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86.繋がれぬ扉

 巫女姫の鍵は、一度行った場所など強く思い描くことのできるところへなら、どんな扉だろうと通路を繋げてくれる。

「だから、ザークレイデスにいながらそっちの世界に行ったり、エンディミオンへ戻ることも可能なわけだな」

「はぁ……」

 琴音は、アステルが淹れてくれたお茶を飲みながら、ぼんやりとエリューシアに向かって頷いた。

「それで、息抜きに遊びに来ていたんですか?」

「琴音がしばらく顔を見せないから、アステルも様子を気にしていたんだ。鍵同士は引き合うから、うまくすれば会えると思ってな。それに、琴音も月香を心配していたから」

「あ……」

 琴音は目を見開き、次いではにかんだ笑みを浮かべた。

「ありがとうございます、王子様」

「一度こうしてやってくれば、鍵でエンディミオンとも行き来できる。だから、しばらくの間は基本的に今まで通りエンディミオンで仕事をしてもらうが、都合がつけばこちらに来ても構わない」

「ほんとですか!」

 琴音の表情が益々輝く。

「こちらにいるアステルやレナードの様子を、そうして見てきて報告してもらえれば私もありがたい」

「はいっ! 任せてください!」

「よかったわ、琴音」

 アステルは、はしゃぐ琴音の手を取った。そして、何やら二人で盛り上がり始める。

 エリューシアは、首から提げた紐を服の中から引き出した。ひょんな事から彼の所持品となった鍵が、そこにぶら下がっている。

 鍵同士は、引き合う。

 以前それを話した相手は。

「前に、月香ともそうやって会ったことがある」

「月香さんと?」

 呟きを聞き留めた琴音は目を丸くし、彼の隣でアステルも驚いた顔をしていた。当然だろう。話すのは初めてだ。

 月香。

 あの時は、くつろいだ雰囲気で。

 そのあとの食事も、楽しかった。

 言葉の選び方をうっかり誤って、どうやら気まずい思いをさせてしまったようだけれど。

 しかし、本当に楽しかったのだ。また、彼女と過ごしたいと思った。

 鍵を一瞬だけ握りしめ、服の中へ戻す。

 今頃、彼女はどうしているだろう。同じこの国のどこかにいるのは確かなのに。

「エリューシア」

 扉のそばで見張りをしていたレナードが、鋭く囁く。誰か来たようだ。

「じゃあ、俺は戻る」

「お気をつけて、お兄様」

「あっ、急いだ方がよさそうです王子様」

 妹達に慌ただしく別れを告げ、エリューシアは続き部屋の扉の鍵穴に鍵を差し入れ、急いで回した。扉を開けた先は、見慣れた自分の部屋だ。

 通信具で連絡を取り合い、アステルの側から通路を繋いでもらう。そうしてエリューシアもこっそりとザークレイデスとエンディミオンを行き来する。こんなとんでもないことを考えたのは、もちろん祖母だった。うまく城下に出ることができればなおさらいいとも言っていたが、まず難しいだろう。エリューシアの容姿は、あの国では目立つ。金色の髪はめずらしいのだ。

 そうでなければ、とっくに探しに行っている。

 鍵同士は引き合うのだ。異世界でもそうだったのだから、自分達の世界でもきっと。

 いつも隙なく化粧をして、動きやすいが粗末ではない服装で、彼女は常に何かをしていた。例えば書類の整理、誰かからの相談、掃除、お茶の支度。

 どんなことでも、誰より先にやろうとしていた。そういう女性だった。

 だから、涙ぐんだのを目の当たりにしたときは、正直驚いた。彼女がそんな顔を見せるなどとは、予想すらしていなかったから。

 そのあともそうだ。あの夜会で、少し話をしたとき。

 ――彼女が毒を飲んで、倒れたとき。

 目覚めた彼女を、思わず抱きしめたとき。

 エリューシアには、やはり彼女がわからなかった。そして同時に、自分の心も。

 いつまでもわからないのだろうか。

 彼女の世界で会って、食事をしながら話したとき。

 少しだけ、理解できた気がしたのだ。

 なのに。

「月香……」

 鍵を、握りしめる。尖った部分が掌に食い込む。

 どこにでも自在に行けるはずの鍵なのに、今すぐ飛んでいきたい場所には導いてくれない。

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