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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション12 学生探索者(全員魔術師)5

 黒卯内部、第一会議室。

「旧成田空港……そこが、魚鱗の軍勢のアジトだというのか? 頼姫」

 口をつけた紅茶のカップをテーブルに置き、流譜が頼姫に聞く。

「はい。偵察から得られた情報で、かなり確かなものです。それによると、空港の飛行場に先日、朱無市に現れたものと同じ型の軽空母が停泊しているのが見えたそうですー。であらば、そこが彼らの拠点と見て間違いないかと」

 返す頼姫には流譜ほど余裕はなく、紅茶は運ばれてからずっとテーブルの上に乗ったまま手つかずだった。他のメンバーも各々緊張した面持ちをしているが、頼姫が最も気を張っている様子だった。

「朱無市の近隣にはいないって話だったけど……まさか旧千葉県から来ていたとは。この環境暴走の中、よくあの距離を乗り越えてここに来る気になったもんだね。そこまでして流譜が欲しかったのかな?」

「くくく、さすが私と行ったところか! 人気者は困るな、全く!」

「いや、たまたま目についたから奪っておこうってだけの話かと思うであります」

「おいコラ貴様」

「どうせ、近場に略奪出来る物がなくて迷い出てきてしまったとかそんなものでしょう。迷惑な話であります」

「エサが見つかんなくて山から人里にまで下りてきちまった熊みてーに言うなよ」

「そうだよ、あいつらは魚なんだから。熊じゃないよ、先輩!」

「そういう意味じゃねえよ!」

 閑話休題。

「……で、頼姫ちゃん。その提案は本気なのかい?」

「はいー。今度の海賊は強敵ですー。故に私、牛鬼頼姫は自警団の全戦力の投入をここに提案します!」

 強い口調だった。自警団は互いに顔を見合わせ、再度頼姫に向き直る。

「全戦力、ねえ……随分とまた思い切った提案だな、牛鬼さん」

「そこまでの相手でありますか、魚鱗の軍勢は?」

「はいー。今まで適当にあしらってきた海賊とは一線を画す敵だと判断しますー。調査の結果、魚鱗の軍勢には船長が一人と副船長が二人いる事が分かっていますー」

「副船長……鮫島菖蒲、っていったっけ?」

 來霧が敵の姿を思い出す。敵の戦艦から逃げる場面だった為、ちらりとしか見ていないが自分と同じくらいの少女だった筈だ。あんな小さな女の子が海賊の副船長を務めるに至るまでどんな経緯があったか想像もつかないが、尋常ならざる人生を歩んで来た事だろう。そう思うと、來霧は少し物憂げな気分になった。

「前回の戦いではセラちゃんが一時的狂気に陥って、危うい所でした。そこから推察するに副船長はこちらの隊長格と同等以上の戦闘力を持っていると仮定出来ます。あるいは船長はそれ以上かもしれませんー。そうなると、対抗する為にはこちらも隊長格三人以上必要になります。加えて、一般兵の数は向こうが上ですー。確実に勝利を収める為にはこれくらいの兵力が当然に必要ではないかと」

「ふーん……そんなもんか?」

 アリエッタがよく分かっていない返答をする。実際のところ、アリエッタはこういった作戦会議などでは役に立たない。脳筋っぷりは自警団では流譜とどっこいどっこいだ。。

「けど、全員で行っちゃうと朱無市ががら空きになっちゃうよ。大丈夫なのかい?」

 その分、頭脳労働は他の人間が担当する事になる。

「実際には市立警察がいるので完全にがら空きとは言えませんが、防衛力が下がってしまうのは否めない事実ですわ。その辺りはどのようにお考えですの?」

 刀矢と亜理紗の懸念は当然だった。しかし、頼姫は首を横に振る。

「確かにそうなんですけどー、こっちの方が重要だと判断しましたので。近場には他に凶悪な海賊もいませんし、ダーグアオン帝国も大帝教会も大人しくしている今がチャンスなんですー。何かまた厄介事が起きる前に迅速に確実に解決しないと」

「…………っ」

「…………?」

 ダーグアオン帝国という単語に刀矢の肩がぴくりと震えたが、それ以上の反応はしなかったので、彼の様子に気付いたのは流譜だけだった。気付いただけで彼女は何も言わなかったので、他のメンバーは知らずに終わった。

「んー……どう思われますの、副長」

「……そうだね。全軍投入はちょっと大袈裟な気もするけど……向こうの船長一人に副船長二人をそれぞれこっちの幹部一人ずつで相手するとして……残り五人の幹部か。でも、僕も亜理紗ちゃんも頼姫ちゃんも戦闘は出来ないし、アリエッタちゃんは近接戦は出来ないし、ギルバート兄さんも防御専門だし……残りの五人はガチンコよりもサポート向きだからねえ……カウントは出来ないかな」

「おっと! 私は防ぐ専門ではないぞ! 私は受ける専門だ! 攻めの対義語は受けなのだぞ、弟よ!」

「お前さ、本当にそういう発言自重してくんねえかなマジで」

 ギルバートとアリエッタが言い合っている傍ら、刀矢は誰に聞かせるでもなく、口の中で言葉を転がす。明確な言葉にして口から出す事で考えを纏めているのだ。やがて、結論が出た彼は紅茶を一口啜ると、こう呟いた。

「ま、朱無市には黄美先生がいるし、滅多な事はないか」

 朱無市にいる女戦士を思い浮かべて、刀矢は無理にでも不安の影を振り払う。とにかく今は目の前の敵とどうにかする事が先決だ。

「朱無市自警団各員に伝達。副長命令だ。明朝、成田空港に自警団の全戦力を挙げて突撃を敢行する。目標はパイレーツ、目的はオンリーワン。全滅だ。僕達に喧嘩を売ったのは地獄に落ちるよりも酷い罪だと教育してやれ。――以上」

「了解」

 異口同音に揃った返事は頼もしい響きに満ちていた。


「コラ刀矢! そういう号令はギルドマスターである私が下すべきだろうが!」

「あ、ごめん……つい言っちゃった」

「しまらないですわね、この空気」



 二二時五〇分。

「っあー、腹減ったなあ。今日の晩飯何だろうなー」

「今日はチョー=チョー人が育てた鶏の唐揚げだそうですよー」

「おい大丈夫なのかそれ」

「食べたらSAN値減ったりしないですか?」

「ちなみに、チョー=チョー人とは小人の異形だ! 大人でも一四〇センチメートルを超えない低い身長とドーム状の頭部が特徴的で、主にアジアの山岳地帯に住んでいるぞ!」

「誰に説明してんだ、誰に」

「異形が育てた家畜の肉って何か冒涜的に変な色とかしてそうですわね……」

「虹色とかな。まあ私は肉ならどんなものでも食ってみせるがな!」

「ああ、そういう心配はいらないですよー。チョー=チョー人もそんな変な改造した肉よりも普通に育てた方が美味しいらしくて。わざわざ名状しがたい肉は作らないそうですー」

「そうなんですか……。それは安心しましたけど、何か逆に……」

「逆に肩透かしというか、期待外れであります」

「……む? 弟よ、元気がなさそうに見えるが平気か?」

「……平気だよ。ちょっと胃もたれしてるだけさ」

 などという会話を寮生を繰り広げ、夕食を取った後、刀矢は自室のベッドで蹲っていた。

 眠気は来ない。掛け布団で首まで覆い、身動きを取らずにいるのに意識が闇に落ちる気配はない。むしろ、彼ははっきりと覚醒していた。彼の心は睡眠欲を押しのけて、ある感情が占めていた。

 それは、恐怖の感情だった。彼の身体は小刻みに震えていた。まるで恐ろしい悪夢を見た幼子のように、真昼に死霊に遭遇したかのように彼は無防備に震えていた。

 天井の一部がなくなったのは、そんな時だった。

 天井にある隠し扉が外に開き、二階の部屋へと繋がった。その扉を潜り、一人の少女が降りてきた。音も微かに着地したその少女に気付いた刀矢は布団から顔を出した。

「……本当に天井から降りてくるなんてね、流譜」

 ベッドから身を起こした刀矢は真上の階の住人である闖入者――九頭竜流譜に呆れの視線を寄越す。対する流譜は悪びれた様子もなく鼻で笑った。

「言っとくけど……それ犯罪だから、。僕にだってプライベートくらいあるんだがら」

「お前のプライベートなんか知るか。私は私のやりたいようにする。それだけだ」

 刀矢の抗議も流譜は意に介さない。

 彼女は一呼吸を置き、改めて刀矢の目を覗き込むと、

「刀矢。黒障に会ったな?」

 その問いに刀矢の肩が大きく震え、流譜の目星はそれを見逃さなかった。

「……やはりな。お前が怯えるなど余程の事だ。それくらいしかないと思っていた」

「………………」

「黒障に会って昔の事を思い出したか?」

 問いに刀矢は言葉を返さない。だが、その沈黙こそが雄弁に肯定を示していた。

「……心配しなくても僕はあの人に仲間を売ったりなんかしてないよ。その……そりゃ、皆に報告しなかったのは悪かったけどさ」

「そんな心配は元よりしていない。お前が報告しなかったのは、ならべくお前があいつに関わりたくなかったからだろう? 報告という形ですら、あいつの事を話題にしたくなかったからなのだろう?」

「……それで? 僕に何か用なのかい?」

「何、怖いなら一緒に寝てやろうと思ってな」

「……へ?」

 流譜の発言に刀矢は間の抜けた声を出してしまった。

「えっ、えっと、ちょっと、流譜さん……?」

「ほれ、とっとと詰めろ。学生寮に支給されてるベッドではあまり広くないんだぞ」

「ちょっ……待って待って!」

 刀矢はベッドから起き上がって抗おうとするが、哀しいかな筋力は流譜の方が圧倒的に上だった。斯くして筋力対抗は自動失敗し、彼はベッドの半分を明け渡す事を余儀なくされる。

「待って! 待ってください、流譜さん!」

「ええい、往生際の悪い奴め。いいからおとなしくしてろ!」

 奪い取ったベッドの半分に身を滑り込ませ、流譜は横になった。目と鼻の先には耳まで赤くしている刀矢の顔がある。彼の反応に満足げに笑った彼女は、刀矢の頭を捕らえると自身の胸に抱き寄せた。顔全体に感じる何とも言えない柔らかさに、刀矢の耳がより一層朱に染まり、刀矢が慌てふためく。

「あ、ああ、ああああのですね、流譜さん……!」

「いいから。黙って私に身を委ねろ。ここにはお前と私しかいないのだから。私を前に強がらなくていい」

「………………」

 その言葉に刀矢は抵抗をやめて「……面白いね」と呟き、脱力した。笑みを深める流譜の気配を感じながら彼はそのまま眠りの闇へと落ちていく。

「おやすみ、刀矢」

「……うん、おやすみ……流譜」

 彼の心から恐怖はもはや消え失せていた。

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