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4人は、それぞれが普段守っている守備位置に散らばった。世奈はサード、美南はショート、ニコはファーストで唯一の左投げ。たつみんは唯一の外野手だったらしく、ライトの守備位置に着く。
「3か月ぶりだね!こんなみんなでノックするの!」
世奈は嬉しそうに、大きな声で話していた。世奈以外の野球部員は、3か月前からパタリと来なくなっていたのだ。こうやってノックをするのも久しぶりのことである。
谷野は、軟式ボールを持って、左の打席に立つ。野球部は今でこそ、1人しか練習には来ていないが、まだホームベースは埋め込んであり、マウンドだって小さな山がしっかり残っていた。
「あの!すいません!」
「なんだ」
美南が大きな声で、谷野を呼ぶ。そして、自らが持っていたソフトボールを谷野に軽く投げた。
「これでノックしてもらえませんか?私たちは、ソフトボールの現役なんです」
「わかった、これでやるよ」
谷野は素直に、美南の要求に応じた。世奈は少し残念そうであった。しかし、それも無理もないことである。普段使用しているボールと軽さや重さが違うものを投げると、肩や肘を痛める原因になってしまう。
「よし!じゃあ始めるぞ!怪我はしないように、捕ったらファーストのニコちゃんに送球だ!」
「だから、下の名前で呼ぶなっつーの!」
そんなこんなでノックは始まった。谷野のノックは、美南やニコの予想を反して、とてつもなくうまいものであった。下手なノッカーがノックを打った場合、バウンドが高くなったりするものだが、谷野にはそれがなく、すべて低いバウンドでゴロが転がった来た。
予想を裏切られたのは谷野も同様であった。最初は中学生の女の子だと思い高をくくっていた部分もあったが、基本通りのゴロへの入り方で4人ともボールをさばいていた。
しばらくノックを打っていると、谷野の教えたい衝動に火がついてしまった。
「4人とも少しだけ勿体ないところがある!」
「どこですか?」
谷野のあまりのノックのうまさに、感化されたのか、敬語を使っていなかった美南とニコが敬語を使い尋ねた。
「捕ってから投げるまでのステップが多い!ゴロを捕る基本はツー・スリーステップだ!」
「ツー・スリーステップ?」
4人は声をそろえて谷野に尋ねる。4人にとって初めて来た言葉だったからだ。
「ゴロに入る前、右投げの人は、右足で左足と踏み出してとる。ここまでで、1(右足)2(左足)、そして捕る、そこから右足を引き付け、左足を投げる方向に踏み出しで投げる!ここまでが、1(右)、2(左)、3(投げる)だ!」
4人はそれを聞きながら、自分なりの動作を固める。
「1、2捕って1、2、3!でどうでしょう!」
「それいいな!」
世奈がひらめいた掛け声に、谷野は声を弾ませて答えた。
それから、4人は「1、2、捕って1、2、3!」を合言葉にゴロを捕る練習を繰り返した。気づけば、辺りは暗くなり、練習しているグラウンドだけが証明の影響で、明るくなっていた。
「ありがとうございました!」
4人は最後に谷野に大きな声でお礼を言った。
「いや~楽しかった!」
谷野は、久しぶりに野球の楽しさを味わった気がした。
「ご苦労様でした、あなたはどなたですか?」
突然、グラウンドの外からまたしても女性の声が響き渡る。
「富岡先生…」
「先生?」
世奈の声に谷野は反応し、女性の声が聞こえた方に振り返ると、すごく怖い顔をした、かなり美人な女性が立っていた。おそらく、年は谷野と変わらないくらいだろうと、谷野はやばいと感じながらもそんなことを考えた。
「あなたは誰ですか?」
「僕ですか?」
「あなたしかいませんよね?」
「ここの卒業生です、」
富岡は頷いて谷野の顔を覗き込む。
「見覚えないわ、私隣の中学校だったんだけど…」
高山田中学と隣の町にある月山中学はよく交流会を行っていた。
「年は同じくらいですよね?」
谷野は、やばい状況をどうにかしようと話をすり替えようとする。
「私25です」
「僕も」
やっぱり同級生だったと、谷野の顔は一瞬にやけた。
「校長先生がお呼びです。会ってやってください…」
「校長がですか?」
「はい、呼んでくれと言われましたのです。さっきまで見てましたよ」
谷野は、そそくさとその場を離れる準備を始めた。
「あ!言いたいことがまだあるんです!」
「なんですか?」
谷野はそう言うと、4人の子どもたちの方を向いた。
「男の子に勝ちたいんだろ?人生はな、できるかできないかじゃなくて、諦めるか諦めないかだ」
世奈は「はい!」と大きく返事をした。美波とたつみん、ニコの3人は静かなままだった。
「あなたたちも早く帰りなさい」
「はい…」
4人は、そう言ってバッグを持つと、その場を後にした。帰り道は、世奈だけは一人外れて先に階段を下り始めた。美波とたつみん、ニコの楽しそうな声が響き渡る。さみしかった。しかし、今日のほんの数分だけ、前みたいに戻れて楽しかったと世奈は感じていた。
長くなりマスタ…
すいません