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98.魔王

 片や、漆黒の髪に青い瞳の美貌の青年。

 片や、少しくすんだ金髪に緑の瞳の、これまた美青年。

 眼福過ぎる光景だった。

 ここにアステルがいなくて何よりだと思いながら、アザゼルはお茶のカップをそれぞれの前に置いた。エリューシアとアンジュはテーブルを挟んで向き合って座っている。アザゼルは、彼ら両方が見える床に腰を下ろした。

「これはもちろん非公式会談だが、あなたが望むなら皇太后にも内容をお伝えする」

 先に口火を切ったのは、エリューシア。

「単刀直入に行こう。エンディミオンの中枢へ入り込み、国王及び宰相を亡き者にしようとした目的は?」

 アンジュは俯いたまま、膝の上の拳を握りしめた。

 答えは、返らない。

 アザゼルの目の高さからは、アンジュの表情が見て取れる。瞠目して、唇を引き結んだその顔が。

 頬杖をついて、エリューシアは待っている。真っ直ぐにアンジュを見つめて。

 沈黙の均衡が、崩れるのを。

 ずっと。

 五分。十分。

 アザゼルは、黙ってお茶を飲んだ。

 ずぞー、とひどい音が立った。

「……お前さ」

 呻いたのは、エリューシア。

「今、緊迫した場面なんだが」

「うん、わかっている」

「……自重しろよ」

「ふふふ。あえて自重しない。それが私のジャスティス」

「帰れ」

 頭を抱えたエリューシアは見ないふりで、アザゼルは呆気にとられているアンジュに視線を向けた。

「巫女姫の守人の一人として、私も口を出させてもらうのだが」

 お茶のカップをソーサーに戻し、テーブルに置く。少し冷めていたが、おいしかった。

「お前の意思ではないのだろう? アンジュレイン皇子」

 エリューシアははっと真顔に戻り、アンジュは四つの目に見据えられて躊躇うそぶりを見せたものの、やがて小さく頷いた。

「なぜそう考える?」

「何、簡単な推理だよワトソン君」

「は?」

 怪訝な顔をするエリューシアを放置して、アザゼルは指を一本立てた。

「彼には何一つメリットがないからだ」

「……根拠は?」

「だって、七年も神官をしていたのだろう? 最初から王族暗殺が目的なら、神殿になんぞ潜らない」

「まあ、一理あるな」

「あと、彼のお母さんがなぜかサレ王国の辺境にある寂れた教会墓地に葬られていた」

 この情報は、確かレナード経由でエリューシアも知っているはずだ。覚えているかどうかは怪しかったが。何しろそれを発見した当日、月香が攫われたのだから。

 だがエリューシアは、軽く頷いて見せただけだった。記憶にあったらしい。

「周辺を調査させたが、それらしき女性が教会跡へ向かう様子は誰にも目撃された様子がなかった。また、そこへ向かった人間についても、一つも情報が集まらなかった。一番近くの村ですら」

 その調査を行ったのは、エンディミオン王家直属の諜報部隊だ。彼らに痕跡が見つけられなかったということは、そもそもその事実がなかったか、あるいは彼らすら欺く方法をとったかだ。

「うむ。そしてアンジュレイン皇子には、そのチートくさい手段がとれたのだ」

 アザゼルは、指先をエリューシアの胸元へ突きつける。

 彼が服の中に下げているはずの、巫女姫の鍵。

「お母上を教会へ移して、看取った。そうしてお前はザークレイデスへ戻り、ここにいる。そうだな?」

「……そうです」

 アンジュは、首の辺りに指をかけ、服の中から紐を引っ張りだした。そこにはやはり、巫女姫の鍵がぶら下がっている。

「つまり」

 エリューシアは、ソファーの上で座り直した。

「皇子の弱みは、ご母堂だったと?」

「はい。病に倒れた母を人質に取られ、エンディミオンの国王を亡き者にするようにと命じられました」

 アンジュは、鍵を握りしめた。その表情はどう見ても、自嘲だ。

「その時すでに、私は鍵を持っていた。だから母を救おうと思えばできたのです。しなかったのは……」

 形よい唇が、戦慄く。

 言葉を紡ぐことなく、引き結ばれる。

 アザゼルはエリューシアを振り返り、彼が小さく頷くのを認めて「ここまでを整理すると」と口調を変えた。

「アンジュレイン皇子は、エンディミオンで神官をして普通に暮らしていた。なのに、ザークレイデスの皇帝が脅迫してきたので従った。でもそのあといろいろあって、お母上を埋葬してザークレイデスに戻ってきて、兄を手伝っている。イマココだな」

 ここまではいい。実に簡潔だ。

 問題は。

「なぜ今なのだろうな」

「と、いうと?」

「いや、ザークレイデスとエンディミオンの関係があまりよくないのは、もっと前からだ。今暗殺計画など実行しなければならない理由はなんだろうと思ったのだ」

「確かにな」 

 エリューシアはしばらく考えていたが、なかなか思い当たる理由がないらしい。岡目八目という言葉もあるから、エンディミオンの内にいる彼にはわからない理由が何かあるのかもしれなかったが、アンジュも首を傾げているから本当にこれといったものはないと判断してよさそうだ。

「暗殺はともかく、何か最近起きた出来事でもいい。変わったことに心当たりはないか?」

「変わったこと……」

「いや、特には」

 二人揃って、同じ答えを返す。

 まあ、突然思い立ったという可能性だって否定しきれないのだ。皇帝が暗愚であった場合はなおさら。

「そうですね、強いて言えば」

 アンジュは、窓の外に目を向けた。アザゼルとエリューシアも、その視線を追う。

 重苦しい曇天。のしかかってくるようだ。

「もともと悪天候の多い国ですが、最近は特に日の射さない日ばかりなのだと兄が言っていました」

 天候の善し悪しは、重大事。農作物の出来具合が左右されるからだ。

 ザークレイデスが貧しいのは、天候不順で満足な食糧を国内で確保できないから。

「昔から、魔王の瘴気がこの国を蝕んでいるせいだと伝えられています。巫女姫と勇者に滅ぼされる際に、魔王はこの国の大地を呪っていったのだと」

 アンジュの瞳は、エリューシアを捕らえた。一瞬だけ。

 エリューシアは瞬きすらせず、それを受けていた。

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