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谷野は夕焼けから薄暗くなった空の下を、可愛らしくもたくましい女の子と一緒に歩く。生まれてからずっとこの町で過ごしてきて、何度もこの町を歩いたはずなのになんだか今日だけは新鮮な感じがした。
谷野は高校球児だったころ、甲子園が近づいた決勝戦の第一打席で出塁も、その後本塁突入でキャッチャーの足を挟まれ大けが。プロも視野に入れていた谷野は、プレイヤーを断念せざるを得なかった。
その後、選手としていけなかった甲子園に監督として行くため、大学の教育学部に進学した。その大学を無事卒業し、社会科の教員免許を取得するも、その後3年間は教員採用試験に落ち続けていた。
そんな谷野にとって、今自分の横に、谷野の指導を仰ぎたいという野球少女がいることはとても嬉しいことであった。
「谷野さんは、何年くらい野球してるの?」
「もう18年くらいかな」
「うわ!長い!」
「世奈ちゃんは?」
「私は、小学3年からかな…」
歩き始めて、最初の方はこのようなたわいもない会話をしていたが、会話が進むにつれて世奈の言葉は、今どきの中学生らしいのか毒があるものに変わってきた。
「谷野さんは、野球うまそうだけど、モテないよね」
「なんで…?」
「ただの野球バカっていうか、それしかできなさそうだし、眼鏡でブサイクかな」
「あ…はい」
谷野は、これはこれで打ち解けた証拠なのだろうと思った。しかし、今日初めてお互いのことを深く知ったというのに、打ち解けるのがこんなに早いとはどういうことなのだろうかと考えた。谷野は、ひょっとしたらと思ったことを世奈に聞いてみた。
「世奈ちゃんは、友達と遊びには行かないの?」
「行かないよ、しかも中学に入ってからは友達いないし」
谷野がうっすらと考えたことは当たっていた。自分に指導を願い出たと言っても、谷野もまだ25歳であり、世奈が普段関わっている大人との年齢を比べても若いはずだ。世奈にとって谷野は、友達なのだろう。
「でもさ、谷野さんが今日から友達なんだもね!」
「そうだね!」
谷野は、その言葉を聞いて、GTOの真似事をしてよかったと思った。
川野夏妃という、世奈と小学校の時のチームメイトだった女の子の家は、谷野の家から南に歩いて10分くらいのところにあった。家は、比較的大きな家で、家の上部に大きな看板があった。そこには。【ゴキブリ駆除ならお任せください】と書かれてあった。
「夏妃いるかな?」
世奈はそう言って、その家の裏に回り始めた。谷野も世奈について行った。世奈について行く傍ら、谷野は家の裏の方でボールを壁にこっつけている大きな音を聞いた。
谷野は、その音の方向を覗き込むと、一人の小柄な女の子が壁にボールを当てて、ピッチング練習をしているのが視界に入った。ボールがこっつけられている壁には、野球のストライクゾーンぐらいの範囲内で、いくつものマス目が書かれていた。少女はそのマス目一つ一つを狙い、ボールを投げていた。