99.降臨
皇太后の離れでのお茶会は、見た目こそささやかだったが実は非常に豪華だ。お菓子は銀座の高級洋菓子店の限定チーズケーキで、紅茶は琴音ですら名前を聞いたことがある有名店の茶葉を使用。庶民の女子高生である琴音が、緊張のあまり味がほとんどわからなくなっても無理はない。
招かれているのは、琴音一人。皇太后が今回のことで労いたいと言ってくれたのだそうだ。特別役に立った自覚はないのだが。
「琴音はよく頑張ったね」
「あ、ありがとうございます」
かしこまる琴音にケーキとお茶を勧め、皇太后は自分もフォークを手に取る。いっそ清々しいくらい無造作に、ワンホール数千円のケーキをどんどん食べていく。さらにはおかわりまで要求していた。
新しいケーキの皿を運んできたのは、ミュージアだ。兄のシディアが失踪して以来、皇太后付きの侍女となっている。そうして周囲の批判的な空気から守っているのだと、アステルは言っていた。
「孫息子も、ようやく落ち着いて過ごせるだろう。月香がいなくなってから浮き足立っていたからね。まだまだ青いこと」
「えっ」
思わず琴音は、口元に持っていきかけたフォークを止めた。皇太后は、粋に片目をつぶって見せてくる。
つまり。
まさか。
「王子様は、月香さんが好きなんですか?」
「単刀直入な娘だね」
皇太后は、ころころ笑った。笑うと、少しだけ近寄りがたさがなくなる気がした。
「そうなんじゃないかと思ってるよ。あの子はあまり異性に興味がなかったから、喩え特別な好意でなくてもいい傾向だ。月香なら、もし本当に未来の王妃となったとしても異論はないしね」
琴音は、とりあえずケーキを頬張った。おいしい。何だろう、上品な味がする。コンビニスイーツと何が違うのだろう。
うっとり味わう間に、考える。エリューシアと月香が、もし、特別な関係になったら。
「素敵……」
溜息が出た。想像とケーキのおいしさの両方に。
前にも、アステルとそんな話題で盛り上がったことはある。でも皇太后の口から聞くと、さらに現実味が増したように思える。
エリューシアは美形だし頭もいいし性格もいいし、優しい。月香はしっかりした女性だから、きっとお似合いのカップルになるだろう。仕事でもパートナーなんて理想的すぎる。
結婚式は、やはり想像を絶する豪華絢爛さなのだろうか。ドレスとかどんなのを着るのだろう。月香は背が高いしスタイルもいいから、何を着ても似合うだろう。やっぱり白いウエディングドレスは憧れだ。お色直しは青とかどうだろう。いっそピンクもいいかもしれない。
「ああ、赤いドレスとかいいかも!」
「誰が着るの?」
冷静に問われて、琴音ははっと我に返った。
皇太后の離れである。窓からは美しい庭が見える。テーブルには、食べかけのケーキと紅茶。
琴音は、赤くなってうずくまった。
やってしまった。久しぶりに。
妄想大爆発。
「すみません……」
「ドレスと言えば、そろそろ新しいのを作ろうかと思っているのだけれど、一緒にどう?」
「えっ!?」
今何を言われたのかわからず、琴音はぴんと背筋を伸ばして顔を上げた。
作る。何を。
ドレス。
「わ、私も!?」
「何かと必要でしょう、巫女姫なのだから。アザゼルやサナに言われて、何着か作らせておいたけれど、やっぱりきちんと仕立てさせた方がいい」
「そそそそんな!」
制服として支給されたドレスは山のようにあって、まだ全部袖を通し切れていないのだ。どれも可愛いし、気に入っている。仕立てるということはオーダーメイドということだろうから、そんなことをしてもらったら大変だ。
狼狽える琴音の視界に、黒い色がふとよぎった。
侍女のお仕着せ。琴音も、ザークレイデスできていた黒いワンピース。
ミュージアは静かに給仕の役を務め、琴音と皇太后に新しいお茶を注いで下がろうとしていた。
「そ、そうだ。ミュージアもドレス、必要ですよね」
「ん?」
皇太后は軽く目を見開き、ミュージアは無表情のままちらりと横目で視線を投げてきただけだった。
「えと、だって、女の子だし、おでかけ用の服が一着くらいないと」
二人の反応に、琴音は若干あわてた。
何だろう。また変なことを言ってしまったのだろうか。
「……お気持ちは、嬉しゅうございます」
抑揚のない声が、空気にさらに重圧をかけた。
「ですがわたくしは皇太后様の侍女、衣服を賜るなど畏れ多いことと存じます」
「……えと」
どうしよう。
冷や汗が、首から背中へとだらだら流れた。
気まずい。
ミュージアは黙礼し、部屋の隅へ下がっていこうとする。皇太后も別に何も言わない。
空気は、のしかかってくる。
完全に頭が真っ白になった琴音は、救いを求めるように思わず扉に目をやった。
こんこん、と。
奇跡の音は、まさに扉の外からやってきた。
「どなた?」
「俺だ。入るぞ」
気安い声は、聞き覚えがあった。案の定、入ってきたのは銀髪の少年。
「サナさん」
「よ、琴音。あ、ミュージアもいるんだな。ちょうどいい」
レマをだっこした少年は、大股でテーブルの脇までやってきた。椅子を用意しようとしたミュージアを引き留め、手招きする。
琴音はレマの頭を撫でたが、いつもなら喜ぶはずの幼児は笑みすら浮かべなかった。機嫌が悪いのだろうか。
「何かあったの? 一緒にお茶を飲む気分じゃなさそうだけど」
「ああ、あったというか……確認しにきただけなんだけどな」
冷や汗は引いたし、空気の重さは消えた。けれど琴音は、胸元に手を当ててサナを見つめた。
サナの綺麗な顔は、いつだって明るさに満ちていた。なのに、今は。
何があったのだろう。
「華乃、初代巫女姫に問いたい。よく思い出してくれ」
強い目で皇太后を凝視して、彼はゆっくりと尋ねた。
「魔王のとどめは、確かにお前が刺したんだな?」
「ええ」
間髪容れずに返った答えは、簡潔だった。
「間違いないよ。私とハワードでしっかりとどめを刺した。魔王の肉体が塵となる瞬間まで、目を離さずにいたよ」
「……そうか」
サナは、銀の髪をくしゃくしゃに掻き回した。腕の中で身じろぎする赤子を、床に下ろす。よちよちと歩いて兄から距離をとるレマを、琴音は視線で追いかけ。
次の瞬間起きた事は、琴音の記憶から綺麗さっぱり消えている。恐らくあまりにも驚いたせいで。
「残念な知らせだ、初代巫女姫」
少年の声。サナととてもよく似ているのに、こちらはとても凛と響いて。
「魔王の滅びは肉体のみだ。魂は、年月を経て器に集約しつつある」
黒い髪、金色の瞳。
サナと酷似した美しい少年は、厳粛な声音でそう告げた。




