1-9
「ナイススイング!」
世奈の劇的に変わったスイングを見た先輩は、大きな声でそう言った。
「えっ?なんで…」
世奈は驚きを隠せない。まさか自分がこんなスイングができるとは思ってもいなかったからだ。
「なんでって、それが世奈ちゃんの実力だからじゃない」
「実力?」
世奈はあっけにとられた様子で、振ったバットを見つめた。
「誰にスイング教えてもらったの?」
「スイング?」
「お父さん?お母さん?小学校の時のコーチ?」
「おじいちゃん…」
「おじいちゃんか!いいスイング教えてもらったんだね」
世奈は、先輩のその言葉を聞いたとき、昨日おじいちゃんが言っていたことを思い出した。
「先輩!」
「どうした?」
「昨日、上から下に振るのは古いとか言ってませんでしたっけ…」
「なんだ、聞いてたのか…」
そう言うと、先輩は「これは弱った」と言いながら頭をかきはじめた。
「そうだ、上から下に振るのは古いんだ」
「私もおじいちゃんからそう教えられました」
「そうか、どうりでスイングがいいんだな!」
先輩は笑顔になってそう言った。
「なんででしょうか?小学校の時のコーチは、みんな上から下に振れと言っていたのに」
「この地球には、何があると思う?」
「何が?」
突然の質問に、世奈は硬直してしまう。
「ニュートンって知ってるかな?あとこれがないと、野球とかサッカーとかできないんだけど…」
「ニュートン…」
世奈は、その聞いたことがある名前に、小学校で教えられた記憶を掘り起こしだした。
「万有引力?」
「そう!万有引力!重力だね!」
正解したことを悟った世奈は、笑顔になった。
「重力があるから、ピッチャーがボールを投げた瞬間、ボールは上に行くことはない。つまり、どんだけいいボールを投げてるピッチャでも、少しボールは下に落ちていくんだ」
「ストレートでも?伸びる球とかは?」
「それでも落ちるんだよ!重力には逆らえない!」
世奈は「そうなんだ」と言いながら感心した様子で、空を見上げた。
「その落ちてくるボールに対して、上から下に振ってあたるかい?いい?」
先輩はそう言って、世奈が持っていたバットを取って、ポケットの中から一つのボールを取り出した。
「ボールは少し落ちるのに、バットが上から下だとあたるかい?」
世奈は、先輩がバットを上から下におろし、ボールを下に下げながら両者を近づけているのを凝視した。
「当たらない!タイミングがばっちりじゃないと当たらない!」
「頭いいね!」
先輩が世奈の答えを聞いて笑顔になった。世奈もそれを見て笑みを浮かべた。
「そうそう、タイミングが合う、一ポイントでしか当たらない」
また、先輩が両手で持ったバットとボールを離し、近づける。
「今度は、少し落ちるボールに対して、バットが水平に出る、これは?」
「どこでも当たる!」
「ピンポーン!大正解!」
世奈は、先輩のその言葉を聞くと、その場で軽くジャンプした。
「そう、少し落ちてくるボールに対して、バットを水平に出すと、ボールをどこでもあてることができる!これをレベルスイングという!」
世奈は、ここで少し顔をしかめた。
「どうした?」
「ずっと疑問だったんですけど…力がない人は、バットのヘッドが下がりませんか?」
世奈は疑問を先輩にぶつけてみる。確かに、バットは先端が重く、力がない人が水平に出そうとするとヘッドが下がるのではないか。これは一番悪いとされるスイングである。
「そこか…でも世奈ちゃんは、下がってないよね。右バッターで、構えた時のバットを握る下の手、左手を少し絞って持ってるから」
そう言って、先輩はまた世奈にバットを手渡した。それを受け取った世奈は、またバットを構えてみる、少し左手に意識をやる。
「あっ!ヘッドが下がらないようにしてるんだ!」
「そういうこと!」
そんな先輩とのレッスンは、それから30分くらい続いた。世奈は今までにないくらい楽しい時間を過ごした。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、俺の弟子になってくれてありがとう!」
「えっ!それじゃあ!」
「いいよ!」
世奈は、「ありがとうございます」と笑顔で喜びをあらわにした。
「じゃあ、今度は8人の仲間を集めることだね」
「はい…そうですね…」
先輩のその一言に、世奈の笑顔は少し変わった笑顔になった。
「誰か野球好きそうな人いる?」
世奈は大きく深呼吸をして、答えた。
「約束をした5人がいます」