一番槍は自分が――」

「否、下がっていろセラ。一番槍は私がいただく」

 そう言って、流譜は槍ではなく、腰に差した剣を抜く。頑丈さに重点を置いた両刃剣だ。

「は? しかし、流譜殿は団長でありますので、組織の長はむしろ後方に控えて頂けなければ……」

「抜かせ、この私に安全圏に引きこもってろと言うのか。私は嫌だぞ、そんなのは。戦士たる者部下と共に戦場を駆ける猛者でなくてはならん」

『え、いやあの、ちょっと……敵の目的分かってますの? 彼らの要求は貴方の身柄で』

「者共! 私に続け!」

 セラの制止を置き去りにし、流譜が剣を掲げて駆け出した。何の警戒心もなく空港に向かって一直線に走っていく。みるみるうちに距離を詰め、コンクリートの建造物が間近に近付く。その足が空港の敷地内に踏み込んだその瞬間、

 流譜の足元が爆発した。

「……………………」

「おい! あいつ思い切り地雷踏んだぞ! 大丈夫か!?」

「だ、大丈夫大丈夫。あれくらいじゃ死なないよ……多分」

「多分!? 多分って言ったかオイいいのかそれオイ!?」

 爆発音を聞いた敵陣に侵入者ありのサイレンが鳴り響く。空港の中から魚鱗の軍勢のメンバーが現れ、バリケードを挟んで銃を構える。銃を向けた先、地雷が爆発したその場所から、どう考えても人間なら即死――むしろ死んでなきゃおかしいだろうその爆炎を突き破って人影が現れた。

「はぁーはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」

 人影――流譜は無事だった。火傷どころか衣服に焦げ跡すらついていなかった。元気有り余っている勢いで前進を続け、再び地雷を踏み抜く。爆発音と爆炎に包まれる流譜。だが、流譜はその歩みに一切の停滞を見せない。歯牙にもかけずに突き進み、次々と地雷を爆破させていく。

「うおおおい、ちょっと待て! 待ってくれ! 何だアレ!? 何あの化け物!?」

「いいから撃て撃て! こっちに来させるな、あのモンスターを!」

 見た目だけなら明らかに流譜よりも化け物である筈の魚人達がバリケード越しに発砲する。対して流譜は避けるどころか防ぐそぶりすら見せない。ただ不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐに進む。迎え撃つ銃弾がまさに弾雨となって流譜に降り注ぐが、

「効くか、そんなものォ!」

 流譜は傷一つ負わない。痣すら出来ずに彼女の肌は無数の銃弾を弾いていく。皮膚の下に鉄板でも仕込んでいるのかと敵が戦慄するが、そうこうしている内に彼女は最前列のバリケードの前まで到達した。

「……ふんっ!」

 彼女が剣を振るうと、刃から魔力の斬撃が放たれた。爆撃同然の斬撃に数人の敵兵が流譜に触れられもせずにバリケードごと吹き飛ばされる。

 流譜はその全身から高密度の魔力を放出している。体内を流れる魔力を体表に流して鎧とし、攻撃時には魔力をジェット噴射させて威力と速度を上げる。それが九頭竜流譜の能力だ。地雷や銃弾程度は弾く防御力。人間程度は数人纏めて弾く攻撃力。単純であるが故に強く、小細工を用いないが故に攻略し難い。膨大な魔力を宿す流譜ならではの戦法だ。

 崩れたバリケードを踏み越え、流譜は進撃を続ける。行く先にまたバリケードがあればこれを粉砕し、直接立ち向かってくる敵がいれば剣先で薙ぎ払った。攻撃は一撃必壊。その間、彼女は全くの無傷だった。まさに鎧袖一触の活躍だ。それでも敵兵は彼女を先に進ませまいと懸命に何十人が挑んでいく。

「……ふん、少し面倒になってきたな」

 向かってくる敵を片端から無造作に蹴散らしていく流譜だったが、増援は次から次へとやってくる。そのキリのなさにさすがの彼女も辟易してきたようだ。

「――ならば、一掃と行くか」

 と彼女は大きく息を吸い込み、

「『王様の言う通りオーダー・イズ・アブソリュート』――――【全員】、【跪け】!!」

 吐き出されたその言葉は、円状に放出した魔力に乗って戦場の隅々まで響き渡った。途端、敵兵が膝を崩し、地面にひれ伏した。まるで彼女の命令に素直に従ったかのように。

「ふん、こんなものか。……む? 何だお前ら、まだそんなところにいたのか。さっさとついてこい! 私は先に行っているぞ」

 あっけにとられた目で自分を見る自警団を叱咤した流譜は、ひれ伏したまま動かない――否、動けない敵兵の間を悠々と歩いて進み、威風堂々と空港の中へと入っていった。数秒後、連続する銃声と破壊音が聞こえてきたが、自警団は誰一人流譜が苦戦している姿を想像出来なかった。

「…………」

「…………」

『…………』

 敵の目的は九頭竜流譜の確保にある。その流譜に先陣を切らせるのは危険だというのは当然の判断だ。だが、矛盾した話だが――この自警団において団長・九頭竜流譜を守るには、彼女を護衛をつけず、前線に突っ込ませるのが最も手っ取り早い。

 そうすれば、敵の全滅という一番確実な安全が得られる。

「……もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな」

「いや、いやいやいやいや。そう言いたくなる気持ちは分かるが、ダメだろそりゃオイ」

「では、二番手は自分が頂くであります」

「あ、いってらっしゃい……」

 さっさと呪文を唱え、手早く風の足場を作ったセラはそれに乗って宙に浮き、そのまま空港へと飛んでいった。小さくなっていく彼女の姿を見送って、漸く場の空気が動き出した。

「――き、気ぃ取り直して。じゃあ、次はオレらの出番とさせてもらおうか。おい、てめえら! 準備はいいだろうな!?」

「へいっ!」

「『ヴォイニッチ』用意!」

 返事と共にアリエッタの部下達が巨大な何かを引きずって持ってくる。古代、大砲や火器が無かった時代に使われていた攻城武器――巨大弓(バリスタ)だ。槍を矢代わりにして敵陣に叩き込み、城壁を破壊する事を目的とする。

「だ・け・ど! オレ達朱無市自警団が装填するのはただの槍じゃあねえ! 來霧!」

「うん!」

 呼ばれた來霧が巨大弓の上に立つ。

 その來霧の輪郭が大きく歪んだ。さながら粘土を捏ねるかのように來霧の身体が甲冑ごとひとつの肉塊となり、球体へと変形する。球体はそこから細長く伸び、一本の棒となった。一方の先端が巨大弓の弦に乗る。

「――――射てッ!」

 合図が下り、引き絞られた弦が解き放たれる。弾き出され、矢と化した來霧が空の彼方へと遠ざかっていく。弧を描き、彼が敵陣に着弾した様子を見て、アリエッタは満足げに頷いた。彼女はこれまた旧時代の武器――弓矢を背負うと改めて自軍へと顔を向け、

「さあて、オレ達も行くぜ! 野郎共ついてきやがれ!」

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 一番隊が『サセックス砲』を手に雄叫びを上げて出撃する。

「壁役が遅れるな! 一番隊の前に立ち塞がり、彼らの砲撃態勢を確保しろ!」

「了解!」

「二番隊、三番隊も行くぞ! 隊長達に続けぇえええええええええええええええっ!」

 続いて五番隊、二番隊、三番隊の隊員達が敵陣に走っていく。それは朱無市自警団の全戦力を攻撃につぎ込んだ一心不乱の突撃だった。

 そんな中、放置された形で取り残されたのが二人いた。

 副長永浦刀矢と五番隊長ギルバート・マーシュだった。

「……やれやれ、全くもってやれやれだ。皆、元気なんだから」

「はっはっは、良い事ではないか。我々は見事に置いてきぼりにされてしまったがな」

「世の中には言うまでもない事と言わなくてもいい事があるんだよ、ギルバート・マーシュくん」

 自分の部隊にすら置いていかれたにも拘らずマーシュはへこたれていなかった。むしろないがしろにされた自分の境遇に悦んでいるようだった。そんな彼のタフさに刀矢は少しだけ羨ましいと思い、同時に自分はこうなるまいとも思った。

「じゃあ、僕の護衛を頼むよ、ギルバート兄さん」

「うむ。任せたまえ!」

 そして、二人の男はのんびりと戦場を歩き出したのだった。

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