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次の日の朝、世奈は夏妃だけには教室に着くまであわないように気を付けながら、学校の校舎を歩いていた。1年生の教室は最上階である3階にあるので、校舎内に入ってから教室までの距離は長い。さらに、全校生徒も少ない方である高山田中学においては、登下校時間に誰かに会わないようにすることは、かなり難しいものなのである。しかし、昨日夏妃と若干喧嘩してしまった世奈は、夏妃本人には会いたくなかったのである。
なんとか、夏妃に会わずに教室のたどり着いた世奈は、朝からひどい疲れを感じ、自分の席についた。しかし、世奈の横に近づいてくる人の影があった。小学校まで一緒のソフトボールをしていた、仁科美南である。この美波も、高山田中学で一緒に野球をすると約束した5人のうちの一人だ。
「おはよう、世奈」
「おはよう、美南」
いつも落ち着いている美南は、今日も朝から落ち着きを放ちつつ世奈に話しかけてきた。しかし、美南が世奈に対して話しかけてくるのもおよそ3か月ぶりのことであった。
「あんた、まだあきらめてないの?ここで野球すること…」
「あきらめないよ、私は…」
美南は、その言葉を聞くと、「そっか」と言いながら、肩を上下に動かした。
「夏妃とても強いチームに入れることのなったの聞いた?」
「聞いたよ」
「邪魔しないで上げて、夏妃は強気な性格だけど、優しい奴じゃない」
美南の眼光は鋭かった。世奈や夏妃ほど強気と言うわけでもない美南だが、こんなに強い目つきの美南を、世奈は初めて見た。
「邪魔なんて…したつもり…」
「昨日、夏妃と話したの、電話で…。本心では、まだ私たちと野球したいのかも…」
「だったら…」
世奈は、“だったら一緒にしたらいい”そう言おうとしたが、邪魔と言う美南の言葉が引っ掛かり、途中で話すのをやめた。
「世奈、野球が好きだから、私たちは私たちの力で勝てるところに行きたい。男の子には勝てない。だから、私とたつみんとニコはソフトボールのチームに入った」
今、美波が言った“たつみん”は5人のうちの一人の辰見花帆の名前で、ニコはもう一人の高嶋笑の名前である。高嶋笑は2000年代前半の生まれとしては珍しいキラキラネームだ。
小学校で共にソフトボールをし、中学校でも野球をすることを約束した5人は、柚木世奈、川野夏妃、仁科美南、辰見花帆、高嶋笑の5人であった。
「世奈…聞いてる?私も、たつみんも、ニコも女子ソフトのチームでは、1年生からベンチ入りしたの…邪魔しないで」
「美波…ごめん…わがままだよね」
自分が戦える場所で必死で戦っている4人に対して、世奈は申し訳なく思っていた。