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世奈は階段を下り終えると、そのまま左に曲がり、小学校の正門をこっそりと覗いてみた。すると、言い合いを終えたのかグラウンドは静まり返っていた。しかし、世奈の耳には人が早足で歩く足音が徐々に近づいてくるのが聞こえた。
世奈は見つかりたくないと思い、隠れる場所を探そうとしたがそのような場所はどこにもなかった。冬なのに少しだけ、体が熱くなっている。
足跡が聞こえる方向に視線を向けると現れたのは、20代半ばくらいの男だった。手にはグローブ袋を持っており、ジャージ姿で、かなりがっしりとした体格をしていた。その男は眉間にしわを寄せて、世奈の横を通り過ぎた。
世奈は、男が通り過ぎたところで、体にたまった熱が一瞬で冷めていくのを感じた。しかし、そうやって安心したのも、つかの間だった。
「そこの野球少女!」
突然、通り過ぎたはずの男が世奈に話しかけてきたのだ。
「はい!」
世奈は、無条件反射のようにひきつった声を上げた。振り向くと、男は笑顔で世奈の前に立っていた。
「野球部ってまだ廃部になってないの?」
「ええ、なんというか…」
突然の質問に、世奈はどう答えていいか分からなくなった。