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剣と魔法のクトゥルフ神話で現代譚  作者: ナイカナ・S・ガシャンナ
第一章 THE CALL OF CTHULHU
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セッション10 学生探索者(全員魔術師)3

「甘い物が食べたい」という流譜の要望に応じ、二人は商店街の一角にあるクレープ屋でクレープを買って食べていた。

「……悪くはない。が、刀矢が作った物には劣るな」

「過大評価だって。僕がプロに敵う訳ないだろ」

「……むう。何故お前は私が褒めても否定するのだ? 素直に喜べばいいものを」

「はいはい。ああ、ほら、クリーム付いてるよ」

 口の周りにクリームを付けながら頬を膨らませる流譜。その様子を微笑ましく思いながら、刀矢はポケットからハンケチを取り出し、彼女の口の周りを拭いてあげた。

「しかし、高値とはいえ、クリームがこうして普通に食べられるようになるとはね。ここ数年で砂糖も牛乳も手に入るようになったんだから、市長も大したものだよ」

「独裁政権がかえって良かったのだろうな、この場合は」

 現市長・網帝寺片理が就任してから既に十年以上が経過しているが、その間に選挙が行われた事は一度もない。大戦以後、選挙を行う余裕がなかったという事もあるが、網帝市長が緊急事態として政権を握り、選挙を実施させなかったのが要因だ。独裁者と言われても仕方がない現状である。

 とはいえ、他国も政治体制は王政だったり帝政だったりしているので、独裁自体についてはとやかく言われる筋合いはないのだが。

 この御時世、戦前の生活水準を保っている所はそう多くない。戦争による都市の破壊、侵略による領土の削減、環境暴走による生活可能区域の縮小及び産業の崩壊と数え上げればキリがない有り様だからだ。砂糖など滅多に手に入らない土地の方が多く、場所によっては超高級品として扱われている。

 そんな中、逸早く異形と手を組み、朱無市を復興した網帝寺市長の手腕は見事と言わざるを得ない。例えば、環境暴走により船が出せなくなった海洋でも水棲種族なら漁業は容易い。そんな彼らと貿易を結べば魚介類の入手が可能になるという訳だ。

 また、朱無市が関東地方にあるというのが幸いした。北からも南からもちょうどいい位置にあるこの市を市長は貿易の中継地点として活用した。結果、各地方から様々な物資や技術が朱無市に入ってくる事になり、朱無市は急速に文明を取り戻した。

「金儲けが出来るなら何だっていい守銭奴、戦争で疲弊した負け組、人類と共存を望む主義者、単に日和見主義なだけの良識派……そういう異形連中かき集めてうまい事交渉したのが市長だ。面白いね」

「結構反対した人間も多かったようだがな。化け物と仲良しになるなどとんでもない、などと言ってな。実際、異形の中には人喰いをする者もいるからな」

「そこを強引に突破してしまったのは独裁者たる所以だよね……」

 かつて民主主義が主流だった時代からすれば非難すべきやり方かもしれないが、政治家には時代のニーズというものがある。独裁政権の方がかえって好転する場合もあるのだ。要は民衆が利得を感じられればいいだけの話である。

 とはいえ、何もかも好調という訳ではない。例えば、航空艦についてだ。あれ程巨大なものを空に浮かべるとなると並大抵の技術では罷らない。最初は舟、次に帆船と比較的軽い木造船から始まり、今ようやく第二次世界大戦期のものまで辿り着いた。原子空母が浮かぶ日はまだまだ先だろう。

 尚、一部の機械は電力ではなく魔力をエネルギー源としている。魔力により動く機械を〈術式機械〉と呼ぶ。通常の機械と異なり、物理法則を超越した機能を発揮するのが特徴だ。

「ま、私にとっては些末事だ! 肉が食べられるようになったという事以外はな!」

「お前にとってはそりゃそうか。面白いね」

 砂糖程ではないが、この時代、牛や豚といった戦前では一般的だった肉類も貴重品だ。魔物の肉であればその辺を狩れば手に入るが、好き好んで食べる人類はいない。牛豚鶏が当たり前のように食べられるのだから、全く市長様々だ。

「じゃ、食べるもの食べたし、帰ろうか」

「帰るな! まだ早い!」

 スッと立ち去ろうとした刀矢の袖を流譜がすかさず掴む。

「なんでお前はそう帰りたがるのだ! そんなに私と遊ぶのが嫌なのか!?」

「いや、そういう訳じゃないんだけど……」

 涙目になって真っ赤な顔をする流譜に刀矢も言葉を濁す。刀矢は生粋のサボり魔である為、本音は早く寮に帰って休みたいのだが、それを今の流譜に言うのは躊躇われた。

「~~~~、ああもう、分かったよ。それじゃあ、次はどこに行こうか?」

「! ――――たこ焼き! たこ焼きが食べたいぞ!」

「食べてばっかだな、お前は!」」



 ミス大とミス高には共有の学生寮がある。学生全員が利用しているのではなく、実家のある学生は寮ではなく帰るべき家に帰るが、そういった家を持たない学生はこの学生寮を数年の間だけの仮の宿とする。刀矢を始めとして朱無市自警団幹部八人は全員が学生寮で寝食を共にしていた。

 戦闘系技能保持者の巣窟。付いた渾名は梁山泊だ。

「あれ? セラちゃん達、まだ帰ってきてないのか」

「頼姫達もまだのようだな」

 放課後デートを終えた刀矢と流譜は、学生寮に戻ってきていた。

 学生寮はミス大とミス高の敷地の境界に五棟ある。全棟ともコンクリート製の二階建ての建造物で、それぞれの階層に十部屋ずつある。玄関側から一号室、二号室と続き、一階は男性部屋、二階には女性部屋が並んでいる。刀矢達が入所しているのは第一棟。一〇一号室は刀矢、一〇二号室は來霧、一〇三号室はギルバート、二〇一号室は流譜、二〇二号室はセラ、二〇三号室は亜理紗、二〇四号室はアリエッタ、二〇五号室は頼姫が占有している。他の部屋は空き部屋だ。

「じゃあ、僕は夕御飯まで部屋に戻ってるかな。流譜はどうする?」

「冷蔵庫の中を覗いてくる。今日の晩飯は何かを確かめる為に」

「散々買い食いしてきた癖にまだ食べる事を考えてんのか、お前は! 何、流譜の胃袋はブラックホール?」

 燃費の悪さに刀矢もびっくりだった。

「冷蔵庫見たら、私も部屋に戻って休むとするとするか。何かあれば私を呼べ。私の部屋はお前の部屋の真上にあるな?」

「うん。それが?」

「いざとなれば床に開けた隠し扉を使って、直接お前の部屋に乗り込んでやるから。いつでも呼べ」

「何そんなものあるの!? えっ、ちょっと待って、なにそれこわい」

 目を皿にする刀矢に流譜はサムズアップで応える。

「安心しろ! 私はいつでもお前の事を見守ってるぞ!」

「いや、それもう見守ってるっていうか、監視っていうか……いつの間にそんなもん作ったの、流譜!?」

 明るく言っているが、流譜のそれはほぼストーカーの行動だった。

 魔術は使う程にSANが減る。SANが減れば狂気を発症する。

 狂気の内容は人によって様々だ。例えば、セラだったら刀矢に対して依存症のケがあり、亜理紗だったら祖国・朱無市への偏執がある。來霧なら正義への信仰、ギルバートなら被虐趣味だ。

 そして、流譜は追跡癖(ストーカー)の性を発症していた。

「さて、じゃあ行ってくるぞ。また晩飯にな」

「待って! 話を終わらせないで! そこんとこ詳しく話して!」

 伸ばした手も空しく、流譜は台所へと姿を消した。ただ一人残された刀矢は所在なさげに伸ばした手と台所を交互に見て、困惑の表情を浮かべた。

「ええー……どうしよう、これ……」

 衝撃の事実発覚に自失する刀矢。今夜は安眠出来るかどうか怪しかった。

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