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視点は、ここから登場人物が3人以上の場面が増えますので、第3者目線で行きます。
「ナイスボール!」
世奈が大きな声でそう言った。その声に反応した夏妃は、転がってきたボールを基本通りの動作ですくいあげると、声を上げた世奈の方を向いた。
しばらく沈黙の時間が流れた。冬なので、虫の声なども聞こえず、全くの無音と言ってもいいほどだった。しかし、世奈は少し緊張していたのか、夏妃も緊張していたのであろうか、二人の息づかいだけは少しだけ聞こえていた。
「世奈…」
「夏妃…」
二人はお互いの名前を呼び合うだけで、それ以上何を言っていいか分からない様子であった。その二人の様子を谷野は静かに見守った。
そのうち、夏妃の視線が谷野の方にも向いた。その時、夏妃は少し眼光が鋭くなったような目つきをしていた。谷野はその視線を感じ取り、ある素質を少しばかり感じ取っていた。
「どなたですか?」
「俺、た」
「谷野隼介さん、私の師匠、今日から野球を教えてもらうの」
世奈が谷野の声を遮るように話した。
「そう…コーチか、よかったね世奈」
「夏妃…よかったて…」
世奈は、夏妃の予想外の一言に不意を突かれた様子であった。
「だって、まだあきらめてないんでしょ、部活動の野球」
その言葉を聞いた世奈は大きく息を吸い込んだ。そして、谷野の方を向いた。谷野も世奈が次に何を言おうとしているのかが、うすうす分かった。谷野も世奈の決意を感じ取り、笑顔で頷いた。
「夏妃、野球しよ、夏妃をあきらめたくない」
夏妃はその一言を聞くと、右手のグローブの中に入っていたボールを左手に持ち替え、力強く握りしめた。